十章 汗鬼
17時の青山墓地は夕方の交通渋滞を
避けるための礼司の昼寝の時間だった。
コツコツ、助手席の窓が叩かれた
「ん?魔美か?」
目を開けて音の方向を見ても誰もいなかった
礼司が倒したシートを起こすと後部座席にぼんやりと
見覚えのある老人の姿が見えた。
「おじいさんなんの用ですか?」
「よかった、私が見えますね」
「ええ、まあ」
「実はお願いがありまして」
「ちょっと待ってくれ、霊の相談に乗ってもね、金にならんし」
「いやいや、私はまだ生きている。まあ余命は今日か明日だが」
「おいおい、また生霊か・・・」
礼司はつぶやいた。
「今日の0:00時までに信濃町の方へ来てくれないか
その時経費を出す」
「それで用件は?」
「熱海にある私のパークマンション823号室の文机に入って
いる遺書を取ってきてもらいたい」
「そんな事家族に言えばそれとも今遺書を書く」
「これでも危篤状態なんだ」
危篤でも霊は元気・・・・
「分かった、マンションの鍵は?」
「暗証番号だから大丈夫だ。432194だ」
「黄泉に行くよ、憶えやすい」
「頼みましたよ」
そう言って老人は消えた。
「ところで信濃町って広いじゃないか」
礼司は青山の骨董通りを走らせると入り口にさっきの
老人の写真が飾ってある青川堂という骨董店を見つけた
「ああ、どっかで見たことがあると思ったら
鑑定家の中丸さんか、なるほど」
礼司は老人の霊を信じて熱海に向かって車を走らせた
熱海の海沿いにあるパークマンションに着いたのは20時過ぎだった。
礼司は玄関で432194を押すと中丸の部屋に入ると
リビングの隣の和室の文机の引き出し引いて
開けてもそこには何も無かった。
「じいさんに騙された!」
額に汗を浮かべた。
礼司は焦り部屋中を遺書を捜しているうちに骨董品の中に
鬼のノブに似た根付、小柄を見つけた。
礼司はそれをしみじみ見てポケットに入れた。
「ひょっとしたら、からくりの机か?」
礼司は机の三段ある引き出しの真ん中を引いて、
下を引いて戻し一番上を引くと
2重底の部分が開き遺書が出てきた。
礼司は急いで遺書を持って店の外に出てタクシーに乗った
途中渋滞にぶつかり23時30分に中丸邸に着いてチャイムを鳴らした。
「どちら様ですか、只今取り込んでいますので」
「すみません、ジャパンテレビの夜野と申します。
先生が危篤と聞きまして
預かっているものをお持ちしました」
声の女性がドアを開けると礼司は頭を下げた。
「あっ、夜野です」
「はい、お久しぶりです、先生は?」
礼司は奥の寝室へ通された、そこには二人の娘と
その娘婿と中年の男性が3人居た
「先生、遺書を持ってきました」
その声で酸素吸入を受けた中丸が
突然目を開いて礼司の遺書を受け取った。
「幸恵、恭子これが私の最後に書いた遺書だ」
そう言って二人にそれを渡し中丸は再び昏睡状態に陥った。
「ありがとうございました。弁護士の沢田でございます」
「はあ、夜野です」
「つかぬ事をお伺いしますが、どうしてあなたが先生の遺書を?」
「ああそれは、昔中丸先生と鑑定団の仕事をして面識があったんですよ。
それが自分のタクシーに乗せちゃってその時預かりました」
礼司は自分が嘘をつくのが下手だと思ったが
事実はもっと嘘に近かった。
「そうでしたか、ありがとうございます」
沢田はお金の入った封筒を礼司に渡した。
「ありがとうございます」
「でもおかしいなあ、どうして危篤のことを?」
「運転手ネットワークで・・・」
礼司は笑ってごまかし急いでタクシーに戻った。
それから二日後中丸新之助は逝った。
遺書の内容も知らない礼司にとって
それがどうなったか知る由も無かった
その夜、青山墓地にタクシーを止めていると
中丸の霊が後ろのシートに座った
「お陰で助かったよ、ありがとう」
「ああ、いいですよ。お金をいただきましたから」
「長女の娘婿が強欲でな、もめていたんだ」
「あそうだ、根付と小柄もらいましたけど」
