第6話 召喚勇者たちの顛末 その1
「私はヒロカと言います。干支ノ羽広佳。えっと、この世界の順番で言うなら……ヒロカ・エトノワです」
見回りの最中に助けた女の子が目を覚まし、俺とシーシャへ向けて自己紹介をしてくれた。今は制服姿ではなく、シーシャが用意してくれた麻の簡素な服を着ている。ポニーテールは結び直したようだ。
「俺はユーキ。でこっちが」
「シーシャ。二人ともギルド職員。安定と信頼のお堅い職業」
「えっと、キミの世界で言う公務員みたいなもんだね」
「あ、私ギルドわかります、スマホで小説読んだりしてたので! まさに安定と信頼ですよね!」
ギルド職員を公務員に例えると、ヒロカちゃんはニコっと笑顔を見せた。『わかります!』という言い方を見るに、ファンタジー小説に慣れ親しんでいたタイプだろうか。
「じゃあ、お二人のことはユーキさん、シーシャさんとお呼びしてよろしかったですか?」
「うん、いいよ」「わたしも問題ない」
律儀に呼び方の確認をするヒロカちゃん。今どき(日本の今を知らないんだけども)の女子高生にしては丁寧かつ礼儀正しい子だ。
「俺たちはじゃあ……ヒロカさん? かな? 苗字で呼んだ方がいいのかな、こういう場合」
「え、いやいや名前で大丈夫です! てか『さん』なんていいですって、ちゃん付けでも呼び捨てでも全然!」
手をぱたぱたさせて『なんでもウェルカムです!』と示してくれるヒロカちゃん。内心ではちゃん付けで呼んじゃってたけど、ビビッてさん付けを提案するチキンな俺。
だって前世で「馴れ馴れしく『ちゃん』呼びするおっさんキモい!」っていうネット記事、見たんだもの……え、あれデマなの?
「じゃあわたしはヒロカって呼ぶ。仲良くしよう」
「ほぇ!?」
と、俺がヒロカちゃんをどう呼ぶべきか逡巡していると、シーシャが彼女をぐいっとホールド。そして身を寄せて顔を近づけると、なにやらごにょごにょと耳打ちをはじめた。
「さっきの会話。ユーキに言うな。約束」
「あ、お任せください! 察してます!」
「バラしたらバラバラにする。ヒロカのこと」
「こ、こわっ、シーシャさん、こわっ……」
あまりよく聞こえないが、どうやら女性同士の密約を交わしているらしい。一点だけ気になるのは、ヒロカちゃんの顔が若干青ざめていることぐらい。まぁ病み上がりだし仕方ないよな。シーシャが人を脅したりするわけないもんな(すっとぼけ)。
それはそれとして、ひとまず本人がいいって言ってくれているので、ちゃん付けでいくことにするか。
「ところでヒロカちゃん、さっそくで悪いんだけど」
「あ、はい! 私がどうしてあんなところにいたのか、ですよね?」
「あ、ああ。その通り」
おや、こっちが言おうとすることを察して会話に先回りするヒロカちゃん。むむ、頭の回転が早い子なのかも。
「私たち――捕まった男子二名含めて――は、ダイトラス王国の王によって召喚された『召喚勇者』なんです。アニメとかでよくある『クラス転移』そのものでした」
「アニメ? それはなんだ?」
「シーシャ、その辺は後で俺が説明するから。一旦脇に置いてくれ」
「ん」
ヒロカちゃんから出たわからない単語に対して、シーシャが突っ込む。が、話がややこしくなるので後回しにする。
それにしても、やはり召喚勇者だったか。
しかも召喚したのはここアルネストを支配下に置くダイトラス王ときた。そう考えれば今牢屋に入っている男子二人のあの態度も辻褄が合う。
王や大司教ら有力者によって『勇者』に認定された者には、様々な特権が発生するのが慣例だ。
勇者の象徴として渡される『紋章』を提示すれば、宿代や武器防具の修理代などがタダになったり、飲食も格安でできたりといった待遇が受けられる。これは認定した者の支配地域であれば、ほぼ通用するそうだ。
