第118話 デムナアザレム到着
名もなき村での一騒動のあと、俺たちは順調に旅程を消化し、デムナアザレムに到着した。
「わぁ……すごい街!」
「これは確かにすごいな!」
「……だな!」
巨大な壁に囲まれた大都市、聖魔樹教の総本山――聖地デムナアザレム。
着いてすぐ、俺、ヒロカちゃん、イルミナは街全体の煌びやかさに度肝を抜かれ、感嘆の声を上げた。
高い壁の内側にある街のそのど真ん中には、雲を突き破らんとする荘厳極まりない大尖塔。あれがおそらくは、この世界に生きる者ならほぼ全員が知っている歴史的建造物の一つ、《デムナアザレム大聖堂》だろう。
天を衝くほどの高さは当然として、彫刻などの装飾が複雑に絡み合いながら、空高く伸びていく、それ自体が芸術と表現できる大建築。
俺は建築分野にまったく詳しくないので間違っているかもしれないが、なんというかほら、アレだ、ゴシックとかロマネスクとか、なんかそんな雰囲気だ(中身還暦なのに本当バカ俺……)。
とにかく、知識がなくても『すごっ!』となるような、とんでもない建物なのである。
聞いた話では、ここに住む人々は決まった時間になると、あの大尖塔へと身体を向け、祈りを捧げているそうだ。あの大きな塔を、もしかしたら世界樹の偶像と考えているのかもしれない。
「皆様。ここまでご一緒できて、本当によかったです」
「……フィズ」
大聖堂の方を見て各自が感動を噛み締めていると。
フィズが両手で杖を抱きながら、丁寧に頭を下げた。
顔を上げると、その表情はとても穏やかな笑みだったが、少し口元が震えているように見えた。
……そうだった、デムナアザレムに到着したということは、フィズとはお別れ、ということになるのだ。
大聖堂への感動はどこへやら、途端に寂しさが胸に満ちていく。
「フィズ!」
「はぅっ」
俺が予想以上の悲しみに内心で打ちひしがれていると、ヒロカちゃんはフィズの元へ駆け出し、思い切り抱き着いた。
「……フィズ。そんなサヨナラみたいに言わないで」
「でも……」
「フィズ、あの村で約束したでしょ? 『もう一度戻ってきます』って。私たちだって、フィズと一緒にあの村に行くよ! だってもう、私たちは姉妹みたいなものでしょ?」
「ヒロカさん……」
抱き合い身を寄せ合ったまま、ヒロカちゃんとフィズは言葉を交わす。
「あの村に戻るときまで、私たちは一緒なんだから! その後だって、また一緒に旅に行ったりしよう!」
「……はい」
「これ以降会えないなんてこと、絶対ないよ! 必ずまた会えるんだから!」
「……はい!」
いくつかの言葉を交わした後、再び抱き締め合う二人。
強い絆を確かめ合う光景に、俺は年甲斐もなく感動していた。
「うぅ……なんて素晴らしい関係性なんだ。あれこそ若人の特権だな」
「いやなんでお前が泣いてんだ」
が、隣のイルミナが顔をぐしゃぐしゃにして泣いていたので、俺の涙は引っ込んだ。一番関係ねーじゃん、お前……。
てかお前もまだまだ若いだろ。俺も身体は若いんだけど(中身は還暦)。
「さて、この感動を肴に、大人は大人の嗜みを楽しむとするか。ユーキ、付き合え」
「お前まさか、また飲む気じゃないだろうな!?」
「そのまさかだ。こんなに素敵な街で、あんなに素敵な場面を見せられて飲まないなんて、一人の大人として感性が死んでいるぞ?」
「お前に言われたくないわ!」
感性死んでるとか、結構傷つくんですけど!?
「ヒロカ様、フィズ殿! 我々は宿に荷物を置きがてら、少し街を散策して参ります!」
「あ、わかりました! それじゃ後ほど!」
イルミナの態度はいけ好かなかったが、確かにヒロカちゃんとフィズの二人の時間を作ってあげるべきだと思い直した。
「よし、そうと決まればいい酒場を探すとしよう!」
「やっぱりそれが目的じゃねーか」
なんにせよ、イルミナが飲み過ぎないよう気を付けなければ。
事前に余裕のあるスケジュールを組んでいたおかげで、予定の会談の日までまだ数日間の時間があるが、もし二日酔いで会談に出席されたら向こうの心象が悪くなるのは間違いないからな。
しっかり釘を刺しておかなければ。
◇◇◇
「うぇ~俺はダメだぁ~」
「なんだユーキ、貴様もそんな風に悩んだりするのだなぁ、わはは!」
賑わっている酒場の隅。俺とイルミナは向かい合う形で、すでに飲んだくれていた。
うぅ、イルミナどうこうの前に自分を律することができなかった!
「うるせぇ、俺だってこう見えてな、結構傷つきやすいんだ……」
「まったく、男のくせにクヨクヨと。どうせ貴様のことだ、ヒロカ様のことだろう」
「う……なんでバレてる」
「まぁとりあえず飲め飲め」
イルミナに促され、俺は手元のエールを飲み干す。
ふぅ、美味い。美味いんだが……。
「はぁ」
つい、ため息が出た。
「ヒロカ様が、自分よりどんどん上に行っているのが嬉しくもあり、悲しくもある。そんなところだろう?」
「……イルミナ、お前ってあれな性格の割りに結構人のことよく見てるよな」
「あれな性格とはなんだ!?」
俺は図星を隠すため、イルミナにツッコミを入れた。
「いや、まぁお前の言う通りだよ。もうヒロカちゃんは、ギフトの力を応用するなんて言う、俺が到底知り得ない高次元のレベルにいる。俺はギフトを持たない無能力者だ、たぶんもう教えられることはない」
そこで追加で注文した酒が運ばれてくる。俺はすぐに半分ほどまで喉に流し込んだ。
「ふん、軟弱者め。ギフトを持たないからなんだと言うのだ」
「まぁ、ギフトの有無で全て決まるなんて思ってないけど……」
「私は、ギフトを持たぬ没落貴族からの出自で、この地位にまで上り詰めたのだ! ダイトラス魔法騎士団、副団長補佐という立場にまでな! しかもこれで満足するつもりは毛頭ない、いつかレイアリナ様を越え、いずれは私が騎士団長となる!!」
酒の入ったマグを掲げて、イルミナは高らかに宣言する。他の客の視線が若干こちらに向いたが、お互いにもう酔っているのであまり気にならない。
というかイルミナのやつ、ギフト持ってなかったんだな。
「ユーキ、確かにヒロカ様はお強い。しかも心優しい人格者だ(お前が絡むとキレやすいがな……)。しかし、まだまだお若い。これからまだまだたくさんのことを学び、受け止め、成長してゆくことだろう」
「……ああ」
言外になにか言いたそうだったが、スルーする。
「そんな彼女の傍に、貴様がいてやらずにどうするんだ?」
「……はぁ。イルミナ、まさかお前に励まされるとはな。でもまぁ、ありがとな」
「ぬっ、そ、そんな真正面からお礼を言うな! て、照れるだろ!!」
イルミナはそこで、やけに顔を赤くしていたが、おそらくは本格的に酒が回ってきたせいだろう。
……イルミナの言う通り、前向きにならなくちゃな。
やっぱり、俺は俺ができることをするだけだ。
久しぶりに、心地よい酒が飲めたような気がした。




