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第103話 フィズの力

 俺とヴィヴィさんはフィズを連れて、ムコルタさんの家まで歩いていた。

 そろそろ夕日が沈む頃なので、念のため灯りを持っての移動だ。フィズは自分の背丈ほどもある大きな杖を、大事そうに抱えて持ち出していた。


 アルネストの夜は、端的に言ってとても静かだ。ここ数年は町中で揉め事や軽犯罪など一切起きていない。


「フィズはどうして、修道女になったの?」


 ばあさんの家まで間を埋めるため、フィズへ質問を投げる。


「わたくしは西方、ロサム共和国近くの村の生まれなのですが、戦争で父が亡くなり、ずっと母親と二人で生きてきました。しかしその母親も流行病に罹り数年前に亡くなりました」

「……ごめん、フィズ。話したくなかったらいいんだ」


 雑談程度の感覚で話を振ったのだが、返ってきたのは存外に重たい話だった。

 むぅ、俺は本当にこういうところでデリカシーがない。反省。


「いえ、わたくしは樹教のおかげで、もう世俗からは離れていますので。お気遣いありがとうございます」


 歩きながらぺこり、とその華奢な身体を折り、頭を下げるフィズ。

 無神経な俺を責めることもせず、健気に微笑む。


「ふむ、流行病か。ああいった類は、回復魔法では治せぬからのう」


 そこで、ヴィヴィさんが言葉を差し挟む。

 ヴィヴィさんの言う通り、回復魔法は基本的に外傷や病気で発生する身体へのダメージを癒すものとされている。病気そのものを根治させたり消し去ったりといった効果は期待できないらしい。


 これも医学的見地がベースになっていると考えるとわかりやすいのだが、要するに病気に関しては、今わかっている治療法以上のことはできない、ということである。


「一人で生きていく力もなく、途方に暮れていたときです。村に【デムナアザレム】から樹教の使節団が訪れました」

「デムナアザレム……聖魔樹教の総本山か」

「はい。そのときの使節団の皆様が、わたくしの命を救ってくださったのです。そのときに出会った大司教様や司祭様たちの神々しくお優しいお姿に、わたくしは心奪われてしまいました。わたくしもあのような人間になりたいと考え、現在は修行に励んでいるというわけです。今思えば、あれこそまさに神の思し召しだったのでしょうね」


 はにかむようにフィズは笑った。

 彼女は心の底から、樹教に感謝しているのだろうな。


 正直、俗物極まりない俺のような人間には、理解しにくい話ではあった。だがしかし、命の危機に瀕したときに救いをもたらされたのなら、信心深くなるのも頷けるよなぁ、などと思った。


「わらわもおぬしに聞きたいのじゃが、樹教というのは元々『聖樹教せいじゅきょう』だった、というのは本当か? 今の聖魔樹教は、教会内に一つの派閥として成立した『魔流派まりゅうは』と長年の対立を経て融合し、今の形になったというのはまことなのか?」


 そこでヴィヴィさんが、話を転換させる。おそらく元々興味のあったことを聞いてみたいのだろう。


「はい。わたくしも毎晩読んでいる『聖魔典バイブル』には、そのような変遷を辿ったと書かれていました」

「ふむ。元々の聖樹教においては、今現在の聖魔樹海は『魔樹海まじゅかい』と呼ばれ、聖域というよりは忌み嫌われた地、というような解釈だったと聞いておる」

「その通りです。聖魔樹教となる過程で、聖と魔が交わり一つになったということで、今の聖魔樹海という呼び名が定着していったと聞いています」


 テンポよく交わされる、二人のやり取り。樹教に対する基本的な知識が足りていない俺は、すっかり置いてけぼりになっていた。あぁ、後で本読んで勉強しておかないとな。


 と、そこでムコルタさんの住む家屋が見えてくる。


「はい、おしゃべりはその辺にしておきましょう。ムコルタさんの家に着きました」


 二人に言ってから、俺はばあさんの家の扉の前に立った。


「ムコルタばあさーん、いるー? ちょっといいかな?」


 俺が呼びかけると、数秒後にギィと扉が開いてムコルタばあさんが顔を出した。


「なんだい、ユーキ。夜這いにでも来たのかい?」

「ばっ、んなわけねーだろ!?」

「ヒッヒッ、冗談が通じない男だねぇ」


 ぶしつけのムコルタ節に、俺は面食らう。

 が、そのいつも通りのばあさんの悪態に、少し安心した自分がいた。


◇◇◇


「では、症状を詳しく話してみてくださいますか?」


 テーブルを挟んで向かい合ったフィズが、ムコルタばあさんへ尋ねる。俺とヴィヴィさんは椅子がないので、立って様子を見ている。

 ばあさんには簡単に事情を説明したが、まだ若干フィズを疑っている気配を感じる。


 ただまぁ、少し話せば肩の力は抜けていくだろう。


「……そこまで困っちゃいないんだが、朝起きると傷の辺りがぎゅぅぅとね、痛む日があんだね」


 言いながらばあさんは、腹の辺りにあるであろう傷を、ゆっくりと服の上から撫でるように手を動かした。


「頻度はどのぐらいですか?」

「まぁ、三日に一度というところかね。結局痛みがあっても動かなくっちゃ仕方ないんで、患部を庇いながら生活するんだけど、そのせいで変なところに力が入っちまってるのか、それで今度は身体のあちこちが痛んできてるって感じだね。本当に情けない話なんだが、歳は取りたくないもんだ」


 ばあさんは肩や腰を軽くほぐすように、順番に手を這わせる。

 わかる、わかるよムコルタばあさん。俺は大怪我はしてないけど、前世では座り仕事でもう首と肩と腰がバッキバキで、痛くて眠れなくなったりしたもの。そのせいで今度は疲れがたまって動けなくなるという悪循環でね、もう最悪だよね。


「わかりました。ではムコルタさん、心を穏やかにして、ゆっくりと深呼吸をしてください」

「なんだい、なにをさせようってんだい?」

「大丈夫、リラックスして呼吸を繰り返してくれるだけで大丈夫です」


 怪訝な顔をしながらも、言われた通りに深呼吸をはじめるばあさん。

 それを見て取ったフィズは、先を肩に乗せるようにしていた杖を両手で握り直し、集中するように目を閉じた。


 俺もヴィヴィさんも、興味津々で見つめる。


「……………」

「……? いつまで呼吸してればいい……おや?」


 と、そこで。

 突如ムコルタばあさんが驚きに目を見開いた。


「なんだい、この……感覚は!?」

「ど、どしたのばあさん?」


 椅子から勢いよく立ち上がり、ムコルタばあさんは自分の身体を検分するように触り出した。

 先ほどより明らかに顔色がよく、おまけにいつも曲がっている腰がピンと伸びている。まるで若返ったみたいだ。


「……ふぅー。終わりました」


 そこで、フィズが目を開け、大きく息を吐いた。

 彼女の顔色が心なし、悪くなっている気がした。


「これは……回復魔法と形容していいのかすら、わからぬものじゃな」

「ヴィ、ヴィヴィアンヌさん?」


 隣のヴィヴィさんが、なにかとんでもないものを見たみたいに、驚きを滲ませた声で言った。さらにすぐ、目の前で起こったことを確かめるかのように、目元の目隠しをその手で取り払った。


「フィズ・イグナシア、か。こやつ、とんでもない才能の持ち主かもしれん」

「…………!」


 回復魔法の大家であるヴィヴィさんが、これほどまでに驚くフィズの力とは、いったい?



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