05 化物なのか、人間なのか *残酷描写有り
場にそぐわないほど美しい顔立ちをした双子を、呆然と見上げる。床にうつ伏せに押さえ付けられた俺を眺めて、双子は不愉快そうに顔を顰めていた。
双子を見たオーナーが一瞬ひくりと口角を戦慄かせるのが、視界の端に映る。何だか今まで見たこともない神々しい芸術品を目の当たりにしたような反応だ。だが、すぐさま気を取り直したようにオーナーは居丈高な声をあげた。
「ずいぶんと綺麗な顔をした兄ちゃんたちだが、あんたら誰だー?」
「僕らが誰か、お前に答える必要性を僕らは感じない」
「だが、僕らはお前が誰かは分かる。お前はどうしようもなく、救いようのない人間だ」
オーナーの言葉に対して、双子は表情ひとつ変えず毒のこもった台詞を吐き返した。オーナーの頬がひくりと引き攣る。
「救いようがないだって? 初対面なのに、ひでぇこと言うじゃねぇか」
「初対面でも、お前が背負った業が僕らには見える」
「お前、今まで何十人も殺したな。お前の周りには、悪意と憎悪が渦巻いている。それは、いずれお前を地獄へ引き摺り込む」
悪徳霊媒師みたいなことを言う双子に、オーナーはプッとこれ見よがしに噴き出した。そのまま、ゲラゲラと声をあげて笑い出す。俺を押さえ付けている護衛二人も、声を揃えて笑っていた。
「スピリチュアル双子かよー。いいね、いいねぇ。うちの店で働いて、いっちょ女共に占いでもして水晶とか買わせてやってよ-。その綺麗なお顔がありゃ信憑性も増して、売れっ子になれんだろー」
露骨に馬鹿にしている口調だ。
大笑いするオーナーを見て、双子は怪訝に眉を寄せた。
「僕らは占いなんてしないし、水晶も売らない」
「僕らは、ただその男を迎えに来ただけだ」
『その男』ということで、双子が俺を指さした。オーナーは横目で俺を見やると、大袈裟な仕草で肩をすくめた。
「そりゃあ、いけねぇな。こいつは俺に借金があるんだ。その借金を返さねぇうちは、あんたらには渡せねぇなー」
「借金だって?」
「そうそう。五千万ぽっちほどね」
おどけた口調で言って、オーナーがニヤニヤと笑う。目をパチリと瞬かせる双子を見やって、オーナーはひどく下卑た口調で続けた。
「まぁ、こいつの代わりにあんたらが身体で返してくれてもいいんだけどねぇ」
その言葉に、双子は一度顔を見合わせた。それから、小さくため息を漏らして肩をすくめる。目の前の男との対話をさっさと諦めたような仕草だった。
「僕ら、端から交渉する気のない交渉ごっこは嫌いだ」
「そういうときの解決法は、もう決めている」
そう言い切ると、双子はお互いに合図もせず、右足から同時に歩き出した。まっすぐ同じ速度で、オーナーへと向かって近付いていく。
一瞬オーナーが怯んだように身を強張らせるが、すぐさま護衛たちが双子の前に立ち塞がった。
「そいつらは全員格闘技経験者で、人間の骨なんて簡単に折れ――」
意気揚々とオーナーが御託を述べている最中に、バヂュッと腐った果実を握り潰したような音が鳴った。同時に、真っ赤な血飛沫が視界に散る。
口に布が詰め込まれていなければ、えっ、と声が漏れていただろう。見上げた先で、護衛の一人の頭部が真っ赤な柘榴みたいに弾け飛んでいた。糸が切れた人形のように、頭部を失った護衛の膝がぐらぐらと揺れてから床へと倒れる。
続けて、双子の片割れが軽く左手をあげるのが見えた。その瞬間、左手が何か黒い煙のようなものに変異する。黒い煙がもう一人の護衛の首元へとスッと風が通るように素早く滑った直後、護衛の首がパックリと裂けるのが見えた。裂け目はどんどん広がって、綺麗に切断された生首がゴトンと音を立てて床に落ちる。そして、切られた断面から噴水のように大量の血が迸った。
室内が、一気に噎せ返るような血臭で満たされる。白かった天井も壁も床も、一瞬で真っ赤に染まっていた。
「うっ……うわぁああぁああぁあッ!」
一番最初に正気に返ったのはオーナーだった。ソファから立ち上がると、転がるように走る出す。だが、すぐさま床に倒れた護衛の身体につまづいて、顔面から盛大にこけるのが見えた。それでも、四つん這いで藻掻くように玄関へと向かっている。
「どうして怖がっているんだ? お前だって、何人も殺してきたはずだ」
「それなのに、いざ自分の番になると怖いのか? それでは道理が通らない」
双子が怪訝そうに呟く。だが、オーナーは答えることもできず、ひぃひぃ、と哀れげな声を漏らしながら、血の海を這いずっている。
そんなオーナーを、双子は無感情な目で見下ろしている。
「今ここで生き延びても、お前はいずれ自らの業のせいで地獄に落ちる」
