第19話 聖魔樹海特別調査団について
「オルカルバラ辺境女伯、調査団については僕が説明しよう」
「そうかい。じゃあお任せしようかね」
ルカ・オルカルバラから話を引き継ぎ前に出てきたのは、金髪碧眼、キリっとしたとびきりの美丈夫。おそらくダイトラス王国の第二王子、エデンダルト・ダイトラスであろう。
いやー、もうね、目玉飛び出るほどイケメンですわ。
なんであんなに鼻高いの? なにしたらあんなに綺麗な金髪になんの? あとなんでナチュラルに高貴な雰囲気出てるの? 存在が眩しすぎて目がしょぼしょぼするんだけど。
同じ生き物と思えないわ……劣等感爆裂しちゃう……。
「ダイトラス王国第二王子、エデンダルト・ダイトラスだ。キミが召喚勇者の一人、ヒロカ・エトノワだね?」
「は、はい……」
「僕が留守の間に行われた勇者召喚により、多大なるご迷惑をおかけした。キミにはキミの世界で、キミの生活があっただろうに……本当にすまなかった」
「い、いえ。それはもう、いいんですけど……」
高貴なる王子に頭を下げられ、ヒロカちゃんが当惑している様子だ。てかヒロカちゃんってば、俺としゃべってるときにはない緊張感がある。やだもうおじさん嫉妬しちゃう!
……でも王族なのにちゃんと非があることを謝れるとは、エデンダルト王子、なかなか立派な人だな。
「異国の者たちを一方的にこの世界に呼び寄せる召喚行為自体が、僕としては誠に遺憾なのだが、過ぎてしまったことを嘆いてばかりでは統治者は務まらない」
「その通りだねぇ」
王子の言葉に、領主ルカが相槌を打つ。
「まず、少し前提を話させてほしい。ダイトラス王国としては、聖魔樹海で消息を絶った『召喚勇者』たちを、できる限り連れ戻したいと考えている。すでに過半数が死傷してしまったというのも耳に入ってはいるが、だからと言ってこのまま放置することはできない。キミたちはダイトラス王国が莫大な費用をかけて召喚している、言わば国の資産なのだ。回収できる分はしかと回収しなければならないというのが、国としての結論だ」
エデンダルト王子は、はっきりと淀みなく、よく通る声で話を続ける。
「端的に言えば、召喚勇者たちはダイトラス王国の所有物であり投資先なわけだ。当然、支払った対価に応じてのリターン——国益を生み出してもらわなければ、国家として見逃すわけにはいかないのだ」
「王子様、ヒロカちゃ……俺の教え子を、モノ扱いしないでもらえますか?」
王子の話は、正論だろう。
……だが、教え子をモノ扱いされて黙っていられるほど、俺は人間出来ちゃいなかった(中身還暦なのに!)。
俺は気が付くと一歩進み出て、王子と相対していた。
「こうした物言いが反感を買うのはわかっている。だがあえて言わせてもらった。事実を隠して腹の探り合いをすることを僕は好かない。むしろ嫌悪する。言いたいことを言い合った上で互いに歩み寄り、両者にとっての最適解を見出すことこそ至高の関係性へと繋がると考えている。それは当然、マクロな国際関係においても、ミクロな人間関係においても、だ」
「眩いくらいに青いねぇ、アンタは」
俺の視線など物ともせず、エデンダルト王子は自らの主張を強い意思で表明する。領主ルカの冷やかしも、意に介さない。
数秒間の、沈黙。王子の後ろで従者の一人が、腰の剣の柄に手をかけたのがわかった。
「先生! いいです、大丈夫です。私は気にしません」
「でも——」
「私は前にも言いましたけど、この世界に召喚してくれたことに感謝しています。腐った大人たちから逃げられたし、先生たちにも出会えたから」
ヒロカちゃんの説得によって、俺は渋々引き下がるしかなくなる。
あぁ俺ってば、なに教え子にピンチ救われちゃってんのよ。本来なら俺が守る立場だろうに、感情的になって……反省。
「ヒロカ殿、重ね重ね本当にすまない。そなたらの人権はダイトラス王国の法の下、できる限り保証するつもりだ」
再び、誠実な態度で頭を下げるエデンダルト王子。
むぅ、謝罪すら絵になるとはこれいかに……?
「クラスメイトのみんなを連れ戻すために、調査団を編成する。だから私に、道案内を含めて参加してほしい、ということですよね?」
「ああ。その認識で相違ない」
「……先生、参加させてください。お願いします」
「ヒロカちゃん……」
王子とコンセンサスをとったヒロカちゃんが振り返り、俺と正対する。
そしてすぐさま、その身体を深く折り曲げ、頭を下げた。
艶やかなポニーテールがふわりと揺れる。
ヒロカちゃんはたぶん、もう覚悟したのだ。
自らの人生に責任を持ち、自分の力で一歩踏み出すことを。
いつまでも心配が先立ち、教え子の進歩と成長を信じることができない俺なんかとは大違いだ。
……だったら俺も、彼女の冒険者指導員として、覚悟を決めようじゃないか。
「はぁ……わかったよ。同行を認めるよ」
「本当ですか? やった!!」
「ただし。俺も一緒に行く。それが絶対条件だ」
「はい、そのつもりでした!」
「えっ、そうなの!?」
俺が同行する旨を伝えた途端、悪戯っぽい笑みを見せるヒロカちゃん。これは……一本取られたな。おそらく彼女、元々そのつもりで調査団への参加を申し出たのだろう。
すでに交渉事では俺なんかより、ヒロカちゃんの方が一枚上手なのかもしれないな。
「先生と一緒なら、百人力ですもん! えへへ」
空気を読んだ愛想笑いではなく、心底からの笑みを見せるヒロカちゃん。
はぁ、まったく。
そんな素敵スマイルを向けられたら、これを言いたくなっちゃうよね。
俺の教え子がこんなに可愛いわけがない。
 




