第112話 デムナアザレムへの道のり
秋の気持ちの良い朝日が、馬の毛並みに光沢をもたらしている。
すでに俺たちはアルネストを出て、デムナアザレムへ向けて出発していた。遠征メンバー全員が各自馬に乗り、列になって進んでいる。
今回、デムナアザレムへの外交派遣のメンバーは以下の通り。
俺、ヒロカちゃん、フィズ。そしてイルミナである。
ヴィヴィアンヌさんは「教会は嫌いじゃ」と取りつく島なく拒否。
シーシャは「これ以上サボると気まずい」と若干焦り気味に言っていた。もうあなたそこまで働かなくてもいいのでは?
「フィズ、馬は大丈夫かい?」
「はい、なんとか」
振り向き、後ろのフィズに声をかける。ダイトラス行きの際には二人で一頭に乗っていたが、今回は一人で乗馬している。
比較的小さい体躯の馬に跨り、フィズは笑みを浮かべて手綱を引いている。大きな杖は背中に括りつけ、相変わらず肌身離さず持っている。
フィズは、デムナアザレムへの道案内を買って出てくれた。
彼女は今回『流浪』の修業として自分の脚でアルネストまで来ているので、その道中の諸々をその眼で見てきているし、なにより道の記憶が新しい。
本人としてもそろそろデムナアザレムに戻りたいと思っていたということで、同行をお願いしたところ、快諾してもらえたのだった。
「フィズ、馬に乗るとね、慣れるまでは肩と太ももの内側が痛くなるから、降りたときはちゃんと柔軟体操をするんだよ」
「はい、ヒロカさん。ご助言ありがとうございます」
「休憩のタイミングになったら、肩とか揉んであげるね!」
「ふふ、じゃあ揉み合いっこしましょー!」
隣に並んだヒロカちゃんが、フィズと打ち解けた様子で笑い合う。
二人は年齢が近いこともあり、すぐに仲良くなったようだった。アルネストを出る際にも、和気あいあいと楽しそうに話しながら準備していた。
デムナアザレムへは、馬の脚では一日で辿り着くことはできない。そのため、道中では野宿なども覚悟していたのだが、そのことを話すとフィズが「途中の村や町に教会があれば、わたくしから寝床を提供してもらえるよう話します」と言ってくれた。
小規模な村などでは、旅人を受け入れるような宿屋がない場合も多く、そういった際には教会が寝る場所や休息地となることが多いのだった。
いやー、野宿じゃなくてちゃんと屋根の下で寝れるってだけで、本当にありがたい。
「……おえっ」
「……おいおい、大丈夫かよイルミナ」
最後尾で馬に揺られ、えずいているイルミナの隣へ俺は移動する。
コイツ、昨日なんか興奮してワインを飲みすぎたらしく、二日酔いらしい。
マジでダメ人間だなオイ。エリートキャラどこいった。
「ユーキ……わ、私は大丈夫だ……慣れている」
「いや、どや顔で言うな」
二日酔いに慣れてんじゃねーよ。俺も人のこと言えんけど。
「陛下をはじめ……レイアリナ団長らの大きな期待に……ぅえ……応え、なければ」
「その意識があるなら、そもそも前日の酒を控えようぜ……?」
青い顔をしたイルミナの介抱をしながら、俺たちはのどかな道をゆっくりと進んだ。
◇◇◇
「では、今日はこの村で一泊するとしましょうか」
夕暮れ時。
ちょうど視界に入った村を、俺たちはその日の宿泊地とすることとした。
フィズが先頭となり、村人と交渉してくれている。
「世界樹のご加護があらんことを」
「ありがとうございます。ありがたやありがたや」
少ししてから、話していた村人がフィズへ向けて、何度も繰り返し繰り返しお辞儀をしながら村の中へと歩いていった。
どうやら、なにか説法を説いたようだ。
「問題なく受け入れてくださるようです」
「さすがフィズ、やっぱり凄いね」
「いえ、この村の方々が敬虔であり、懐が深いということです」
隣で見ていたヒロカちゃんが、さぞ感心したように言った。
フィズは謙遜しているが、俺も心底凄いと思った。
「まずは受け入れてくださるお礼をお伝えするため、教会へ参りましょうか」
馬を預けた後、俺たちはフィズに先導されて教会へと向かった。
こういった規模の村では、教会の司祭様が村長のような役割を担っている場合が多いのだった。
「あれが教会ですね」
「へぇ。こう言ったらあれだけど、思っていたより立派だね」
俺は教会の荘厳さに、思わず言ってしまう。
村全体としては寂れた感じだったのだが、教会は予想外に大きく立派な建物だった。見た感じは掃除などもしっかり行き届いているようで、外側からも美しいステンドグラスが見え、この村の人たちが信心深いことを暗に示していた。
「では、ご挨拶に伺いましょう」
フィズを先頭にして、俺たちは教会へと入った。
「ごめんください。司教様はいらっしゃいますか」
入ってすぐ、フィズが通る声で呼びかけた。ひっそりとした教会内に、ゆるやかに反響する。
徐々に、その声が引いていく。
「…………反応がないね。どうしたんだろう」
「この時間帯ですから、出かけているということはないと思うのですが」
言いながら、フィズが一歩、中へ足を踏み入れた。
瞬間――痛ましい声。
「助け……て……」
「っ!?」
低い呻き声にも似た、苦しそうな誰かの声が耳に届く。
「司祭様っ!」
いち早く気が付いたフィズが、声のした方へ走る。俺たちもすぐさま、その後を追う。
見ると、フィズの足元に初老の男性が一人、倒れ伏していた。
「こ、これって……」
「どうしたの?」
司祭様を抱きかかえたフィズが、顔を真っ青にしていた。
なにか、思い当たることがある様子だ。
「『魔毒病』、です」
「……まどく、びょう?」
聞き慣れない不気味な病名に、俺の背筋を悪寒が走り抜けた。




