似合わない
閲覧いただいてる方々、ありがとうございます。
今回は短めです。
C中隊の生き残り達感じている苦しみにを払拭するにはどうするべきか、僕にはそれが直感でわかりました。
復讐です。僕達の仲間を殺したドイツ兵達に血の報復をするのです。
あの時、戦争という理不尽にあった彼らの怒りは行き場を失っていました。ぶつけるべき相手がわからず、物事の正常な判断を欠いていました。
理不尽に理由を求めることなど出来ません。死というものが予期せずやってくるように、避けることが出来ず、意味を問うことも出来ないものですから。
先ほども言ったように、人間よくわからないことは悪い方へと考えてしまします。仲間が死んだのは一体誰のせいなのか、わからなければ自分の罪にしてしまいます。
貴方も経験があるでしょう。理不尽な出来事に対して、あれこれ己の行動を省みて理由づけしようとすることが。
それが自分の運命だと美辞麗句で誤魔化す人間もおりますが、結局はただ諦めているだけでしょう。人間ならば運命に従うのではなく、運命をまつらわせるくらいの気概を持たなければなりません。
ありとあらゆるものと戦い、凌駕してこその人間でしょうに。
C中隊の生き残り達は戦わなければなりません。
敵を殺さんとする怒りは人間の生きるための精力です。
憎むべきは敵であり、己ではない。それを理解させるためには戦うしかありません。行動を伴ってこそ、人間の頭とは理解するのですから。
先にも話しましたが、仲間を見捨てて逃げた彼等はあの時、深い罪悪感に押しつぶされていました。それは間違った思い込みです。仲間を殺したのは敵兵であり、彼らはただ敵兵に無為と無念のうちに殺されたのではなく、僕たちを守るために命を捧げたのです。
そのことを口にして伝えたところで、彼らが己への恨みを仲間への恩義へと昇華させることが出来るとは思っていませんでした。
それどころか、余計に迷わせることになります。だとすれば、何も言わず、ただ怒りを、悲しみを発散させるべきです。
それこそ子供の癇癪のように怒りをぶつけさせるべきなのです。その相手が仲間の命を奪った憎き敵兵なら、これほど適した相手はおりません。
自らの手で決着をつけなければならいのです。そうしなければ行く末は自壊のみですから。
差し当たり、行うべきは軍の再編成でした。それもただ失った人数を加えれば良いというものではありません。軍部の考えはすでに奪われた塹壕の奪還戦に移っていました。
それに向けて、策を練り、適した場所に人員を配置しなければならないので、それは大事でした。
といっても、僕が再編に口出しすることはありませんでした。将校といってもたかが数ヶ月の研修を受けただけですし、兵隊のあれこれや作戦のこれそれに関わり、案を出せるほどの知識も経験も持ち合わせておりませんでしたから。
そういう話には中尉が適任です。あの石頭の中には軍人教育の中で得た知恵や知識が詰め込まれていましたから。
将校や下士官はあれやこれやと慌ただしく塹壕の中を走り回り、後方からやってくる予備兵や弾薬を乗せた車両が列を成していました。
そうした中で僕は中隊の皆ともにいました。別段、何か含むところはありません。ただ、彼らを一人にしたくなかったというだけです。
別部隊の兵士たちが慌ただしく動き回る中、中隊の皆はただじっとしていました。50人はいるというのに誰も何もはなさず、ただじっと何かに耐えているように皆が顔を伏してぴくりとも動きませんでした。
しばらくして、中尉が戻ってきました。
「少し話せるか?」
そう言って中尉は近くの掩蔽壕を顎でしゃくりました。
再編成と反攻作戦が固まったか、と思いました。
「准尉、お前は生き残りたちをどう見る?」
薄暗い掩蔽部の中に入るといきなり中尉は僕に尋ねました。
質問の意図を図りかね、僕は少し黙り込みました。
ー…心ここに在らずといった感じだな。無理もない話だが。
「まだ、戦えると思うか?」
ー出来る、とは気軽に言えない。時間がかかる。何せ殺されるかもしれない体験は初めてだったろうからな。
僕の言葉をゆっくりと飲み込むように首を窄めて、中尉は言葉を探しているようでした。それから咳払いを一つして、
「本部からの伝令だ。明日の夜明けと共に奪われた前線の奪還作戦を決行することになった」
僕はさほど驚きはしませんでした。奪われたのなら奪い返すものが戦争でしょう。ただ、作戦の決行が早かったことには予想外でしたが。
さて、どうやってあの腐った空気を払拭し、士気を高めるかと考え始めた時に、中尉が思いもよらないことを言いました。
「貴様らは後方の予備役と交代だ。指令が降るまでは装備を解いて待機しておけ」
面を喰らいましたが、噛みつくように中尉に迫りました。
ーちょっと待て。何故、俺達が撤退するんだ。奪還戦には1人でも戦力がいるだろうが。確かに、士気は低いが体は使えるものたちばかりだ。
「それがなければただの的だろうが」
ー今、予備役と入れ替えるのが得策とは思えない。数だのみの兵士たちよりも、残存兵で一隊を組むべきだ。他の隊の生き残りを混ぜれば、一個中隊くらいにはなるはずだ。
戦争の勝敗は数で決まるほど単純ではありません。そりゃ数十倍の差は如何ともし難いですが、少なくとも実戦経験のあるいわば常備軍は強く、それに比べて後方待機の補充兵は弱い。たとえ数の上では補充兵200人いても、常備軍の態を成した100人のほうが軍隊として強力であったりします。それは軍人ならば誰しもが知っていることです。まともな従軍経験の無い僕にもわかることです。ですので、僕の主張は道理であり、中尉は言い分には合理のかけらもありませんでした。
もしや、回天の秘策でも持ち合わせているのか、と期待しましたが、中尉は僕の意見に反論することはなく、
「牧師風情が口を挟むな。貴様はなんだ、己の役割一つ果たせずによくもそんなことが言えたものだな」
腹の底から絞り出したような低く響きのある声で罵りました。思わず身震いするほどのものでした。
「己の領分を弁えろ」
吐き捨てるように言葉を放ち、中尉は足早に掩蔽部から出て行きました。
口喧嘩に負けた子どもが捨て台詞をついて逃げていくようでした。
腹が立ちましたが、それよりも不思議に思えてならなかった。高台では散々、聞きたくもない精神訓読をつらつらと語り、ソビエト兵たるもの勇敢に戦うだの、死ぬならば敵兵を巻き込んで死ね、と訓辞を垂れていましたし、
それに石頭といっても軍学校を首席で卒業している男です。物事を語る時には必ず理に適っていました。その影が中尉から姿を消していました。
こんな状況ならば僕たちを叱咤し、合理的な奪還作戦を提案すると思っていました。ですが、中隊の皆へ説明の一つもなく後方へ下げるのは随分と似合わないと感じました。
まるで人が変わったかのように大人しくいえ、大人らしい振る舞いに変わっていたことに僕は目を丸くしました。