第3話 JK久しぶりに見た
「よし、これで一周……っと」
アルネスト周辺をゆっくりと哨戒しながら、一回りした。この町は小高い丘の上にあり、防衛のため、申し訳程度の木柵に囲まれている。
王都などの大都市は立派な城塞で囲まれていたが、いかんせん窮屈な感じがして住み着く気にはなれなかった。なんかデカい巨人が顔を出しそうで怖くなるときあったし。
「夕方になるとまだ少し寒いな」
ずっと遠くに見えるこの世界の象徴――【世界樹】の脇に、夕日が沈んでいく。この幻想的な風景はいつ見ても、心が洗われるような感覚をくれる。
「こんなに綺麗なのに、あれの近くは危険地帯なんだもんなぁ」
世界樹の周辺は【聖魔樹海】と呼ばれ、人類にとっては未知の領域であり、大変な危険が潜むところとされている。
手前にある険しいはずの山脈が低く小さく感じられるほどに、世界樹は巨大だ。その大きさはもはや錯覚とすら思えるほどだが、一際大きい樹冠部分(樹の上の草が茂っている所)から、常に世界中へと【魔元素】を放出している。
だがこの魔元素、あまりに濃すぎると人体には有害だと考えられている。そのため聖魔樹海へは、毒などへの耐性系の【ギフト持ち】や、各国の王や有力者らに選ばれた精鋭『勇者』の称号を得た者などが、定期的に調査に出向いている。
巷にある伝承では、大規模な召喚魔法によってこの世界へと呼び寄せられた者も、国の責任を背負って調査に入ったことがあったそうだ。
もしそれが本当にあった出来事なら、きっといわゆる『クラス転移』みたいな感じだったんだろうな。俺は異世界転生だけど。
聖魔樹海は前人未踏の地であるがゆえなのか、調査を行うことは統治する者たちにとっては義務と考えられているみたいだ。
まぁ、魔元素が一ヵ所に溜りすぎると【魔力災害】の原因になる『魔力雲』を発生させるから、一番はその辺りへの危機管理としての調査なのだろう。
ここアルネストも、世界に七か所ある聖魔樹海への関所の一つの管理を任されているため、定期的に近隣警戒のための精鋭部隊が編成されたりする。
「…………ん?」
世界樹と夕日の幻想的な景色を見ながら物思いに耽っていると、周辺を漂う魔元素が、微かに波打ったような気がした。
魔元素特有の甘い匂いも、ほんの少しだけ強くなっているような気がする。
「少し歩くか」
日々の見回りによる様々な些事への対策は、末端ではあるが大切な仕事だ。これが未然の防止へと繋がり、ひいては俺の安寧、スローライフを永続させることへと繋がる。
俺は魔元素の揺れを感じた方面へ、ゆっくりと歩き出した。
◇◇◇
「おいおいおいおい……急に、なんで?」
揺れを探って歩き進んでいた俺の視界に、突如として。
一人の女の子が現れた。
その子はなんとも懐かしい服装をしており、俺は驚いて立ち止まってしまった。
その服装とは――高校の制服。
なんと制服姿の女子高生がフラフラとこちらに向かって歩いてくるのだ。
制服はブレザータイプで、下はスカートを着用。いわゆる典型的なジャパニーズJK。低めのポニーテールがアクセント。
え、てかなにゆえこんなところにJK? 夢?
制服デート未達のまま還暦(中身)を迎えてしまった俺に世界樹が見せてくれた幻影?(んなわけあるか)
「……! 助けないと」
光景の異常さに思わず立ち止まってしまったが、よく観察するとその子は傷だらけで、制服はところどころが破けていた。まだ少し距離があるので確証はないが、足などは出血しているようにも見えた。
まさか、野生の獣や魔物に襲われた?
「おいキミ! 大丈夫か!?」
「あぁ……ひ、と……た、助け…………て」
「おわっと!?」
近づき声をかけると、その子は一瞬ふっと微笑んだ後すぐ、倒れ込んだ。地面に身体を打ちつける前に慌てて抱きとめ、仰向けにして頭を支える。
「大丈夫か? どうしたんだこんなところで!?」
「わた、し……追われ、て…………」
追われて? いったい何にだろう。
「ん?」
よく見ると彼女のブラウスは、上の方のボタンが引きちぎられたようになっていた。まさか……発情期のゴブリンにでも襲われたのか? だとしたら早急に処置しないと、この子がヤツらの苗床にされちまう。
くそ、この辺の【ダンジョン】では繁殖させないように頻繁に駆除をしていたはずなのに。
「たすけ、て……っ……おじい、ちゃん……」
「お、おい! ……おじいちゃん、て」
女の子は最後、鼻をすするようにしてから、俺をおじいちゃんと呼んで目を閉じた。呼吸はしているようなので、張り詰めていた糸が切れたのだろう。
……え、俺ってそんな老け顔? ちょっとショック。
俺は自分の気持ちを落ち着かせる意味も込めて、深呼吸をし、最低級の《身体回復魔法》をかけた。
「……ったく、相変わらずクソザコな回復性能だ。生傷がカサブタになるだけじゃねーか」
治癒とも呼べない傷口の変化に、魔法の才能のなさを突き付けられた気分になる。
とは言え、俺は公的には魔法を習っていないことになっている。そんな人間が最低級とは言え魔法を使っているところを目撃されるのはまずい。
俺は遅ればせながら首を回し、きょろきょろと周囲を確認した。
「……ん?」
と、今度は視界にブレザー姿の男子高校生が二名。下がズボンなので、男子と判断。見た感じ、女の子の制服とデザインに共通性がある。
ということは、まさか――この子たち『クラス転移』?