……でも女の子を自分の思い通りにしていいなんて、王だろうがなんだろうがあるわけねーだろーよ、まったく。牢屋入ってろ。
おっと、思い出し怒りきた。平常心平常心、深呼吸深呼吸。
「最初はさすがに状況が飲み込めなかったんですけど、やけにすんなり受け入れてる人も多くて。『僕のチートは何!?』とか『ステータスオープン!!』とか、楽しそうに叫ぶ子とかもいて。怖くないんだって思ったら、案外すぐに受け入れられました」
「中二病患者たちのわかりみが深すぎる……」
うん、俺もやったよ、転生したての頃に。
でもステータスもなかったし、俺にはギフト(チート)もなかったからなぁ。
「王様とその側近みたいな……宰相って言ってたかな。その二名から説明を聞きました。基本的には日本には戻れないこと、この世界の人類の平和と安寧のために世界樹近郊、【聖魔樹海】の調査をお願いしたいってこととか」
ふむ。ここ数年で王国の宰相のポジションはめまぐるしく変わっているらしいから、今の宰相が王に入れ知恵して、ヒロカちゃんたちが召喚されたのかもしれないな。
「不思議と言葉は分かるしこちらの話も通じたんで、みんなで話し合って『聖魔樹海へ行こう』ってことになったんです。どーせ日本に帰れないなら、世界のために働いて英雄になっておいた方が生きやすくなっていいだろうって」
まあそれは一理ある。実際、現役勇者たちは大陸の方々で王に比肩するほどの厚遇かつ豪邸で、優雅に暮らしているらしいからな。
ただその分、【魔力災害】や【特魔物】が発生した場合は、強制招集されるみたいだが。
ちなみに言葉が分け隔てなく理解できるのは、【魔元素】の影響だと言われている。が、未だ研究途中であり、定かではない。
「王様も『調査が成功した暁には皆のための城を作る』とまで言ってくれたから、私たちクラス全員、結構ちゃんと頑張ったんです。『洗礼の儀』を受けて【ギフト】を発現してから、冒険者講習もしっかり受講して」
「へぇ、結構本格的なんだな」
ヒロカちゃんの言う『洗礼の儀』とは、この世界の皆が経験している通過儀礼の一つ。要するにこの世界におけるチート的なもの、【ギフト】を持っているかどうかを判断するための儀式だ。
俺はこれを幼少期に行い、一切なんのギフトにも目覚めなかった。あの金髪ツンツン男(名前忘れた)でも《剛腕》を持っていたのに。ぴえんである。
「ほぼクラス全員がすごいギフトを覚醒させたうえで、一週間ぐらいかけてちゃんと戦闘訓練とかも受けたんです。で、先生役の超強い騎士団長にもお墨付きをもらったし、リーダーポジの悠斗く――男子が『俺たちはもう誰にも負けない』って言って、それを信じれるぐらいみんなたくましくなって、私以外は自信満々に旅に出たんです。けど……」
「聖魔樹海で、なにかあった?」
「……はい」
そこでシーシャがすかさず聞く。
「聖魔樹海に入って数日、ものすごく大きなトカゲみたいな化物に襲われて……。全員で力を合わせれば勝てない相手じゃなかったはずなのに、全然倒せなくて。怒ったトカゲに半分以上が踏み潰されて、食い殺されて…………うっ」
「ヒロカ、辛いなら思い出さなくていい。ゆっくり深呼吸しろ」
「あ、ありがとう、ございます」
口元を抑えたヒロカちゃんの背中を、シーシャが寄り添いさする。
「ありがとうございます。落ち着きました」
「ヒロカちゃん、無理はしなくていい。ここで一旦やめておくかい?」
ヒロカちゃんの顔色が優れないのを見て取り、提案する。
当然だ。目の前でクラスメイトが巨大な魔物――おそらく地竜だろう――に蹂躙されるのを目撃してしまったのだから。
誰だってトラウマになる。
「いえ……お二人には話しておきたいです。知っておいて、ほしいです。私がここに来るまでに、経験したこと」
「……わかった。受け止める」「ん。どんと来い」
ヒロカちゃんの覚悟を受け止めるため、俺とシーシャは改めて居住まいを正した。