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第9話 ダイトラス王国第二王子の憂鬱

※他者視点

 王都ダイトラスにそびえる絢爛豪華なダイトラス城。その中でも一際見晴らしの良いテラスを備えた第二執務室には、その優雅な様相に似つかわしくない怒声が響き渡っていた。


「『勇者召喚』を行っただと!? この僕が不在の間に!? あれほどやめろと言い含めておいたのにか? クソ!!」


 超高級木材で作られた執務机に怒り任せに拳を叩きつけたのは――ダイトラス王国第二王子、エデンダルト・ダイトラスである。滑らかな金髪をセンターで分けて後ろに流した美丈夫だが、普段の爽やかな好青年という印象は今はなく、眉間にシワが寄り懊悩おうのうしているのが見て取れる。


「エデンダルト様、現在の正当なる王位継承者であらせられるあなた様が、『クソ』などというお言葉……お慎みくださいませ。感情的になってはあらゆる局面において、冷静な判断を下すことはできませんよ」


 執務机の前に直立不動し、彼をたしなめるように言葉を紡いだのは、エデンダルトが深く信頼する執事のセスナ・アレイアスである。輝く銀髪を後ろになでつけ結んだ、こちらも端正な顔立ちの美男だ。

 彼の言う通りエデンダルトは、戦死した第一王子から王位継承権を受け継ぎ、次代の王となる資格を持つ選ばれし者だった。


「これが冷静でいられる状況かッ!? しかもすでに『召喚勇者』たちは旅立ち、消息不明になっているときた! なんたることだッ!! 国是こくぜを無視して愚策を弄する王など、国民の信を失うに決まっているではないかッ!!」


 憤懣ふんまんやるかたない感情を吐き出すかのように、再びエデンダルトは執務机を叩いた。白い手袋で覆われたその手が、怒りで小さく震えている。


「……エデン、それ以上はよせ。いくらキミと言えど不敬罪で処罰の対象となってしまうぞ。深呼吸しろ、落ち着くんだ。すでに過ぎてしまったことを気に病んでも仕方ないだろ」

「それはそうだが……く、セスナ。なぜお前という者がいながら父上――王の愚行を許したのか」

「それに関してはすまない。ただ私は全知全能ではないよ、エデン。目を光らせてはいたつもりだが、宰相らを含む向こうの陣営も当然こちらを警戒している。その中で通常の職務をこなしながら即時対応するのは至難の業なのだ。わかってくれ」


 言葉を受け、エデンダルトは数秒間、眼光鋭くセスナの顔を見つめた。が、いつ何時でも飄々としているこの有能極まりない執事が、報告に訪れるまで何の手も打たずにいるわけもないと思い至り、息を吐く。


「……ふぅ、そうだな。すまない。気が昂ってお前に八つ当たりしてしまった。未熟で愚かな僕を許してくれ」

「フ、構わないさ。キミの癇癪を受け止めるのも私の仕事の一つだからね」

「はぁ……僕を未だに子供扱いするのはお前だけだし、それを僕が許すのもお前だけだよ、セスナ」

「フフ、それは身に余る光栄でございますね、エデンダルト第二王子」


 先ほどまでとは違い、二人の間に流れる空気は若干リラックスしたものとなった。エデンダルトとセスナから醸し出される雰囲気は、長年連れ添った夫婦のように固く深い信頼関係を感じさせた。


 それを目ざとく嗅ぎ取った城の給仕係たちが色めき立っていることを、エデンダルトだけが知らない。

 ちなみにだがセスナはそれを知ったうえで、メイドらが見ている前で()()()サービスするかのようにエデンダルトにちょっかいを出すことがある。


「まずは状況を整理しよう。父上は召喚魔法のギフト持ちを使い『勇者召喚』を行った。そして『洗礼の儀』や『冒険者講習チュートリアル』、騎士団長の指導の下で鍛え上げ、聖魔樹海へと送りだした……これで合っているな?」

