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第101話 巡礼者の少女

 ダンジョンでの回復魔法特訓から帰り、俺たちはアルネストギルドの一室にいた。

 ここは以前、聖魔樹海から助けられたばかりのヒロカちゃんが眠っていた部屋だ。


 俺は帰路で助けた女の子を背から降ろし、ゆっくりと部屋のベッドに横たえさせた。

 見ると、彼女はまだ目を醒ましていなかった。


「ヴィヴィアンヌさん、一応診てあげてくれないか?」

「うむ。どれ、どいてみぃ」


 付き添ってくれていたヴィヴィさんに、診察を依頼する。

 本来であれば大賢者ヴィヴィアンヌ・ライヴィエッタの診察や回復治療は、かなり高額だそうだが、俺の講義をタダで聞き放題にする代わりとして、こういった場合には無償で行ってくれる。


 時折悪態をついたりしつつも、なんだかんだヴィヴィアンヌさんは優しいのである。


「ん、特に悪いところはないようじゃの。心配いらんぞ」

「よかったぁ」


 あっけらかんと言い放ったヴィヴィさんの言葉に、肩の力が抜ける。

 ひとまず何事もないようでよかった。


「でもじゃあ、なんであんなところで眠って……あ」


 俺の頭にふと疑問が浮かんだと同時、むくりと少女が上半身を起こした。

 いかにもぼーっとした目を瞬き、首を回して周囲を見渡している。状況を把握しようとしているのだろうか。


「あのぉ……わたくしは、いったいどうして?」

「君はね、この近くで倒れていたんだ。ここはオルカルバラ領、アルネストだよ」


 端的に、今の状況を伝える。


「アルネスト、ですか。では一応わたくしは、目的地に到着したということなのですね。よかった……けほっ、こほっ」

「大丈夫? あまり無理しないで」


 少女は小さな身体をさらに縮こまらせて、苦しそうにした。


「あの、ぶしつけで大変恐縮なのですが」

「うん、どうした?」

「できればお水をいただけませんか……もうわたくし、喉がカラカラでして」

「今用意するね」


 予め準備していおいた水差しからコップへ水を注ぎ、彼女へ手渡した。


「どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」


 少女は両手でコップを持ち、一気に口へと運んだ。そのまま背を仰け反らせるような勢いで、水を飲み干した。とんでもなく喉が渇いていたみたいだ。


「あぁ、おいしい。生き返るぅぅ」

「そりゃよかった。元気出たみたいだね」

「ええ。おかげでなんとか生き延びることができました。あなた方には本当に感謝してもしきれません」

「いやいや、俺たちは当然のことをしただけだし」


 一応俺、今代官補佐だしな。代官ヒロカちゃんなら誰かが倒れていたら必ず助けるだろうし。


「ではもう少しだけ、わがままを聞いていただいてもよろしいでしょうか?」

「うん、なんでも言って」


 現在ルカ・オルカルバラと外遊中のヒロカちゃんに代わり、こういう案件には俺が真摯に対応しないとな。

 どーんと来い。


「焼きたての分厚いステーキなどいただけますでしょうか?」

「うん、わか……え?」

「焼きたての分厚いステーキなどいただけますでしょうか?」


 ……はい?

 え、待って待って、突然の強欲極まりない意思表示に脳の理解が追い付かないよ?


 と、俺が反応に困っていると。


 ぐううううううぅぅぅぅぅぅぅぅ


 大きく、腹の虫が鳴いた。

 本人はまったくリアクションしていないので確信はないが、おそらく少女のお腹が鳴いたっぽい。


「こやつ、ぶっ倒れたのはおそらく空腹のせいじゃ」

「だからステーキを所望ね……」


 隣のヴィヴィさんの言葉に、俺は苦笑まじりに応じる。


「わたくし、三日近く何も食べていなくて……できれば、焼きたての分厚いステーキなどいただけますと幸いです」

「遠慮がちに図々しいね、キミ」


 軽く突っ込みを入れた後、俺は急いで食堂へ行き、適当な食事を見繕って部屋に戻った。

 当たり前だが、行き倒れていた人にいきなりステーキなどを食べさせるのはよくないので、オーソドックスなパンとスープにしておきました。


◇◇◇


「ほふぅ、おいしかった」


 食事を終えた少女は、穏やかな表情で息をついた。その顔色は明らかに血色が良くなり、生気が戻ってきていた。

 元気もかなり取り戻したのか、自分の長い髪を自分で手櫛で整えはじめ、結び、お団子がサイドに二つくっついたような髪型へ変身した。


「改めて、自己紹介をさせていただきます。わたくし、フィズ・イグナシアと申します。この度は命を助けていただき、本当にありがとうございます」


 そう言い、少女――フィズはぺこりと頭を下げた。


「わたくしは【聖魔樹教】の見習い修道女、巡礼者として各地で説教をして回っている者です。今回助けていただいた礼として、なにかわたくしでお役に立てることはございませんでしょうか?」


 丁寧に言葉を紡いだフィズの目は、やけに綺麗で澄んでいて、そして輝いて見えた。

 この子はきっと、清く透き通った心の持ち主なのだろう——俺はふと、彼女にそんな第一印象を抱いた。



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