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第113話 名もなき村の窮状

「フィズ、『魔毒病まどくびょう』って……?」


 倒れ伏していた司祭様を教会奥の部屋まで運び、ベッドに寝かせた後。

 俺は触診などを終えたフィズに、たずねた。その横顔には、重苦しい色があった。


 ヒロカちゃん、イルミナも雰囲気を察しているのか、黙ったままだ。


「……魔毒病というのは、体内に蓄積した魔力が突如として人体に有害な『毒』となり、身体を徐々に蝕んでいく病気です。……わたくしの母も、これで亡くなりました」

「そう、だったんだね……」


 フィズの語ったことに対して、俺は相槌を打つことしかできない。

 次にどんな言葉を吐き出すべきなのか、必死で頭を回転させる。


「……あ、思い出したぞ」


 そこで、思わずハッとする。

 元々俺も、冒険者講習チュートリアルに活かせればと思い、何度も《魔元素》や《魔力》について勉強した。


 学んだこととして、人の体内に蓄積され続けた魔力は、時として()となり、人間を死に至らしめることもある――そのことを思い出したのだ。

 ただ、閲覧した書物に《魔毒病》などという固有名詞はなく、毒に侵された場合の症状なども書かれていなかったため、ピンと来ることができなかった。


「体内の魔力が引き起こす病、それを魔毒病と言うんだね」

「そうです」


 チュートリアルでも毎回話す通り、魔力というのは体内で()()()()()されるもの。俺は意図して手動で作れるが、そうしない場合でも自動で作られている。

 世界中に溢れる魔元素を呼吸によって体内に取り入れることで、自動的に魔力となって身体に蓄積される――それがこの世界における魔力の性質だ。


 だがここで、一つ問題が発生する。

 スキルや魔法、通称《魔技(マギ)》と呼ばれる、魔力を使用し超常的な力や現象を発生させる技能を持たない人は、いったいどうなるのか?


 そう、彼らの魔力は体内に滞留したまま、外へ出ていくことがほとんどない。この状態が長期間続くと、稀に人体へ害を及ぼすとされていた。これが重篤化した状態こそが、おそらく『魔毒病』とされる症状なのだろう。


「ユーキさんの言う通りです。ただ魔毒病は、世の中からするとすでに恐れる必要のない、過去の病であるとされています」

「それは私もダイトラスの歴史を学ぶ過程で知っている。教会が魔毒病への対処法を見つけたからと言われているな」

「はい。さすがイルミナさんです」

「ふふん」


 フィズの言葉に反応して、イルミナが割り込むように言った。それを微笑み褒めてあげるフィズ。イルミナは得意げだ。


「対処法というのは、『樹教が建造した教会にある《祈りの間》で祈りを捧げよ』というものです。こうすれば体内に貯まった魔力が外に排出され、魔毒病は発症しなくなるとされています」

「そのおかげで、樹教は全世界に信者を拡大し、世界宗教となったとされているよね」


 ちょうど、俺もその辺りのことは最近勉強していた。樹教の成り立ち、歴史など。

 ただ、なぜ教会内で祈ることで魔力が排出されるのか、その仕組みは秘匿されているため、一般人は誰も知らない。


「さらに先の大戦後は、アマル・ア・マギカの台頭やギルド制度の定着により、魔技を扱える人が急増しました。その影響もあり、魔毒病患者は世界から瞬く間に減少していきました。最近の子供の中には、病名を知らない子も数多くいるくらいです」

「しかし、まだ樹教や冒険者ギルドが進出していない辺境の山村などでは、魔毒病による死者は根絶されていないと聞く」

「ええ。しかも魔毒病は……回復魔法では、治すことができないのです」

「え?」


 続いたフィズの言葉に、俺は衝撃を受ける。

 黙って聞いているヒロカちゃんも、驚きの表情を浮かべていた。


「皆さん少し、考えてみてください。体内の自分の魔力が毒となり、身体を蝕むのが魔毒病です。その原理で考えると――」

「もしかして、回復魔法ではむしろ病状を悪化させてしまう?」

「はい、その通りです」


 フィズの投げかけに、ヒロカちゃんがすかさず答える。さすが、頭の回転が速い。


「回復魔法は被術者へ、魔力を送り込むものです。魔力によって身体を蝕まれている魔毒病患者には、逆効果となります。患者にとって毒となっている魔力が増加するわけですから」


 絶望を噛み締めるような顔で、フィズは話し終えた。


「ならば、今からこの教会の『祈りの間』へ連れて行って、祈らせるなどすればなんとかなるのではないか?」


 イルミナが、当然の疑問を差し挟んだ。そう、ここは樹教の教会だ。祈ることさえできれば、回復するんじゃないのか?


「おそらくは無理でしょう。樹教により各地に建てられた教会の管理者――司祭様ら――には、定期的なデムナアザレムへの『聖地巡礼』が課せられています。そこで大司教様から『祈りの間』に安置する『宿願樹しゅくがんじゅ』を受け取ることで、祈りの間の力を継続させるのですが……この教会の宿願樹は、すでに枯れ果てておりました。察するに、かなり前からこの村の『祈りの間』はその機能を失っていると思われます」

「そんな……!」


 背筋を冷たいものが走る。

 それは言わば、この村に住む人々全員、今この瞬間にも魔毒病を発症する可能性があると言うことを意味している。


「触診した際に感じたのですが、司祭様はかなり老齢で、足腰を悪くされているようでした。おそらくはそのせいで、聖地巡礼に赴くことができずにいたのでしょう。村人も皆、ご高齢の方ばかりでしたし」

「やるせないな……」


 入村する際のフィズに対する村人の態度や、教会の掃除が行き届いた感じなどを見るに、この村はきっと信心深いはず。

 それにもかかわらずこのような事態になってしまったのは、人間が抗えない身体的な老いが理由。


 絶望的な空気が、部屋に満ちる。全員が肩を落とし、項垂れていた。

 なんとか、司祭様とこの村を救うことは、できないのだろうか?


「……わたくしが知る限り、この状況を打破する方法が一つだけあります」

「っ! 方法があるんだね、教えてフィズ!」


 重々しく切り出したフィズに、ヒロカちゃんが一番に食いつく。

 こんな状況を突き付けられては、ヒロカちゃんは当然黙っていられないだろう。

 書く言う俺も、彼女と同じ気持ちだ。ここまで来て見て見ぬふりができるほど、人でなしになった覚えはない。


「では……近隣のダンジョンで、『魔吸石まきゅうせき』を探しましょう」


 顔を上げたフィズの眼には、強い決意が宿っていた。

 俺たちも顔を見合わせ、頷き合った。



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