第8話 チュートリアラー、弟子をとる
「魔力を使って発動できるものには【スキル】と【魔法】があります。冒険者講習では便宜上、これを一緒くたにして《魔技》と呼ぶことがあります」
「わかりました、師匠!」
「……ヒロカちゃん、師匠はやめて。なんか恥ずかしい」
「じゃあ先生! ユーキ先生!」
早朝のギルドの裏手。そこに開かれた青空教室にて。
俺は草地の上に体育座りするヒロカちゃんの前に立ち、冒険者としての基礎を話していた。
シーシャを交えて話した日から数日経ち、俺はヒロカちゃんを一人前の冒険者にするということで話は決着した。
なぜ引き受けたのかと言えば、そこまで深い理由はない。
単純に、自分の部下となってくれた若い人たちの成長に貢献できるのは嬉しかった、という前世の気持ちを思い出しただけだ。しっかりと最後まで彼ら彼女らの躍進を見届けられなかったという想いもあったので、その代わりにというか。
「じゃあまずは、生成された魔力を感じ取るところからやってみようか」
いつもの冒険者講習のように、初歩からやってみるよう促す。ダイトラス王国で一度講習は受けているようなので、あくまでおさらいみたいなものだ。
まぁ、ある程度の年齢を重ねた大人が若者にしてやれることと言えば、このようにして自分の経験とかを伝えてやることぐらいしかないのだろうな。俺、還暦(中身)だしな。
まぁ別に、世界の未来を憂うとかそんな大それたことを考えているわけではまったくなく、単純にそうなった方が俺の人生の不幸が減り幸せが増える、というだけの話だ。
「先生、できました!」
「え、早い」
俺が空を見上げて考え事をしていたら、予想の何倍も早くヒロカちゃんが挙手した。
「右胸の下、魔力が生まれました」
「変換速度は計測した?」
「はい。6秒ぐらいです」
「おぉ、そりゃ優秀だ」
何度も言っている通り、この世界には世界樹の出す魔元素が溢れており、それを呼吸で体内に取り込むことで、自動で魔力が生成される。ただこの『魔元素が魔力へ変換される時間』というのは、人それぞれでまちまちなのだ。
冒険者時代に見聞きした情報では、早い者で5~10秒。一般人平均では60秒前後だそうだ。
と、言うことは。
ヒロカちゃんの魔力変換時間6秒は、超一流クラスの魔力運用ができる素養がある、というわけだ。
この変換速度が遅い冒険者などは、あらかじめマックスの量まで魔力を体内に生成しておき、ダンジョンなどに入る。これは当然、探索中に魔力切れが起こらないようにするためである。
想像するまでもないが、もし魔物に襲われたタイミングで魔力が切れ、その再生成に何十秒もかかるとする。それは完全な隙となり、抵抗できずに魔物に食い殺されるのがオチだ。
魔物は魔元素によって発生する異形であり、かなりタフだ。通常の人間の腕力だけではまるで歯が立たない。
「じゃあ、次は魔力の操作をやってみて。まずは一番やりやすい利き手、腕の辺りに集めてみて」
「はい!」
話が逸れたが、要するに魔力変換が数秒で済むのなら、呼吸さえ途切れなければ常に魔元素が数舜で魔力へと変わってくれるため、継続的な魔技での戦闘が可能になる、というわけなのだ。
ヒロカちゃん、もしかしたら自分で思っているよりも大いなる逸材かもしれないぞ。
「呼吸を続けるように、というのは聞いてる?」
「はい。冒険者は常に平常心を心がけて、って」
返しを見るに、ヒロカちゃんはきちんと集中してチュートリアルを受けていたみたいだな。牢屋にぶち込まれているどこぞのクソバカ二人(あらはしたない)とは大違いである。
「もう一つ確認するけど、魔法は習得した?」
「いえ。一部魔法系のギフトだった子もいたんですけど、その子たちは別で教会に連れていかれて、そこで特訓を受けたみたいで。なので私は魔法はわかりません」
「そうか」
