第107話 かわいい子には旅をさせよ?
デムナアザレムへ行くことが決まった翌日。
俺はシーシャ、ヴィヴィアンヌさん、そしてフィズと共にダイトラス王国へと向かおうと、アルネスト入口で待機していた。
デムナアザレムへ旅立つ前準備として、色々と買出しをしておこうということになったためだった。ダイトラス魔法騎士団の方にも、時間があれば顔を出したいところ。
ヒロカちゃんはアルネストに残り、外交派遣の準備や打ち合わせをこなさなければならず「あー、私も行きたかったなぁ」などと不貞腐れていたが、ちゃんと自分の責任を果たそうとするところ、真面目である。
「お初にお目にかかります。フィズ・イグナシアと申します」
「わたしはシーシャ。よろしく」
入口で魔法馬車が来るのを待っている間、シーシャとフィズが挨拶を交わす。
この二人、ギルド内で何度かすれ違っているのだが、こうしてしっかり顔を突き合わせて話すのははじめてのようだった。
「フィズの噂は聞いている。明るくて優しくて可愛くて。あんな子に毎朝ご飯作ってほしいだの、わしにもあんな孫がいればだの、アルネストギルドの看板娘と化しているらしいな。なんと忌々しい」
「い、忌々しい!?」
「前まではわたしが看板娘でチヤホヤされていたのに。不服」
相変わらず、想いのまま言葉を吐き出すシーシャ。ただ前よりも顔に感情が出るようになったので、俺としてはなんだか嬉しい。
アンディルバルト商会とのいざこざを経て、一段と逞しく、そして美しくなった気がする。……おっと、あんまり見てると気持ち悪がられるよな。いかんいかん。
「わたくしもダイトラス王国へ同行させていただけるなんて、本当にありがとうございます。デムナアザレム以外の大都会に行くのははじめてですので、大変楽しみです」
「とにかく人が多いから、気を付けてね」
フィズにダイトラスへ行くことを伝えると、『へぇ、行ってみたいなぁ』と目をキラキラさせたので、一緒に行くことと相成った。
どうやら『流浪』の修業には、様々な土地に足を運び見聞を広めるという意図もあるそうなので、その意味でもダイトラスへ行くのはいい経験になるのではと思った。
というか、あんなに透き通った目をした彼女を、誰も無下にはできないと思う。子犬に見つめられたら『ふにゃぁ』となっちゃう感じに近い!
「あ、魔法馬車が来たよ。ヴィヴィさん、こっち!」
アルネストの裏手から、いつもの魔法馬車が移動してきた。ヴィヴィアンヌさんが手入れをし、魔力の注入なども行ってくれた。
「……ユーキさん、アレ、馬がいませんが?」
「うん。魔法馬車だよ。馬じゃなくて魔力で動くから、速度も安定するし休憩もほとんどいらないしで、旅程を数日縮められるんだ」
少し怪訝そうなフィズに、俺はざっくりと魔法馬車の凄さを説明する。
「もうあれに慣れちゃうとね、普通の馬車には乗れなくなるよ」
補足として、乗り心地の良さを話す俺。
が、フィズの表情は若干強張っているように見えた。
「……すみません。今回はわたくしは、同行を辞退させていただきます」
「え、ど、どうして急に?」
どこか申し訳なさそうに頭を下げ、一歩下がるフィズ。
急にどうしたんだ?
「世界の各所で、このような『魔法化学』が人々の生活に浸透しはじめているのは理解しています。ただ、まだデムナアザレムにおいて魔法化学は“異端視”されておりまして……」
「異端視……」
「今後、デムナアザレムが受け入れるどうかは、今行われている各方面との話し合いの結果次第だと聞いています。わたくし個人は決して拒絶するわけではないですし興味もあるのですが……まだ教会全体としての態度が明確に決まっていないこの段階で、このわたくしめが禁を破るわけにはいきません」
言葉を選び、丁寧に乗車拒否の理由を説明してくれるフィズ。
そうか……世界には色んな考えがあるからな。こっちの当たり前を押し付けてしまうのも、よくないよな。
人や国、集団の数だけ、違う考え方や価値観が存在するのだということを、そこで俺は改めて考えさせられた。
「なんじゃ、行かんのか?」
「あ、ヴィヴィさん」
そこで、ヴィヴィアンヌさんが馬車から降りてきた。
「ったく、わらわは頭の固い連中のこういうところがイヤなのじゃ。どーせ人間なんちゅーもんは利便性には勝てぬのじゃ。いくら旧体制や古い規範が抵抗しても、いずれは飲み込まれるものじゃろうて。そんな無駄な抵抗に他人を巻き込むからなおタチが悪い」
「本当にすみません……」
「ま、まぁまぁ。色んな価値観があるもんだから」
悪態をつくヴィヴィさんを、俺はいさめる。
確かにヴィヴィさんの言う通り、いつでもどこでも人間は便利さに勝てない。前世でも、気が付けばレンタル屋さんがなくなってサブスクになったり、みんなスマホが手放せなくなっていたりとか、そういうことに近いだろう。
なんにせよ、せっかくならフィズも連れて行ってあげたい。行きたくないわけじゃなく、行く方法に多少制約があり二の足を踏んでいるだけなのだから。
「……わかった。じゃあ俺とフィズは馬でいくことにするよ。二人乗りで一頭を走らせれば、半日遅れぐらいで到着するだろうし」
「ユーキさん……」
「なんて言うか、俺もフィズみたいな年齢の頃に色んな土地で色んなものを見ておくべきだったなって、いつも思うからさ。せっかくの縁で機会なんだし、フィズも連れて行ってあげたいんだ」
俺は自分なりに考え出した方法を提案し、皆の顔色を見た。
「ふん、まぁわらわがめんどくなければなんでもいいわい」
「わたしも、ユーキがいいならいい」
「ユーキさん、ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
皆、一応は俺の案を肯定してくれた。
特にフィズは、何度も何度も身体を曲げ、深くお辞儀をした。大げさだからと顔を上げるように言っても繰り返すので、困った。
その後、俺は急いで乗馬用の身支度をし、フィズと共にアルネストを出た。
久しぶりの馬の背中は、やけに揺れる気がした。




