第11話 森ダンジョンで魔法伝授
「お疲れさまでしたー。お先失礼しまーす」
「「お疲れ様ですー」」
俺の退勤の挨拶に対して、まだギルドに残っている人たちから声が返ってくる。
ここアルネストギルドで働く人たちはシーシャをはじめ、優しく思いやりがある人ばかりだ。
今は領主ら要人たちを迎え入れる準備などもありなかなかの忙しさだが、そんな中でも誰もが真面目に業務をこなし、タスクを分け合うなどして協力し合って仕事をしている。
おかげ様で俺は、前世とは違い毎日気持ちよく働くことができている。
「あ、先生! お待ちしてました。時間ぴったりですね!」
ギルドを出ると、扉の縁にヒロカちゃんが背中を預けていた。
今日はとある約束をしたため、こうして業務後に合流する形となった。
「ここのギルドはすごく良い職場だからね。下手に残業もないから時間を守れるんだ」
「確かに、すごくイイ人ばかりで本当ありがたいです」
ちなみに今ヒロカちゃんは、ギルドの空き部屋に居候という形で暮らしている。
最近は本人が『与えられてばかりだと落ち着かないので』と言い出し、掃除や簡単な書類整理などの仕事を手伝ってくれている。
おかげでここ数日、ギルド職員の間で彼女の評判はうなぎ登りなのだった。
「さて、それじゃさっそく行こうか」
「はい! はじめての【ダンジョン】、ちょっと緊張してます」
そう、今日はヒロカちゃんと共にダンジョンに入り、魔法の特訓をする約束をしていた。
俺が魔法を使えることがここの皆に知られてしまうと迷惑をかけてしまうので、特訓場所には、一般人がそうそう近寄らないダンジョンを選択したというわけだ。
俺とヒロカちゃんはダンジョンへ向けて、並んで歩きだす。
「じゃあ目的地までの道中、この世界におけるダンジョンについて説明してみて」
「はい! えっと……ダンジョンの正式名称は【ダンジョン指定領域】です。なぜそう呼ばれるかと言うと、大気中の魔元素が特定の場所に溜まり土地が変質し、その地域から魔物や魔石が生まれるようになった特殊な領域をダンジョンと考えるからです。この変化する現象を一般的に『ダンジョン化』と言います」
「うん、いいね。続けて」
「ダンジョン化しやすい場所は、魔元素の吹き溜まりやすい洞窟、山の麓、森林などが多いです。ゆえに都会ではなく辺境や田舎、自然環境の多い地域に発生しやすいのもダンジョンの特徴と言えます」
ヒロカちゃんはほとんど淀みなく、これまでの座学で勉強したことをスラスラ答えていく。本当に優秀だな、この子は。
「うん、素晴らしい。ではダンジョン化した空間と、普通の空間との区別はどうやって行う?」
「安全のために一番重要な部分ですよね。えと、洞窟などは分かりやすく『洞窟内がダンジョン』と言えますが、森などの通常地域と境界線がわかりにくい場所では、魔元素が出す甘い匂いの濃度で区別できます。花の蜜を煮詰めたような、芳しいほどの甘い匂いがしたら、そこはダンジョンという区分になります」
「はい、よくできました。特に指摘する箇所もないです」
「えへへ、ありがとうございます!」
もうここまで来ると優秀すぎて怖いくらいである。
教える側としては若干プレッシャーを感じはじめるなぁ……。
「あ、そうこうしているうちに着きました!」
「お、そうだね。今まさに話していた通り――」
「はい! めちゃくちゃ甘い匂いがします!」
「ここが近隣にある『ダンジョン指定領域』の一つ――『アルネスト大森林』だ」
◇◇◇
「はぁ……はぁ……」
「息が上がってきたね。一度休憩するかい?」
「い、いえ! もう一回やらせてください!」
「……イイね。俺はスポコン、嫌いじゃないよ」
ダンジョンであるアルネスト大森林にて、魔法特訓を開始して数分。早くもヒロカちゃんは汗だくになり、肩で息をしていた。
魔法はスキルに比べると魔力消費が多く、身体への直接的な負担が大きい。これこそが、冒険者は魔法ではなくスキルを運用する方が良いと言われている所以だ。