ちなみにこの世界では、魔法の技術は教会が秘匿し管理している。だからこそあまねく国民全員のギフトを把握するため、教会が『洗礼の儀』を行い、魔法系ギフトを発現した者を初っ端から囲い込むわけだ。
俺はチュートリアラーとしてどんな指導が最適かを考え続けていた頃、偶然にも魔法の発現方法を会得してしまったため、最低級魔法ぐらいなら使用できる。
どこの国にも与せず対等な立場を貫いている中立国、アマル・ア・マギカでは魔法を教える学園が設立されたと聞くが、そのせいで教会と摩擦があるとも噂されている。
が、アマル・ア・マギカはすでに強大な魔法部隊を保有しているとされ、それを抑止力として誇示することで世界各国と対等に渡り合っているのだそう。
そういった特例以外では、不祥事などで教会を追われた者が冒険者に転職し、ギルド等に許可取りしたうえで魔法を扱っている場合などがあるが、要は教会関係者でない者が下手に魔法を使っていると、罪に問われてしまう場合があるのだ。
うん、最悪処刑される。
「じゃあ、魔法の習得はやめてお――」
「えっ、でも先生、魔法使えますよね?」
「……どうしてそれを」
てかうわ、この返しが『肯定した』と受け取られてしまうじゃないか! 俺のアホ!!
というかまさか、ヒロカちゃんに回復魔法をかけたとき、まだ意識があった? ……いや、完全に気を失っていた。だからこそ俺は魔法をかけようと思ったのだから。
「どうしてって……だって今いかにも『俺は使えるけどヒロカちゃんに教えるのはやめておいた方がいいな』って雰囲気、出したじゃないですか? ご心配なく! 私、絶対先生の言いつけは守りますから!」
「ちょ、待って待って。俺そんな鼻につく感じの雰囲気出てた? だとしたらごめん」
『俺は使えるけど教えるのはやめておくか~。俺は使えるんだけど~』ってすげーマウンティング感あるじゃん! 魔法どうこうよりもそっちの態度改めなくちゃだわ!
「いや、鼻につく感じとかではないんですけど、なんて言うんだろう……私に気を使った感じがわかったっていうか。ほら、私もいつも周りの目とか評価を気にして、人の雰囲気とか空気感を理解しようって思ってばっかりだから、たまたまわかっただけかも」
自虐して苦笑いするヒロカちゃん。その笑みは嫌味のない可愛らしさで同情心を抱かせる完全な苦笑なのだが、だからこそ何度も何度も繰り返し彼女がその表情を仮面のように貼り付けて生きてきたことを、俺に思い知らせた。
それと同時に、俺はもう一つの恐ろしい可能性に思い至っていた。
ヒロカちゃんのギフトである『空気を読む』。
自身は気付いていない様子だが、おそらく俺が魔法を使えることを看破したのはこのギフトの影響だ。俺の表情や言動、声の調子や息遣い、その他諸々から、彼女は俺の思考を読み取ったわけだ。
だとしたらこれは――末恐ろしいギフトかもしれない。
「……よし、わかった。並行して魔法の習得もやっていこう。ただし、この世界で魔法は教会に入るか、魔術師の国で学ぶかしないと本来使えないものだ。俺が使えることは秘密にしてもらうし、人目につくところでは特訓しない。いいね?」
「はい! わかりました!」
元気よく返事して笑みを見せるヒロカちゃん。
俺の推論が正しければ、ヒロカちゃんに隠し事は一切できないだろう。
『空気を読む』という行為を言語化するならば、それはその場の状況や環境、他者の様子などを含めた情報等、あらゆる事象を五感で瞬時に汲み取ったうえで、それらをできる限り変質させない最適な行動・言動を導き出し実行する、ということになる。
この仮定の下で考えるなら、ヒロカちゃんの力が成長したとすると――未来視すら可能になるかもしれない。
「とんでもないバケモノに育つかもしれないな、こりゃ……」
俺は自分が担当する生徒の将来性に、慄いていた。