第122話 遠征への同行者
翌日。デムナアザレムは抜けるような青空、気持ちが良い快晴だった。
……うん、今の俺の気分とは正反対だ。
「ほほ、聖魔樹海遠征の件、お受けいただきありがとうございます。こちらで手続き等は順次進めさせていただきますので、どうかご安心ください」
「はい、よろしくお願いします」
中央神殿の入口で握手を交わす、ヒロカちゃんとザイルイル大司教。
結局、俺たちは聖魔樹海遠征に同行することとなった。ヒロカちゃんが一晩悩んで出した結論だ、もはや何も言うまい。
そもそも、現状の俺にヒロカちゃんへなにかを言う権利など、ない。
彼女が代官で、俺は代官補佐、だからな。
「……先生、ごめんなさい。言うことを聞かないで」
「あ、ヒロカちゃん」
歓談の輪から離れて、青空を眺めて突っ立っていた俺の横に、しっかりとした軍服風の衣装で着飾ったヒロカちゃんがやってきた。左の胸元には勇者としての『紋章』など、これまでの活躍の証が勲章として光っている。
「……随分、ヒロカちゃんが遠くに行っちゃったような気分を味わってるよ」
「先生、そんな風に言わないで」
俺の言葉に、悲しそうな顔をするヒロカちゃん。
我ながら水臭い台詞だと思うし、若干不貞腐れてダサいな、とも思う。
気持ちを切り替える意味を込めて、俺がボリボリと後頭部を掻く。
「ま、今のヒロカちゃんにはもう、俺では見えない景色が見えているんだろうと思う。それはキミの先生としては、嬉しい限りなんだ。教え子が大きく羽ばたいているわけだからね」
「先生……」
「だから俺は今回、キミを支えるために全力を尽くすよ。まぁ、いつでもそのつもりなんだけど」
頼りなく見えないように、胸を張って言った。
強がり、みたいに思われるかもしれない。
でも今の俺には、こんなことを言うぐらいしか、できなかった。
「先生……ありがとうございます」
が、情けない俺に対してヒロカちゃんは、深く頭を下げてから、一度微笑みをくれた。陽の光を受けたポニーテールが眩しく光る。
……よし、納得がいかずに不貞腐れるのは、ここまでにしよう。
「ヒロカさん、少しいいですかな?」
と、そこで再びザイルイル大司教の声。
「先ほど申し上げた通り、我々の方で準備等には万全を期します。が、ヒロカさん達の方でしか気付くことができない備えや必要物もあることでしょう」
「ええ、そうですね」
「そこでご提案なのですが、ぜひ出発までの数日の間に、武器防具の整備や買物など、自由に行えるよう手配させていただきたいと思いまして。そのために、わたしに一番近しい従者をヒロカさんの付き人として、同行させていただいてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。私は構いませんが……」
「その者に資金も持たせておきますので、金銭面もご心配なく。ふっほっほ」
ザイルイル大司教は、上機嫌に笑った。その顔はいつもの穏やかな笑みではなく、少し下卑た印象を受けた。
が、俺の視線に気付いたのか、大司教はすぐさま扇子を広げて口元を隠した。さすが宗教家、自己演出には抜け目がないようだ。
「では、従者の者をここにお呼びしますね。…………これ、入っておいで」
「はい」
ザイルイル大司教に促され、俺たちの元にやって来たのは――
「フィズ・イグナシアと申します」
――フィズだった。
相変わらず、大きな杖を抱き、人懐こく笑った。
「フィズは優秀な回復魔法の使い手でして、こちらとしては聖魔樹海遠征にも同行してもらおうと考えております。この子がいれば、どんな怪我や負傷も立ちどころに治癒させてしまえるので、安心ですぞ」
そう言うザイルイル大司教の顔は、まるで孫を自慢するおじいちゃんのように感じられた。
◇◇◇
「俺はどうしたらいいんだぁ……」
「先生、もう仕方ないじゃないですか」
俺たちは中央神殿を出たその足で、デムナアザレムの街中を歩いていた。せっかくなので、そのまま準備物の買出しに行こうということになったのだ。
今のメンバーは、俺、ヒロカちゃん、フィズの三人。イルミナは一人、剣を新調したいと武器屋へ走って行った。
「俺はヒロカちゃんとフィズの二人ともに、危険な目に遭ってほしくない。ましてや、二人も聖魔樹海に行くなんて……はぁ。マジで反対」
せっかく切り替えたつもりだったのに、またため息が止まらくなった。
まさか、フィズまで聖魔樹海に行くだなんて。
俺は可愛い娘二人を、危険だとわかっていて谷底に放り込む親ライオンのような気分……はぁ。そんな真似したくないのに……トホホ(死語)。
「こんなにも早く、また皆さんと旅に出れるとは思っていませんでした。わたくし、とっても嬉しいです」
「私もだよ、フィズ! 嬉しい!」
こちらの気分などどこ吹く風、お若い二人は楽しそうにキャピキャピしている。
「でもわたくし、少し不安なのです。聖魔樹海は樹教の信者にとっては聖域ではありますが、見たこともない巨大な生物もいると聞いています。またわたくし腰を抜かして、皆さんの足手まといになってしまうのではないかと思うと……」
「大丈夫、私たちがいるんだから。なにがあっても、私がフィズを守るよ!」
不安そうな表情を浮かべたフィズに、強く言い切るヒロカちゃん。
……本当に、すっかり頼りになる勇者になったんだな。
「それに、私たちじゃどうにかできなくても、絶対先生がどうにかしてくれるから! ね、先生!」
「ふふ、それなら安心ですね、ユーキ先生っ」
そこで、ヒロカちゃんとフィズが、示し合わせたように振り返って笑った。
二人の人懐こい笑顔を見て、俺はもう一度ため息を吐いた。
「仕方ない。大人はできる限りの準備をするだけだ」
なんにせよ、結局は自分ができることをやるしかないのだ。
またもいつもの結論に辿り着き、俺は一人頭を掻く。
目の前に並んだ二人の少女の背中が、俺に大人としての責任を再確認させた。