「ああ、いいよ。たいした価値はないから」
「ありがとうございます」
「じゃあ、またな」
「いいえ、もう会いません」
中丸は静かに消えていった。
******
池袋駅を降りて10分ほど歩くと5階建てのジム
があり24時まで営業し昼間は近隣の老人がコミュニケーションを
兼ねて集まり夕方は会社帰りのサラリーマン、
OLがトレーニングに通う人気の場所だった。
ある日の午後、サウナルームに60歳過ぎの5人の男性が入っていた。
毎日通う顔見知りで10分程度の時間でも声を掛け合って話をしていた
「じゃあ、お先に暑い、暑い」
男は尻に敷いたタオルを持ちドアを押した。
「あれ、開かない」
そう言って体重をかけて押したがびくともしなかった
熱くなっている木のドアに肩をぶつけても何の反応も無かった
「開かないんですか?」
「はい」
5人の男達は一緒になってドアを押してもそれは開かなかった。
最初に入った男性がサウナに入ってすでに20分以上立っており
体中から汗がふきだして、めまいを起こしていた。
「非常ベル!!」
1人はそう言ってボタンを押した。
まもなくスタッフが駆けつけドアを引いても開かず
ガラス窓をハンマーで叩き割った瞬間、凄い風圧が出ると、
重く閉ざされたドアが軽く開いた。
中に閉じ込められていた男性は、サウナルームから運び出され
体を冷やされ救急車の到着を待った。
そのサウナルームは汗がカラカラに乾いていた。
*******
礼司は1日置きに高田馬場のスポーツクラブにトレーニングに行っている。
ジムではちょっと有名なマッチョな礼司は常連の男達とは顔見知りで
真っ黒に焼けたボディビルダー風のイケメンの男が声をかけてきた
「こんにちは」
「こんにちは、良い体をしていますね」
「あはは、暇なもので」
「いいえ、形より何か早そうな筋肉していますね」
そう言って礼司の肩をなでた
「おいおい、そっちの人かよ」
礼司は気味が悪くなってスタジオに向かった
普段はウエイトトレーニングと有酸素運動と2時間のメニューをこなす礼司は
エアロビクスをする事は無いのだが、
唯一このスーパーエアロをやることにしていた
その理由は・・・
「こんにちは」
二十歳過ぎの女性が礼司の隣に来て声をかけてきた。
「こんにちは」
礼司は嬉しそうに笑った
「この前ありがとうございました」
「いいえ」
礼司は照れて言った。
彼女には以前ウエイトトレーニングを教えた事があったのだった。
「どうですか?最近えーと名前」
「はい、真理子です」
彼女は腕の筋肉を見せた
「あはは、良い上腕三等筋だ」
「ありがとうございます」
礼司は上品な仕草と全身の髪の毛の長く
均整が取れているボディスタイルの彼女に憧れていた。
「みなさんおはようございます」
インストラクターは元気に声をかけると
音楽を流し始めた。
ウォーミングアップが終わりサイドステップからレッグカールに移って
礼司の額から汗が流れ出した
その時「キーン」と音がしてスタジオのエアコンが突然止まった。
他の連中はそれに気付かず体を動かしていて
5分ほど過ぎると室内の暑さにインストラクターが気付いた。
「すみません、ちょっと休んでください」
そう言ってパネルの室温のレベルを下げた。
すると熱風がエアコンから吹き出した。
「何これ?暑い」
生徒の聞こえた。
「みなさんスタジオから出てください」
インストラクターは入り口のドアを押した
「あら?開かない」
礼司はインストラクターの代わりにドアを押した
「やばいこれは何かの力がかかっている」
「きゃー」
悲鳴が奥のほうから聞こえた
礼司が目をやると奥の床がドロドロになって
1人の女性の片足がその中に引き込まれていた。
礼司はすぐにその女性のところへ行き、手首を引っ張ると、
そのドロドロが普通の木の床に戻った
「きゃー」
今度悲鳴を上げたのは入り口の近くにいた真理子だった
真理子の体はすでに半分床に吸い込まれていた。




