おはなし
どのくらい時間が経っただろうか。
さっき昼の広域放送があった気がするし、ずっと前だったような気もする。
カーテン、開けておけばよかったな。
僕は居間から動けず、動かず、死んだように眠るナギサを、これまた死んだように動かず眺めることしかしていない。
こんな状態でも腹は減るらしく、冷房が古すぎてまともに冷気を部屋に満たさないせいでほぼ炎天下に投げ出された体が水と食事を求めている。
五時の放送が聞こえる。
慣れ親しんだ夕焼け小焼けの、一部音割れした不協和音にも近いそれが終わる頃、ようやく体が動いた。
体を汗が伝う嫌な感覚を感じながら、機械的に、反射的に、二人分の夕食を作り始める。
土鍋を火にかけ、干物を焼いて、味噌を溶いて、普通の、ごく普通の夕食に並ぶような和食ができてしまった。
米をよそい、汁物を注ぎ、干物を皿に乗せて机まで運ぶ。
匂いにつられたのか、ナギサが目を開けて机を見る。
「……いいにおい」
お前の分はない、と言おうとして止まる。
もう一人は僕とお前で食べてしまったから、このもう一人分はナギサの分だ。
黙ってナギサの前に夕食を並べる。
「おいしそう」
「……………食べていいぞ」
目を輝かせてナギサは夕食を食べていく。
それと対比にでもなるように僕の手は箸を持ってから一向に動かない。
食事を求める体に食欲がなく、無理に食べようとすると健司が頭の中で像を結んでどれだけ目を逸らそうとしてもあの光景を思い出して手が止まる。
「おにーさん?食べないとしんじゃうよ?」
ナギサが食べるのが早いのか、僕が長い時間固まっているだけなのか、おそらく両方の理由で僕はまだ夕食に一口程度しか手を付けていないのにナギサはほとんどを食べ終えている。
「口開けて、ほらあーん」
ナギサが箸で干物を僕に押し付ける。
差し出されたものを機械的に咀嚼し、飲み込む。
何か聞くことがあったはずなのに、いざナギサを目の前にして言葉が出ない。
「もっとたべて。食べなきゃしんじゃう」
何故か頭が熱い。血が昇っているのだろうか。
無性に目の前の少女にむかついて差し出された箸を通り過ぎ、それを持つ腕をつかんで思い切り力を込める。
「お前が食べなければ……死なないやつもいただろ…!」
腹の底から捻り出したような掠れた声で叫ぶように、泣くようにナギサと向き合う。
びっくりしたのかナギサが目を何度か瞬かせ、少しだけ考えるような仕草の後ナギサの腕が僕の手の中からするりと抜け落ちていく。
「それはもう一人のおにーさんのこと?それともわたしが前たべたひと?」
どっちもだ。
「うーん……でも、たべなきゃわたしがしんじゃう」
ナギサが困ったように微笑みながら僕の腕を撫でる。
「おにーさんの手、なおってる。わたしの血をのんだから」
「おにーさんも、いっしょ」
この少女は疑いようもなく化け物だ。
健司を食べていたやつで、食べさせたやつで、きっとそんなことを繰り返しているはずだ。
こいつは殺せない。
喉を千切ったのに死んでない。
じゃあ、僕はこれからどうすればいいのだ。
その疑問に答えるように、ナギサが僕の顔を持ち上げて嗤う。
「よろしくね。バケモノのおにーさん」
僕も、化け物だ。
一回満足するまで書くと長い間書かないのは悪い癖だと分かっていても直せないです。
すごく申し訳ないですけど読んでる人は気長に待っていて下さい。