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第111話 チュートリアラーは責任を思い出す

「では、デムナアザレムへの外交派遣の打ち合わせをはじめます」

「は、はい」


 ダイトラスから戻ってすぐ。

 俺は半ばヒロカちゃんに拉致されるようにして、ギルド最奥の会議室に押し込められていた。外交派遣を前に、入念な打ち合わせをしておきたいらしいのだ。


 ……俺、打ち合わせって苦手なんだよね。というか正直嫌いだ。


 前世の会社員時代に経験したが、なんでか会社の偉い人というのは打ち合わせや会議、ミーティングという感じのものをやりたがる。

 だが現場で働く側からすると、打ち合わせをする時間的余裕はほとんどなかった。


 新しいプロジェクトやアイデア出しなどの有意義な会議に時間を使うなら大いに結構だが、偉い人たちがやりたがるのは現状の報告や情報共有といった、本来なら書類や文面で事足りることばかり。


 これは推測でしかないが、俺がいた会社のお偉いさん達は、ストレス解消に部下を叱責したいだけだったのかもしれない。実際俺も何度も何度も、お偉いさん連中が見ている中でクソ上司から叱責を受けたっけな。


 ヤツらはあんな真似をして留飲を下げていたのだと思うと、本当にむかっ腹が立つ。まぁだからこそ自分が管理職になった際には、部下が気持ち良く仕事ができるよう、絶対感情に任せた叱責はしないという風に自分を律することができたんだけど。


「――せい。先生っ! 聞いてますか!?」

「あ、は、はいっ」

「もう、すぐボーっとするんだから」


 おっと、前世の忌々しい記憶に苛まれ、一人遠い目をしてしまっていたぞ。

 意識を会議室に戻すと、ヒロカちゃんがポニーテールを揺らしてプリプリ怒っていた。


「先生、会議とか打ち合わせが嫌いっていうのはわかりましたし、なんとなく理由も察しました。たぶん私も共感できます。……でも、私との打ち合わせをそれらと一緒にされちゃうのは、正直悲しいです」

「う、ご、ごめん。つい思い出しちゃったんだよ」


 しゅんとした顔で、瞳を潤ませて言うヒロカちゃん。うぅ、その顔をされるととんでもなく申し訳ない気持ちになる……!

 てかいつもは俺の空気なんて全然読んでくれないのに、こういうときは的確かつ正確に読んでくるんだね!? あーもう、本当に恐ろしい子!


「ちゃ、ちゃんと集中します!」

「お願いしますね? ではまず、今回の遠征の主目的についてお話します。まず第一には、聖魔樹海遠征の情報共有。そして第二に、デムナアザレムとの友好関係強化です」

「外交の初期段階って感じだね」


 丁寧な説明をしてくれるヒロカちゃんに、俺は相槌を打つ。


「ええ。内容自体はそこまで難しいことはないんですが、ただ少し旅程が長めになるかもしれないです」

「え? デムナアザレムって、アルネストからだとダイトラスと同じぐらいの距離じゃなかった? 魔法馬車ならそんなにかからないんじゃない?」

「それが……先方からの要請で『魔法馬車では来ないでくれ』というのがありまして」


 気まずそうに言い、ヒロカちゃんは眉間にシワを寄せる。

 そこで俺は考える。なぜ、デムナアザレムはそんなことを要求してくるのか。


「……あー、そっか。まだ魔法化学はまずいもんね」


 要するに、まだ受け入れが正式に決まっていない魔法化学の乗り物で行ってしまうと、初っ端で国民から反感を買ってしまうということなのだろう。


 前世でサッカースタジアムに行った際、俺はホームチームを応援しようと思ってホームユニフォームを着て行ったんだけど、席がアウェイチームの観客席の方で、もの凄く敵意を向けられた記憶があるけど、それに近い感じかもな。下手に刺激して、自分たちの首を絞める必要もないしな。


「うん、わかった。それなら色々入念に準備しないとね」

「ですです。だからダイトラスまで諸々の準備物を揃えに行ってもらったんですもん」

「さすがヒロカちゃん、シゴデキってやつだね!」

「えへへ」


 照れながらポニーテールを触るヒロカちゃん。さすが、先見の明というやつだ。


「……あともう一つ、個人的に先生にお願いしたいことがあります」

「なに?」


 そこでヒロカちゃんは空気を変え、真剣な表情をした。


「聖魔樹海遠征についてお話する際、もし私がきちんとしゃべれなかったらフォローをお願いしたいんです。もし先方から色々と聞かれて、詳細に話すことになったら……内容によっては、言い淀んでしまったりするかもしれないので」

「ヒロカちゃん……」


 少しだけ、ヒロカちゃんの唇が震えていた。俺はそれを見て、強い自責の念に駆られる。


 そうだ、この子もまだ、フィズと同じようにまだ幼さの残る十代の少女なのだ。

 いくら超常的な力を持ち、勇者として認められ、一領地のトップにならんとしているからと言って、完全な大人になったというわけでは決してないのだ。


 まだまだ成長の途上であり、良き未来が確定しているわけではない。

 降りかかる理不尽や不条理に対しては、大人がちゃんと盾になってあげなければいけない。


「……わかった。その時は任せてよ。ヒロカちゃんが話しにくいことは俺が代わりに話すし、ヒロカちゃんが話したくないことは俺が止めるから。心配しないで」

「先生……ふふ、ありがとうございます。心強いです!」


 ヒロカちゃんから向けられた満面の笑みは、やけに久しぶりな気がして。

 背筋がピンと、伸びた気がした。



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