第109話 エデン王との談話
特に遅れることもなくダイトラス王国に到着した俺とフィズは、ヴィヴィさんやシーシャと合流し、すぐにダイトラス城へと向かった。
城に入ってすぐ、ヴィヴィさんは魔法騎士団へ、シーシャとフィズは係の人に案内され城内を巡ることとなり、散り散りになってしまった。
残された俺は一人、入ってすぐの広間の椅子に腰かけ、ある人物を待っていた。
「しばらくだな、ユーキ殿!」
「あ、お久しぶりです、エデンダルト王」
ボーっとしていると、すぐに待ち人が来た――エデンダルト王である。
俺は椅子から立ち上がり、無礼のないようにと頭を下げる。
「……もっと砕けた感じで良いと、いつも言っているだろうに。私はユーキ殿を対等な友人だと思っていると言っているだろ」
が、俺の挨拶が堅苦しくて不服だったようで、王が若干不貞腐れた。
「じょ、徐々に慣れていきますから、徐々に!」
俺は慌てて取り繕い、少し砕けた態度に調整する。
んー、敬語からタメ口に切り替えるの、あんまり得意じゃないんだよなぁ。
今回、買出しのためにわざわざダイトラス王国まで来たのは、実はエデンダルト王が俺の耳に入れておきたい話があると、事前に書面をくれていたためなのだった。
今までの経験上、あまり良い予感はしないが、どうやらヒロカちゃんのデムナアザレムへの派遣と関係があるそうなので、スルーできなかったのだ。
「今回、はじめて見る方がいたが、彼女は?」
「あぁ、フィズですね。彼女は色々あって、今アルネストで暮らしているんです。樹教の修道女で、今は流浪だかって修行中らしくて」
城の豪奢な廊下を王と並んで歩きながら、俺はフィズのことを説明する。
「樹教……そう、書面でもお伝えしたが、ユーキ殿に共有しておきたい話があるのだ。さ、こちらへ」
長い金髪を棚引かせるエデン王に促されるように、奥の部屋へと案内される。
扉を開けて中を見ると、そこは楕円形のテーブルと椅子が並んだ、会議室のようなところだった。
「適当なところに腰掛けてくれたまえ」
「はい」
王に言われるがまま、俺は出入口に一番近い椅子に腰かけた。そのタイミングで、どこからともなく給仕係によって紅茶が運ばれてきた。
エデンダルト王は、テーブルを挟んで俺の正面に座った。
「ヒロカ殿が話しているかもしれないが、今ダイトラスには、デムナアザレムからとある交渉が持ちかけられている」
「交渉?」
紅茶をゆっくりと口に含むと、エデン王は静かに息を吐いた。
「その内容なのだが……デムナアザレムは、聖魔樹海の序層に、大聖堂を建造したいというのだ」
「えっ」
面食らい、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
そんなもの作って、どうしようというのだろうか?
「一体、なんのために? 危険じゃないんですか?」
「我々ダイトラスを含む他国も、皆そう思っている。だがデムナアザレムの支配階級は、どうしても実現したいらしくてな。彼ら樹教にとっての聖地である聖魔樹海に大聖堂を建造するのは、全世界の教徒たちの悲願らしいのだ」
「そんな無茶な」
俺はその構想の無鉄砲さに、若干呆れる。
いくら全教徒の悲願だからって、危険を冒してまで実現させようってのはおかしくないか?
あの聖魔樹海に入るのだ、大聖堂の建設に関わる人達だって、かなり危ない目に遭う。そもそも建ったとしても、そのあと聖魔樹海の魔物にぶっ壊されるんじゃないだろうか? そう考えれば、建設に関わる全部が無駄骨になる可能性だってある。
「その辺りも全て質問状をしたため、先方に提出してはいるのだが、向こうも決して折れなくてね。ずっと議論は平行線だ。だからこそ、対面で先方の空気感を調査してほしくて、ヒロカ殿に白羽の矢が立った側面もある」
「はぁ」
自分でもため息か相槌かわからない声が出た。
「ユーキ殿は最近使われはじめた『魔法化学』という言葉を知っているかい?」
「あー、ええ。一応は」
ふと、フィズの顔が思い浮かんだ。
「要するに魔法を動力として動く機械などの総称と言えるな。我々に所縁のあるもので言えば魔法馬車が代表格だろう」
「ですね」
「さらにダイトラスでは、街頭などのインフラに魔法化学を積極的に取り入れているが、外に目を向ければ、まだ拒否感や疑念を抱いている国や民族もいる。その筆頭と言えるのが樹教の総本山デムナアザレムなのだが、今回の大聖堂の建造に際しては、ぜひ魔法化学の力に頼りたいと言ってきている」
確かに、大聖堂のような巨大建造物を造るとなると、絶対あった方がいいだろうな。そこは意地張ってる場合じゃないって、デムナアザレムの上の人たちも痛感したんだろう。
「ただ、デムナアザレムとしては、魔法化学の導入には慎重を期したいそうだ。古来からの信徒の中には、魔法化学を良く思っていない者も多いそうなのでな」
「むー、まぁ新しいことってのはいつでもどこでも、はじめは拒絶されるもんですよね」
人間は結構、保守的な生き物だからなぁ。俺も含めて。
「デムナアザレムはどうやら、この聖魔樹海での大聖堂建築を契機とし、魔法化学を認めていく流れを作りたいらしい。悲願達成と魔法化学への忌避を天秤にかけさせ、『悲願が叶うのなら仕方ない』と魔法化学流入を認めさせる腹積もりなのだろう」
一番の願いを叶える代わりに、第二の条件を飲ませるみたいな感じか。
デムナアザレムの支配層は、結構したたかな人たちなのかも。
「建設計画の具体的立案の前に、直近で聖魔樹海派遣を行った我々ダイトラスに、ぜひ助言をしてほしいということもあってね。ヒロカ殿なら、それらの諸条件全てに相応しい」
「そういう事情があったんですね」
ヒロカちゃんは以前の『聖魔樹海派遣』の際、まさに渦中にいた(一応俺もかな?)。だからこそ、大魔樹海への大聖堂建設計画についても、芯を食った助言ができると王は踏んだのだろう。
なんにせよ、俺はヒロカちゃんの先生として、補佐官として、彼女が頑張ろうとしていることを精一杯サポートするのみだ。
「色々と心配事は尽きないと思うが、念のためヒロカ殿の護衛として、魔法騎士団からイルミナも派遣する予定だ。ユーキ殿、こき使ってやってくれ」
「イ、イルミナさんですか? 大丈夫かなぁ」
王の口から出た名前に、俺はつい引っ掛かってしまう。
んー、心配事が増えた気がするぞ。
「はは、ああ見えても彼女は優秀な人材だ。ユーキ殿なら、問題なく彼女のポテンシャルを引き出せるはずさ」
「王、買い被り過ぎです」
「そんなことないぞ?」
俺の反射で出たツッコミに、王はなぜか嬉しそうだった。
こうして俺は期せずして、妙な重責を背負ってデムナアザレムへ行くこととなってしまった。しかも、問題児イルミナ氏付きで。
ぶっちゃけ、先行きが不安です。




