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第121話 聖魔樹海派遣の是非

「俺は正直……反対だ」


 部屋の中に、自分の声がやけに重たく響いた気がした。

 中央神殿にてデムナアザレムとの会談初日を終え、俺とヒロカちゃんとイルミナは、宿の一室に集まっていた。

 ちなみにここは、デムナアザレム側が用意してくれたかなり格式高い宿である。


「……まぁ、聖魔樹海の危険性だけを考えれば、自ずとそうなりますよね」

「当然だよ。今回俺たちは移動と会談の準備しかしていない。向こうは『デムナアザレムで準備できるものならなんでも用意する』とは言っていたけど、いくらなんでも急すぎるし」


 椅子に座り、考え込むようにして俺の話を聞いているヒロカちゃん。俺は続けて、断固反対の意思表示をする。

 今俺たちが話し合っているのは、 ザイルイル大司教から提案のあった『聖魔樹海派遣』についてだ。


 俺ははじめ、冗談なのかと思っていたのだが、先方はどうやら本気だったらしく、日程や準備、派遣人数などを詳細に議論しはじめた。

 慌てて『結論は持ち帰らせてください』と俺が発言し、それ以上話が進まないようにした上で会談を打ち切ったのだった。

 あくまでも向こうに悪印象が残らないよう、念のためその後は雑談の時間も取った。


 というかそもそもなぜ、聖魔樹海派遣などという危険を冒そうと言うのか。

 あちらからの説明によると、まず第一に今の聖魔樹海の状況を確認したいというのがあるらしい。

 すでに大聖堂建築のために、聖魔樹海への関所からすぐの地点に、簡易的な調査団を数回派遣しているのだそうだ。ただそれだけでは魔物の状況などを調べるには至らないため、俺たちが同行してくれたらということらしかった。


 第二の理由としては、政治的決定権を持つザイルイル大司教ご自身が、実際に現地へ赴き聖魔樹海の現状を把握したいとのこと。ある意味ではその護衛を俺たちがこなすことで、ダイトラスとデムナアザレムの国交は強化されるわけだし、メリットはあるのだろう。


 さらに、決定権を持つ者が聖魔樹海の現状を把握することができれば、大聖堂建築の是非を含めて地に足の着いた判断が可能になるのでは、ということも話していた。


『もし実際に足を運ぶことで、聖魔樹海があまりにも危険だと知ることができれば、その時点で我々もさすがにあきらめがつくでしょう。ただ今のような机上の議論だけでは、やはり三百年の宿願ですゆえ、引くことはできません』


 確かに、ザイルイル大司教の言っていることは一理あった。ただただ議論をするよりも、実際に現地に行ってみた方が芯を食った判断ができる、そういうことなのだろう。


 しかし、それ以前の問題があると俺は思う。


「序層とは言え、聖魔樹海を舐めちゃいけない」


 そう、いくら完璧な準備をして人員が足りていたとしても、部隊としての練度が低かったり小さな綻びが一つでもあれば、簡単に足元をすくわれてしまうのが聖魔樹海なのだ。


「でも、この提案を受けなかったとすると、大聖堂建造をあきらめてもらうには他の説得材料が必要になりますよね? 先生、なにか考え付くものはありますか?」

「そ、そう言われたらないけど」


 真っ直ぐにヒロカちゃんに射抜かれ、俺は若干気まずくなる。

 ぐぬぬ、それでも、聖魔樹海へ入るよりはいい。命を粗末にするもんじゃないと思うんだが。


「私としては、先生の意見もごもっともだと思います。ただ、もしこれをきっかけとして大聖堂建造をデムナアザレム側があきらめてくれるなら、行く価値もあると考えています」

「ヒロカちゃんそれは――」

「先生、ごめんなさい。ちょっとだけ生意気を言いますが……今私たちは一国の代表として、重要な外交を任されてここにいます。これはある意味、自分のことだけ考えて判断するわけにはいかない立場です」

「……っ!」


 俺を見据えたまま、冷静に言い切るヒロカちゃん。その大人びた立振る舞いと落ち着いた声音に、俺は思わず怯んでしまう。

 ここ最近ルカ・オルカルバラに鍛えられていただけのことはある。なんというか、どっしり構えてる感がハンパじゃない。


「イ、イルミナ。お前も騎士として戦いに身を置く者なら、あそこの危険さはわかるだろ?」


 防戦一方の俺は、数の利を得ようとルミナに話を振る。反対派を増やすことで、ヒロカちゃんを説き伏せようという狙いがあった。


「……私は、ヒロカ様の意向に従うだけだ。そう陛下から仰せつかっている」

「そ、そんな思考停止でどうするんだよ!?」


 が、狙いが外れる。

 俺は上ずった焦りの声を発してしまう。


「イルミナ、お前自身の意見を聞かせてくれよ!」

「私は、あまり政治のことはわからないが……正直、そこまで反対ではない。ヒロカ様の言う通り、ダイトラスにとってはこのタイミングで大聖堂をあきらめさせることができた方がいいのは、間違いないだろうからな」

「そ、それはそうなんだけど……」


 続いたイルミナの言葉に、俺は窮する。

 どうして、反対が俺だけなんだ? 二人とも、聖魔樹海が怖くないのか?


「先生。私も今晩じっくり考えてみます。ですから、答えは私に決めさせていただいてもいいですか?」


 一切曇りのない目で、俺を見据えるヒロカちゃん。

 俺は唇を噛む。


「……外交的な交渉事に関しては、もうヒロカちゃんの方が達者だ。でも、俺はなによりヒロカちゃんの身の安全が――」

「先生。私だってあの頃から成長しています。もう、あの時の私ではないんです。だから、そんなに心配しないでください」


 俺の憂いはことごとく跳ね返され、微笑みを返されてしまった。

 こうなっては、俺があーだこーだ言っても仕方ないだろう。


「……わかったよ、ヒロカちゃんの判断に従う。ただし、本当にじっくり考えて結論を出してね」

「はい、わかりました!」


 ため息交じりに言うと、ヒロカちゃんは元気よく返事した。

 ただ、俺の心の中には一抹の不安がこびりついていた。


 

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