だが個人的には、魔法を習得しておくことで対応の幅が広がり、引いては安全性も高まると考えている。だからこそ、本来なら教会が魔法技術を秘匿するべきではないと思っているのだが、いかんせん相手が相手なので、声を上げられずにいる。
「じゃあ、もう一度だ。次はおさらいしながらやってみよう」
「は、はい! えーっと、魔法を発動するにはまず、体内の魔力を手のひらなどに集めます」
「それはなぜ?」
「そういった場所から魔力を外に放出し、自然環境に干渉することで魔法が発動するからです!」
額の汗を拭いながら、ヒロカちゃんはハキハキ答えた。その間も呼吸は止めず、きついなりにしっかり基礎を守っている。
「はじめる前にも言ったけど、はっきり言って俺の魔法は完全に独学だ。だからヒロカちゃんに教えられるのも、教会に公的に認められたものじゃなく、あくまで俺が扱う魔法でしかない。だから性能も効果も保証はできないし、さらなる上達のためにはヒロカちゃん自身で洗練させていくしかない。それでもいいんだね?」
「はい! 私は先生の魔法がいいんです!!」
「……わかった」
身体がキツいだろうに、笑みをたたえてそんな風に言うヒロカちゃん。その目はやる気に満ち溢れ、輝いてすらいる。
まったく……そんな顔で今みたいなこと言われたら、年甲斐もなく嬉しくなってしまうじゃないか。
「体内の魔力で自らの身体を強化したりするスキルと違って、魔法は自然環境という外的要因へ干渉しなくちゃいけない。だからこそ、スキルのとき以上に繊細かつ大胆な魔力操作が必要になる。まずはそのバランス感覚を身に着けるために、何度も失敗して身体でコツをつかんでいこう」
「はい!」
「まずは干渉がイメージしやすい『土属性』からモノにしていこう。足元の土が、自分の魔力と地続きになる感覚だ」
「魔力が……地続き……」
構えながら、集中力を高めていくヒロカちゃん。モチベーションに陰りは見えない。
「魔力が集まったら、次は手からそれを放出しながら土に触れよう。そうして、魔力が土へ浸透していくのを感じ取る。自分の魔力と自然の交わりを意識しつつ、魔力の入った土が自分の手の先で、土の塊になっていくイメージを思い描くんだ」
「はいっ!」
「イメージが具体化してきたら、それが実現される強い確信をもって、自分の魔力を一気に土へ送り込む。そのとき、魔力の枯渇で気を失わないよう呼吸を続けながら」
「はいっ!!」
と、威勢の良い返事のあと。
土から離したヒロカちゃんの手の先に、土の球体が形作られた。
最低級土魔法――《土球》だ。
「で、できたぁ」
イメージした魔法が結実し、ヒロカちゃんは安堵感からへなへなとその場にへたり込んだ。中空に浮かんでいたダートボールも、それに合わせて弾けて消えた。
まさか、魔法すら初日でできてしまうとは。なんとも末恐ろしい子である。
「はい、よくできました! 初日から成功させるなんて、本当に素晴らしいよ!」
「ユーキ先生、ありがとうございます! 先生のわかりやすい指導のおかげです!」
ヒロカちゃんが満面の笑みでお礼をくれる。
その顔を見た途端、言葉では言い表せない充足感が胸に溢れた。
ヒロカちゃんに魔法を教えることになったのは、あくまでもなんてことはない、話の流れからだった。
が、教えると決まった時点で俺はこの子を、秘密を共有する共犯者にしてしまったわけだ。
だからこそ、生半可なことは教えられない。彼女のこれからに責任を持つ意味でも。
「『魔技使い』として、一流に育て上げなくちゃな」
俺は誰にも聞こえないよう、そんな独り言をつぶやいた。
無条件に魔法の使用が許可されるA級以上の冒険者、もしくは勇者クラスの人材に。そうすることが、彼女に魔法を教える俺の責任と覚悟だ。
どうして、この子にこんなにも肩入れしているのかと問われば。
……空気を読んでばかりで自分の人生を生きられないという彼女の叫びが、前世の俺に似ていたからだと思う。
「今日はここまでにしておこう。しっかり食べてしっかり寝て、また明日から頑張っていこう」
「はい! ありがとうございましたーっ!」
ヒロカちゃんの額で、美しい汗が輝いていた。