第123話 小さな教会で
「フィズ、これなんかいいんじゃない?」
「確かに、可愛いかもです!」
目の前で繰り広げられる、乙女二人のかしましい会話。
デムナアザレムの繁華街にて、俺たちは聖魔樹海遠征への準備物を買い揃えることとなった。
が、必要物の買物をはじめだけで、今はもはや店先で商品を冷やかして歩くウィンドウショッピングと化していた。
うら若き麗しい女子二人の街歩きを、少し後ろから眺めて微笑む中年男性(中身還暦)、それが俺。……決して変態ではないぞ?
それにしても、大聖堂のある古都であろうが、最先端の流行が集まる原宿であろうが、仲良しが集まれば、いつどこでだって女子は買物を楽しむことができるのだとしみじみ思う。
ま、前世の俺は原宿には一度しか行ったことないけどな!
「じゃ、次行こうか。そこ段差あるから、転ばないようにね」
「はーい」
お姉さんのような気遣いで、先を行くヒロカちゃん。それに人懐っこくついていく、妹のようなフィズ。
ヒロカちゃんの方が少し背が高く、こうして後ろから見ていると本当の姉妹のように思えてくる。
「次はお二人と教会に行きたいです。デムナアザレムには大聖堂だけじゃなく、小さな教会もいくつかあるのですが、わたくしが個人的に毎日通っているところがあるので、ぜひ見てほしいです」
と、路肩のアクセサリー店を辞したタイミングで、フィズが言った。
その目は輝いている。
「いいよ、行こう。私もお祈りしたい。先生もいいですよね?」
「うん、ぜひ行きたいね」
「よかった。では案内しますね」
実はこう見えて俺も、西洋風な建築を見るのが結構好きだ。
まったく知識はないし専門的ではないのだが、ただ単純にビルや昔ながらの日本家屋とも違う、異国の文化や息吹を感じる建物を見ると好奇心がそそられる。
ぶっちゃけこの世界の様々な街並みを眺めてみたくて、冒険者をやったまである。
今はしがない辺境の冒険者指導員だけど。
「あそこです。あの三角屋根に樹教の意匠がついているところ」
「へえ。なんだか可愛らしく感じるデザインね」
そうこうしているうちに、目的の教会に到着した。
フィズとヒロカちゃんに続いて、中に入る。
中は少しひんやりして、いわゆる静謐な空気に満ちていた。
「……すごくキレイ」
「でしょー? わたくしの、秘密の場所なんです」
声を潜めて笑い合う、ヒロカちゃんとフィズ。
あぁ、なんと微笑ましい光景なのだろうか。おじさん泣けてきちゃうよ。
「こっちが祈り間で……あ、あれが宿願樹ですね」
フィズの案内で中を進むと、一際ひっそりとした空間が広がっていた。
そこの壁際には祭壇のようなものがあり、そこに流木のような大きな枝木が安置されていた。ゴツゴツとした木肌と幹の太さ、茶と黒の重厚な色合いが、威厳を感じさせる。
「宿願樹は、聖魔樹海でのみ採れる世界樹の木枝から作られます。中にたまった魔元素を抜き、新たに魔力を吹き込むことで完成します。今現在これを行えるのは、ザイルイル様だけと言われています」
「すごいんだね、ザイルイルさんは」
フィズは鼻高々といった様子で、自分のことのように大司教様のことを話していた。
「ええ、すごい方です。なにせザイルイル様がいなければ、世界中の宿願樹が機能を失ってしまうわけですから。世界の人々にとって、絶対に必要な方なのです」
「でも、大司教様も結構ご高齢だよね? 将来はどうするつもりなんだろう」
「ザイルイル様としても、そこは悩みの種みたいでして。いつぞや『早くわたしと同じ類のギフトを持った者を後継者としなければ』と、嘆いておられた時期がありました」
「そっか。あの宿願樹を作るのは、ザイルイルさんのギフトの力なんだね」
「はい。いつかわたくしも、ザイルイル様のように人々の役に立てるようになりたいと願っております」
神聖な空気を壊さないよう、ヒソヒソ話を続ける二人。
だが、教会内は結構音が響く構造のようで、実は結構聞こえている。
俺は天井や壁面のステンドグラスなどを眺めながら、なんとなく話を整理していた。
名もなき村でフィズから聞いた話も加味すると、世界中の教会に置かれた宿願樹が、魔技を使えない一般人の『魔毒病』の発症を抑え込んでくれているわけだ。
で、それを作れる唯一の人が、今のところあのザイルイル大司教というわけだよな。
……え、めちゃくちゃ重要人物なんじゃん。
だって現状は後継者がいないわけだから、彼がいなくなったらまた世界中で魔毒病が流行するってことだろ?
てかおいおい、今回の聖魔樹海派遣の重要度が、またぞろ跳ね上がったぞ……どんだけ難易度上がるんだよこれ。守る対象多すぎだろ。
「あ……」
と、機嫌よく話していたフィズの顔が、なぜか徐々に曇っていく。
「……ど、どうしましょう」
「ど、どうしたの、フィズ? 大丈夫?」
すぐに気付いたヒロカちゃんが心配し、フィズの方に手を置いた。
「さっきの話……あまり『他人に言ってはいけません』って、ザイルイル様に言われていたのに。ヒロカさんに、話してしまいました」
「な、なんだぁ、そんなことか」
安堵のため息を吐くヒロカちゃん。
俺も一人で気を揉んでいたが、大したことではなさそうだった。
「フィズ、大丈夫だよ。私たちは誰にも言わないから。ね、先生」
ずっと俺が聞き耳を立てていたことに勘付いていたらしいヒロカちゃんが、悪戯っぽく笑った。
「ああ、心配いらない」
「で、でも……わたくし、いつもならきちんと言いつけは守れるはずなのに。どうしてお二人には話してしまったのでしょう?」
まだ心配そうなフィズが、俯きがちに言った。
「それはほら、仲良くなってる証拠だよ。それだけ私たちとは、気兼ねなく話せてるってことだよ」
「仲良く……うん、きっとそうですね!」
屈託なく笑ったフィズの顔は、やけに嬉しそうだった。
「あのぉ……少し静かにしてもらえますか?」
「「「す、すいません」」」
そして。
俺たちは三人仲良く、司祭の方に怒られました。




