第5話 おじいちゃんみたいな人
※他者視点
「…………ん」
目を開けると、知らない天井があった。
……いや、建物の天井がある。それだけでなんだか、少し安心できた。
この寝心地は……ベッド、かな? あぁ、安心する。……みんなと寝ていたあの簡易テントは、私にとってはもう悪夢の入口みたいな印象しかないから。
「気が付いたか?」
「……え?」
綺麗な声。なのにやけに平坦な話し方。
聞こえた方へ、視線を向ける。
「安心しろ。ここは安全。服はわたしが着替えさせたし、傷も治療済み」
「え、あ、えっと……」
うわ、めっちゃ美人いる。
ショートカットが似合う、キリっとした目元のクールビューティー。服装を見た感じ……あれだ、王国を発つ前に立ち寄った『冒険者ギルド』の人と同じ服だ。
「痛っ」
「無理するな。丸一日寝ていた」
寝たままじゃ失礼だと思って身体を起こそうとした瞬間、ギリリと首、肩の辺りの筋が痛んだ。やばいこれ、筋肉痛とかの比じゃない痛さなんだけど。
一日飲まず食わず寝ずで歩き続けただけで、こんなに全身痛くなるものなんだ。
「わたしが背中を支える。ゆっくり起き上がれ」
「は、はい……」
ショートカットの美人さんが、身体を起こすのを手伝ってくれる。平坦に話すから冷たい印象だったけど、めっちゃ優しいのでは? これ、よもや推せる……?
「あ、ありがとうございます」
「ん。困ったときはお互い様。ユーキがいつも言ってる」
「ユーキ……?」
「お前をここに連れてきたのがユーキ。なかなかイイ男。かなりイイヤツ。わたしは結構好き。……あれ、なんか顔熱い」
私を支えてくれながら、淡々と応えていくショートカットの美人さん。でもユーキさんとやらを『結構好き』と言った途端、無表情のままなのに、そのキレイな顔がみるみる赤くなっていった。……え、これもう推すってことでいいよね? 超絶尊いんだけどこの人ー!
「おーいシーシャ。入るよー」
と、そこで男の人の声がした。その声は穏やかで、中にいる人を気遣いつつ、ギリギリちゃんと聞こえる音量で発声されていた。男の人が呼んだシーシャさんというのは、この美人さんのことだろうか?
「ん、ど、どぞ」
シーシャさんが素早く前髪に触った。その仕草から私は、声の主がその『ユーキさん』なのではないかと思った。
「いよっと……お、起きたか。よかったよー」
静かにゆっくりと扉を開けて入ってきたのは。
――私を助けてくれた男の人だった。湯気の立つ器を載せた木のトレイを持っている。
彼が、ユーキ、さん。穏やかそうな、うん……シーシャさんの言葉を借りるなら、なかなかイイ男かもです。
あ、やば。お礼、言わなくちゃ。
「あ、あの、助けていただいて、ありがとうございました」
「いや、お礼なんて。普通のことしただけだし」
「でも……」
「あの状況でキミを助けない人いないでしょ。だから普通のこと」
言いながら、柔らかく微笑みかけてくれるユーキさん。
……なんだろう、この感じ。なんか懐かしくて、安心して、眠くなってくるような。助けてもらったときも、おんなじ感じ、したんだよなぁ。
……あ、わかった。
大好きだったおじいちゃんに、この人、空気感が似ているんだ。
「これ、食堂で作ってもらってきた。出来立てだから少し熱いと思うけど、食べて」
「ギルドの食堂のメニューはどれもはずれない。わたしが保証する」
「いやシーシャはベーコンとチーズのパンしか食わないじゃん」
「あれこそ至高。あれが一番」
「はは、他も食べてから決めろよ」
会話する二人はとてもリラックスしていて、本当に信頼し合っているような印象を受ける。
……こんな風に、私も歳の近い異性と話せるようになれるのだろうか? いや、今は別にその必要性を感じていないけど。というかむしろ、今は話したくないし近付いてほしくもないって感じだけど……。
あの狭いテントの中で、誰かと肩が触れ合うような距離での夜は、地獄だったから。
「どうした? 大丈夫か?」
「……え?」
「震えてるぞ」
気が付くと私は身体を震わせてしまっていた。
それを察知したシーシャさんが、優しく背中を撫でてくれる。
「大丈夫。悪い男たちはユーキが懲らしめて牢屋にぶち込んだ。お前を蹂躙しようとするヤツはもういない」
「ああ、シーシャの言う通りだ。この町にいればもう大丈夫だから。腹減ってるだろ? ゆっくりスープ、食べたらいい」
シーシャさんとユーキさんの温かく穏やかな声が、冷え切っていた心の奥を溶かすみたいに、じんわりじんわり染み込んできた。
「…………」
うわやば、これ、泣きそう……!
と思って唇を噛んだら。
ぐぅー。
やば、お腹鳴った! はずっ!
「はは、お腹も動き出したみたいだな。ほら、肉大盛り。元気出るよ」
「こらユーキ、あんまり急かすな。寝起きで病み上がり。わたしがゆっくり食べさせる」
「はいよ、任せた」
言いながら二人がテキパキと、私にスープを食べさせる準備をしてくれる。身体を支えながらトレイを受け取り、器から一口すくってふーふーしてくれるシーシャさん。それを穏やかに見つめるユーキさん。
や、やば、尊死します!!
「ほら、口開けろ」
「え、いやそれは」
「遠慮するな。さっきも言った。困っ――」
「困ったときはお互い様だぞ」
ユーキさんとシーシャさんの言葉が重なり、二人は顔を見合わせた。微笑むユーキさんと、ちょっと顔の赤いシーシャさん。
あーダメだ、この二人本当に尊い……!
「じゃ、じゃあ……いただきます」
「ん」
ちゃんと言ってから、一度唾を飲み込み、シーシャさんが運んでくれたスープを口に含む。
肉と野菜の旨味に、少しだけ塩気のついた淡泊な味。
でも……涙が出るくらい、美味しいんだ。
「うぇ……ひっ……うぅ…………!」
私は泣きながら夢中になって、スープをたいらげた。
そのときはじめてわかった。
人の温かさに触れると、涙が出るんだって。