「ああ。そして今朝方、監視用に派遣していた使者から『召喚勇者』のパーティーが空中分解したとの報告があった、というわけだ」

「く……改めて聞くとやはり怒りが湧いてくるな。あれほどに召喚行為はリスクしかないと、僕が常々進言していたというのに!」


 エデンダルトは再び胸に込み上げてきた怒りを抑え込むため、大きく息を吐いた。彼の憂い通り、召喚行為は状況によってはリスクの方が大きい場合がほとんどだ。


 まず召喚魔法のギフト持ちを教会に依頼し手配したうえで、そのギフトを使用するための大量の魔石を用意しなければならない。

 魔石の価格は年々高騰しているにも関わらず、それを大量に買い付けるのだ、そのために国の金を使っている時点で民衆からの心象は最悪だろう。

 ただでさえ最近では『税が高い』と、一部で小規模なデモも起きている。タイミングを考えても褒められたものではない。


 最悪の場合、それだけのコストをかけておきながら何の成果も上がらずに全滅した、ということが起こり得るのが『勇者召喚』だ。

 いくら聖魔樹海をどうにかするのが人類全体の課題だとしても、今急ぎ行うべきことではないというのは理解できたはずだ。


「セスナ、お前の考える対応策はなんだ?」

「召喚者ではない現役の勇者に捜索を依頼し、調査も兼ねて聖魔樹海に派遣するのが妥当だろう。その上で『召喚勇者』たちが生きているのならば迅速に回収し我々の監視下に置く。そうして恩を売り国に改めて忠誠を誓わせ、ギフトによって国益に貢献させる。ただ聖魔樹海でのこと、普通に考えれば全滅だ。このまま静観するという選択肢もないわけではない」


 エデンダルトからの問いかけに対して、セスナは淡々と、ともすれば冷酷とも言えるほどの対応策を示した。彼のこの目的のためなら手段を選ばず非情になれる一面こそが、エデンダルトにとっては誰よりも信頼できる所以と言えた。


「全滅の可能性が高いからと言って、国として莫大なコストをかけて召喚した者たちをそのままにしておくわけにもいかないだろう。最低でも聖魔樹海の現状把握ぐらいはしたいところだ。あとは『紋章』の回収は絶対に成し遂げなければならない」


 召喚勇者たちがむくろとなり、もしそこから『紋章』が野盗らの手に渡ることになれば、それこそ国の威信に関わる。領地内であの紋章をかざせば、否応なくダイトラス王家のお墨付きであると認識され、一方的に市民をひれ伏させることができる。その特権を悪党どもが傍若無人に振るい、悪行の限りを尽くすこととなるのだ。国民の反感を買うのは想像に難くない。


「一刻も早く騎士団を編成し、急ぎ聖魔樹海へと進軍させよ。聖魔樹海近郊の町のギルドにも、応援を要請するよう手配してくれ」

「御意に。……エデンならそう言うだろうと思って、すでに関係各所に通達済みさ。すでに支度をはじめている頃だと思うよ」

「さすがセスナだ。仕事のミスは仕事できっちり返してくれたな」

「フ、冷やかさないでくれ」


 エデンダルトは席を立ち、すでに身支度をはじめている。セスナはそれを素早くサポートしながら、手元の書類になにやら書きつけている。


「前線での意思決定が必要だろう。騎士団と共に僕も出る。セスナ、留守を任せるぞ」

「御意に。今度こそ、完璧に向こうを封じ込めてみせるさ」

「大いに期待している」

「それと、『召喚勇者』らは【ロサム共和国】側、北西部の関所から聖魔樹海に入っている。彼らが当初の計画通り進んだとするなら、オルカルバラ領のアルネスト近くの関所へ行く方がいいだろう」


 セスナの進言に頷きつつ、エデンダルトは仕立ての良い外套を羽織った。


「ただアルネストは、あの『鋼鉄の魔女ルカ・オルカルバラ』の支配領域。あの女傑のことだ、こちら側の要求一つ通すにも、一筋縄ではいかないだろう」

「……僕が王の器に足るかどうか、試される機会だとでも言うのか」


 忙しなく準備を進めていたエデンダルトの手が止まる。彼はその手を一度見つめたあと、再び力強く握り締めた。


「僕には国を背負う責任がある。国民のためにも、死んだ兄さんのためにも……そして、父上のためにも。立ち止まっている暇はない」


 エデンダルトは背筋を伸ばして顔を上げ、誰にともなく言い切った。


「エデン。私はキミの強さを誰よりも理解している。だからなんの心配もしていないが……必ず帰ってきてくれよ?」

「心配するな、セスナ。お前を一人にはしないさ。……あ、それともう一つ頼みがある――」


 扉に手をかけた瞬間、エデンダルトは振り返り言った。


「『勇者レイアリナ』の召集を頼む。現役最強と呼ばれている彼女がいれば、一先ずどうにかなるだろう」

「フ。すでに遣いをやったよ」

「さすが、僕のセスナだ」


 執務室を出たエデンダルトは、颯爽と王城の廊下を駆けていった。



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