第7話 召喚勇者たちの顛末 その2
「トカゲの犠牲になったのは主に、最初に立ち向かったオタクグループの人たちだったんです。剣が届く距離で戦いを挑んで……それで……」
「いい、その先はわかる。思い出す必要ない」
ヒロカちゃんの独白に対し、シーシャが優しく対応する。
俺はそれを黙って見守る。
「私は後方にいて生き残ったんですが、命からがらなんとか逃げ切ったあと、一部の男子――私を追ってきた二人です――が『異世界来て興奮してるキモい奴らが死んでちょうどいい』とか言って笑ってて。……それ最低だよ、ひどいよって、本当は言いたいのに……」
シーシャに手を握られながら、ヒロカちゃんは言葉を続ける。
「私、言えなくて……! みんなに見放されるのも、怖くて。昔から私、周りの人の顔色うかがってばっかりで……」
唇を噛み締め、苦しそうなヒロカちゃん。涙が一筋、その頬を伝った。
……というかあの男子二人、やっぱりイラつくな。もう一回行って理不尽に殴りつけてやろうかな。
「……その後、生き残ったメンバーでどうするか話し合いました。食料もほぼ失って、なにかしらの決断をしなければ全滅するって結論が出て。それを聞いたとき、冷や汗が出ました……絶対私が、一番の足手まといだって、思ったから」
そのときの絶望や焦燥感を思い出してしまったのか、ヒロカちゃんは自らの身体を両腕で抱き、震えを抑えようとした。シーシャがなにも言わず、頭をゆっくり撫でた。
「最終的に、案の定『ヒロカ、お前を追放するしかないんだ』って言われてしまって……私は一人で、パーティーを離れなくちゃいけなくなったんです」
おいおいおい、そんなところまで『クラス転移もの』に忠実にならなくていいだろう。
「絶望して、涙が出そうになって。でも最後の最後まで、私はバカみたいに『それでみんなが助かるんなら、がんばる』とか言って。脚とか膝とか震えてるのに、空気読むこと優先して……」
「空気を読む? 吸うんじゃないのか?」
「シーシャ、それはあとで――」
「ヒロカは優しいだけだ。なんで辛い目に遭わなきゃいけない?」
「…………っ!」
そこでヒロカちゃんが、息を飲む気配がする。その後すぐ、彼女の瞳からまた数滴、涙がこぼれ落ちた。
日本的な『空気を読む』という文化を理解していないからこそのシーシャの言葉が、刺さったのかもしれない。
……そう、ヒロカちゃんもシーシャも、優しいのだ。
「私がいざパーティーを離れるとなったら、あの男子二人が『オレらヒロカと行くわ』って、言ってくれて。仲間の死を笑った二人だけど、心細さと不安からつい、それを受け入れてしまって……」
おそらくこの時点で、あの二人にはそういう魂胆があったのだろう。人の弱みに付け込んで性欲を満たそうとしている点が、なんとも卑劣極まりない。
あーくそ、やっぱりアイツら理不尽にどつき回してやりてー。
「リーダーの子は止めたんですけど、その彼と口論してまで私の方に来てくれたから……。今思うと、なんて甘かったんだって自分を責めたいんですけど……その日の晩に、テントを張ってなけなしの食料を準備していたら、そこで――」
「もういい。言わなくていいし、思い出さなくてもいいんだ」
俺もさすがに、そこは止めた。
いいんだ、そんなことは思い出さなくて。忘れてしまっていいのだ。
「ヒロカ、ほら、来い。くんくんしろ」
「…………」
「昨日洗濯したばっかり。お日様と、石鹸の良い匂いがする」
「……はい。します。安心します」
シーシャが手招きし、ヒロカちゃんを自らの胸元に導く。吸い込まれるように顔を埋め、ぎゅーっと抱きつくヒロカちゃん。それをシーシャは無表情のまま、包むように抱き返す。
本当に……本当にシーシャは、イイヤツだ。
少しの間、俺はヒロカちゃんとシーシャが抱き合う様を眺めていた。
部屋の明かりが、彼女たちを柔らかく照らしていた。
◇◇◇
「どうかお願いです、私を一人前にしてくださいっ!」
「こ、困ったなぁ」
少し休憩し、気持ちを落ち着けたヒロカちゃんは、今度は身体を深く折り曲げ、俺に頭を下げている。対して俺はと言えば、思わぬ困惑から後頭部をぽりぽりと掻くしかない。
「私、この世界で生きていけるようになりたいんです!」
「いやいや、でもだからと言って俺に師事する必要はないんじゃないか? やっぱり危険だよ、冒険者という仕事は」
事の顛末を聞き終え、今度は俺とシーシャが自分たちについて話していたのだが。
そうしたら、俺が『冒険者指導員』だと聞いたヒロカちゃんが、突如「私を一人前の冒険者に鍛えてください!」と言い出したのだ。
「他にも適性のある仕事があるかもしれないし。いくら戦闘訓練とかを受けたからって冒険者に固執する必要はないんじゃない? まぁ、転移者が余生をどう生きたのかっていう記録がないから、なんとも言えないけど……」
そこで俺は、はたと気付く。
「そういえば、ヒロカちゃんのギフトって何? それによってほら、冒険者以外の仕事に活かせるかもしれないじゃない」
「…………」
「ヒ、ヒロカちゃん?」
俺の質問を聞いた途端、ヒロカちゃんからとんでもなくダウナーな空気が放出された。うぇ、俺なんか言っちゃいました?
「えっと……笑いませんか?」
「笑わないよ。な、シーシャ?」
「笑うわけがない。前に『放屁爆発』というギフトを持った冒険者がアルネストにやってきたことがある。それでもわたしは笑わなかった」
シーシャが謎のどや顔を披露した。懐かしい、おならが爆裂するだけのギフトな。
あの彼は爆裂させたオナラの勢いで大ジャンプして、某ゲームの竜騎士みたいに戦ってたのが印象深い。能力名の割りにやることはかっけーという。
「ギフトが悪くても、冒険者として鍛えてくれますか? 見限ったりしませんか?」
「大丈夫、ギフトの優劣が人間の優劣じゃないってわかってるさ」
そもそも人間に優劣なんぞない。個性という個体差があるだけだ。
状況や条件によって無能とか有能とかの判断は発生するかもしれないが、本来そんなことで人間の尊厳が傷つけられていいわけがないのだ。
「じゃあ、言います。えっと、私のギフトは――」
言い淀んでいたヒロカちゃんが、意を決して顔を上げた。
その口から語られたギフトは、俺がまったく予想していないものだった。
「――『空気を読む』、です」