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第116話 教え子の現在地

 奥の暗闇から、その巨体を絞り出すように這い寄ってくるサンドワーム。

 洞窟の壁から所々出ている、鍾乳洞のようにせり上がった突起や迫り出した岩石など、破壊しながら真っ直ぐこちらに突進してくる。


 軟体生物が幾重にも重なって集合体となったような蠢く体表が、何とも言えない怖気を引き起こす。


「イルミナ、一旦退がるぞ!!」

「な!? それはダメなんじゃないのか!?」

「サンドワームじゃ話は別だ! 準備が整っていない状況で相手にするようなヤツじゃない!!」


 叫びながら俺はスキルを全開にし、五感と肉体を強化する。そしてサンドワームから視線を切って振り返り、一目散にトンズラを開始する。

 それに合わせてイルミナも同じように振り向き、入口へ向けてダッシュを開始した。


 サンドワームを相手にするには、融通の利く広い地形で相手にするのがセオリーだ。

 今現在俺たちがいる階層は、入り口近くの浅層だ。そこまで深い位置にいるわけではない、アイツに追い付かれずに外へ飛び出せるはずだ。


「ユーキ、なぜサンドワームだけは相手にしないのだ!? そんなに強力なのか、ヤツは!?」


 並走しているイルミナが、時折後方を確認しながら言った。


「サンドワームは、強力な消化液を吐くんだ! 触れるだけで鉄も骨も溶かすような、凶悪なやつを!」

「な、なんだと!?」

「そんな攻撃を持ってる相手に、狭くて身動きの取りにくい洞窟ダンジョン内で戦うのは得策じゃないだろ!」

「確かに!」


 そう、ヤツはあのおぞましい食虫植物のような口から、体内で生成した消化液を噴射してくるのだ。その威力たるや恐ろしく、革や鉄などの一般的な鎧は当然貫通し、人体すら貫通し、骨まで溶かす。


 しかもサンドワームには、およそ目と形容できる器官がないため、魔眼などで動きを封じることも不可能だろう。

 目がない分聴覚はかなり鋭敏らしく、もしかしたら《魔声》でなにかダメージを与えることは可能かもしれないが、一か八かの攻撃に賭ける局面ではない。


 それでヤツの逆鱗に触れ、洞窟内で暴れられでもしたら、あっという間に俺とイルミナはドロドロに溶かされ、あの世行きだろう。


「はぁ、はぁ……止まるなよ、イルミナ!」

「あ、ああ!!」

「BROROUUuuuuaaaa!!」


 洞穴の直径に収まりきらないような巨体で洞窟全体を揺らしながら、すぐ背後まで迫ってきているサンドワーム。スキルで強化した五感が、ヒシヒシとその殺気を伝えてくる。


「見えた、外の光だ! イルミナ、もう一息だぞ!!」

「お、おう!」


 そのとき、出口の光が見えた。俺とイルミナは、最後の一踏ん張りで加速する。

 大丈夫、これなら間に合う!


「せ、先生?!」「え?」

「ヒロカちゃんにフィズ!?」


 と、そこで入り口に人影が現れる。魔吸石を運搬し終え、こちらに戻ってこようとしていたヒロカちゃんと、それを見送るためについてきたフィズだった。


「ア、アレなんですか!?」「ひっ!?」


 驚きつつダガーの柄に手をかけるヒロカちゃんと、サンドワームの見た目に腰を抜かしてしまうフィズ。

 まずい、あのままじゃフィズがサンドワームの餌食になっちまう!


「先生、イルミナさん! そのまま走り抜けてください!」

「え!?」


 そこでヒロカちゃんの表情が一変する。

 冷たさすら感じさせる鋭利で真剣な表情で、瞬時に魔力を練り上げる。


「ヒロカちゃん、アイツは厄介な攻撃を仕掛けてくる! ほぼ防御不能な消化液を吐いてくるんだ!」

「大丈夫、私に考えがあります。先生はフィズを助け起こしてあげてください」

「わ、わかった!」


 入り口に立ち、立ちはだかるような形で臨戦態勢を取るヒロカちゃん。その両側を、俺とイルミナは走り抜けていく。


「フィズ!」

「あぁ、ふぇ?」


 ダンジョンから出てすぐ後、へたり込んでいたフィズを素早く抱きかかえ、お姫様抱っこして離脱。フィズを抱っこしたまま、ダンジョン近くの岩場に身を潜める。


 振り返り、ヒロカちゃんの背中を見つめる。


「これだけ空間が限定されていれば……いけるよね」

「BRYUuu、BRUUuuuuaa!!」

「サンドワーム……ごめん、正直気持ち悪い」


 なにかを言いながら、ヒロカちゃんは手を伸ばした。その先には、糸を引く体液を迸らせた巨大なサンドワーム。


 いったいどうする気なんだ、ヒロカちゃん……?


「洞窟に満ちる空気よ――凍てつけ、どこまでも」

「BRUuu――…………」


 彼女が呟いた瞬間。


 ――サンドワームごと、洞窟内の全てが凍り付いた。


 壁も。

 石も。

 そして生物も。


 まるでそこだけ霜が降りたかのように、洞窟の中の景色が、完全に静止していたのだ。


 ……一瞬で、こんな芸当ができるなんて。

空気支配エアルーラー』、つくづく恐ろしい力だ。ヒロカちゃんが味方で、本当によかった。


「ごめん。悪いけど私、虫は苦手なんだ」


 そして、肩にかかったポニーテールを払いながら、サンドワームへ捨て台詞。

 か、かっけぇ……俺の教え子がマジイケメンなんですけどどうしたらいい!?


「みんな、もう大丈夫です」


 こちらへ振り向き、穏やかな笑みを見せたヒロカちゃん。

 その笑顔はいつもの、人懐っこくて優しい笑みだったのだが。


 ……正直に言えば。

 俺は背筋が冷たくなっていた。


 そう、少しだけ、本当に少しだけ……空恐ろしくなってしまったのだ。


 自分の教え子の、圧倒的な力が。



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