「おーい、おっさん! そこのおっさん! ちょっと!!」
「…………」
思案していると、男子高生の片方が手を上げて声をかけてきた。てかいきなりおっさん呼ばわりかい。
男子二名は結構身体が大きく、制服を着崩し、太いズボンを腰履きしていた。金髪のツンツンヘアと茶髪ロン毛。分かりやすく不良な雰囲気だ。
本来なら初対面の人に対してこんな嫌な印象を抱くべきではないのだろうけど、先におっさん呼ばわりされたのでしゃーないよね。だって俺まだ二十二だもん(中身は還暦)。
「ったく、ようやく追いついたぜ。おっさんその子さ、オレらのツレなんよ。ちょっと返してもらえる?」
「そーそー。ツレなのよ、ツレ」
ツレ、ねぇ。
いかにも軽薄に『アンタを舐めてますオレら』という雰囲気をぶつけてくる二人。別に舐められるのは昔からだし全然気にしない。
ただ、こんな性欲に髪の毛と目と口と耳とその他諸々をくっつけただけみたいな生物に、衣服が乱れ気を失っているポニテ女子高生を渡していいとは思えない。
理性ある人間として、絶対にダメな気がする。
「君たちはさ、何者? どこから来たの? 見慣れない格好をしているけど」
嘘です本当は前世で見慣れてます。
「あ? なにこいつ、オレらのこと知らねーの?」
「みたいねぇ。あれ、でも王様にもらったなんか紋章みたいのあったっしょ? 金ぴかのやつ」
「アレはリーダーだからって悠斗が持ってんだっつの」
「えー、じゃあおれら『勇者』だって証明できないじゃん。せっかくなんでもやりたい放題の特権だったのにさぁ。今から戻る?」
「いやそれマジめんどいだろ。つかあんだけのディスり合いして戻ったら気まずいしダサくね?」
「たしかにー」
俺の質問には答えず、二人でなにやら問答をはじめる男子高校生。
よくわからんしどうでもいいけど、とりあえず急いで女の子をアルネストに運びたい。治療院か教会でしっかり診てもらわないと。
「まぁ今はどうでもいいわ。おっさん、ソイツこっちよこせ。な」
「ソイツって……」
さっきはツレだったからまだあれだが、ソイツはひどくないか? クラスメイトとかなんだろうに。もしこいつらのどっちかがこの子の彼氏とかだったらまだしも。
でも彼氏なら余計『ソイツ』呼ばわりはないよな?
「あーもう我慢できね。おいヒロキ、もうそこら辺の草むらでやっちまおーぜ」
「だなー。つかそもそもショーゴがズボン脱ぐの手間取ったからこんなめんどいことになったんだし、先おれでいくない?」
「うっせ! もうさっきの襲うシチュでギンギンなんだっつの。発散しねーとやべーんだって」
「…………」
なんかこれ、嫌な予感がする。
断片的に聞こえるワードを集めて、なんとなーく状況と照らし合わせて考えると……こいつら二人が、この子を襲おうとしていた?
でもまー初対面でね、なんとなくの推理でね、決めつけてね、あれしちゃうのはよくないからね、一応ね、確認はしておきましょうかね?
「キミたち、この子をどうするつもりなの? 怪我してるみたいだから、向こうの町に連れて行こうと思っていたんだけど」
「あーいい、いい。余計なことすんな。オレらはほら『勇者』ってのだから、大丈夫なんだわ! だから言うこと聞いとけ、な?」
「ショーゴ、正しくは『召喚勇者』だって。散々言われたじゃん」
「どっちも一緒だろ! だぁもぅなんでもいいからよぉ早く《《してぇ》》わけ俺は! いい加減どっか失せろよクソおやじがよぉ! いつまでもヒロカに触ってんじゃねぇっつの! 先にツバつけてたのはこっちだっつーんだ!!」
ついに我慢の限界を迎えた様子で叫ぶ男子高校生。もといショーゴくん?
んー、これもう確定でいいよね?
だってこれ絶対『もうヤリたくてしょーがない!』って感じですもんね。
てかクソおやじって言われたから、ムカついた腹いせってことで。
この子らあれしちゃいまーす。
※以降は18:40に一話ずつアップ予定です!