「どちらにしても、お前が辿り着く場所は同じだ。お前が、自分で自分の運命を決めた。これはお前の選択の結果だ」
だから、ここで死ぬことを受け入れろ。と諭すような口調だ。
もちろん双子のそんな言葉は、オーナーに届いていないようだった。血の海で藻掻いたせいで、オーナーの全身はすでに血にまみれている。限界を超えた恐怖のせいで、その目から子供みたいに涙がぼろぼろと溢れているのが見えて、俺はとっさに目を逸らしそうになった。
だが、俺が目を逸らすよりも早く、双子がオーナーの首と胴体をそれぞれ掴んだ。そのまま、軽々とオーナーの身体を宙に持ち上げる。次の瞬間、双子は綱引きでもするみたいにオーナーの身体を一気に左右に引っ張った。ブヂンッと音を立てて、オーナーの首と胴体が引き千切れるのが視界に映る。首の断面から、開きっぱなしの蛇口みたいに血液がじゃぼじゃぼと流れ落ちていた。
目の前の出来事が、現実だと思えなかった。まるで出来の悪いホラー映画でも見ているような気分だ。
双子の片割れが、のんびりと俺に近付いてくる。その片手には、オーナーの生首が掴まれたままだった。光をなくした半開きの瞳を見て、恐怖に身がすくむ。
俺の怯えに気付いたのか、双子の片割れは片手に持っていたオーナーの生首を、無造作に放り投げた。床に落ちた生首がゴトンッと音を立てて転がっていく。
双子の片割れはしゃがみ込むと、俺の口に突っ込まれていた布を引っ張り出した。途端、肺に空気が潜り込んできて、ヒュッと咽喉が鳴った。背中を丸めて、大きく咳き込む。
「ゆっくり息をしろ」
なだめるように言いながら、双子の片割れが俺の背に手を伸ばしてくる。それが見えた瞬間、ヒッと情けない悲鳴が漏れた。伸ばされた手から逃れるように、両腕を縛られた状態のまま上半身を起こして無我夢中で後ずさる。
「おっ……お前ら……何なんだ……」
唇から勝手に震える声が漏れた。双子は感情がうかがえない眼差しで、じっと俺を見ている。その置物でも眺めているかのような眼差しが余計に恐ろしい。
「お前ら、人間じゃない……」
自分自身に確認するように呟く。普通の人間が、人間の頭部を潰したり、いとも簡単に首を引き千切ったりできるとは思えなかった。それなら、目の前の双子は一体何なのだ。
考えれば考えるほど頭が混乱して、全身の血が凍り付いていく。
双子は一度顔を見合わせてから、震える俺を眺めて唇を開いた。
「お前たちの言葉で言うなら、僕らは『ハーフ』だ」
「人間と、それ以外のモノのハーフだ」
人間と口に出すとき、双子の顔が少しだけ嫌そうに歪むのが見えた。彼らにとって、半分でも人間の血が流れているというのは不快なことなのかもしれない。
「そ……それ、以外?」
俺が強張った声で繰り返すと、双子は静かにうなずいた。
「お前たちの言葉で言うなら、『化物』だ」
「僕らは、神が創った獣『ベヒモス』の息子だ」
何を言っているのかサッパリ分からない。化物だとかベヒモスだとか、あまりにも現実味がなさすぎる。目を開けたまま、悪夢でも見ているような気分だ。
「何……何、言ってんだよ……全然、意味わかんねぇ……」
思考停止のまま上擦った声をあげると、双子はうんざりしたようにため息を漏らした。
「どうして、こうも理解力がないんだ」
「人間は理解できないものを前にしたとき、思考を放棄し、迫害し、最後には虐殺する。それが人間が歩んできた歴史だ」
憎々しい口調でそう吐き捨てると、双子はゆっくりと俺に近付いてきた。後ずさろうにも、背後にはソファがあってもう逃げ場所がなかった。
目を見開く俺を、双子が腰を折り曲げて覗き込んでくる。
「よく見ろ、オウジ」
「僕らを見ろ」
言い聞かせる声の直後、双子の顔がぐにゃりと歪んだ。まるで泥をこねるように、目や鼻や口といった顔のパーツがぐちゃぐちゃに溶けて、融合して、分裂していく。まるで人間のパーツで作った万華鏡でも見ているかのようだ。その悪夢のような光景を、俺は息を止めたまま凝視した。
ぐにゃぐにゃと蠢いた後、突然双子の顔面にぽっかりとした真っ暗な穴が空いた。そして、その穴から大量の目玉がボコボコと浮かび上がるようにして現れる。ギョロギョロと四方に動いていた眼球が、不意に獲物を見つけたように一斉に俺を見つめた。
何十もの眼球に見据えられた瞬間、限界を超えた恐怖に、意識がブツンと音を立てて途切れるのを感じた。目の前が暗く澱んで、すべての音が遠ざかっていく。完全に意識が消える直前、双子の声が聞こえた。
「僕らは化物なのか、人間なのか」
その声は、迷子の子供みたいに心細げだった。