11、薬師の弟子はーー
ロスが部屋を出てほどなくして。
シーナはリベルトに手渡されたローブを着て外へと出る。外は既に暗闇に覆われ、仕事が終わったのであろう街の人々は、飲んだり食べたり騒いだり……非常に賑やかな夜を過ごしていた。
喧騒の中、シーナたちは無言で王城まで歩いていく。しばらくして街の賑わいが静まった頃、リベルトが足を止めた。
「少し、時間はあるか?」
「あ、大丈夫です」
明日は幸いにして、休暇の日。元々今日が休日予定だったのだけれど、ソラナ殿下の薬の調合の依頼が来たので、今日を出勤日にしていたのだ。
シーナはリベルトの後に続く。そして彼は隊員たちと使っているいつもの部屋へと入っていった。忘れ物でもしたのだろうか、と思ったシーナだったが、リベルトに促されて部屋へと入る。
彼は普段使用しているテーブルの横を過ぎ、荷物の置いてある場所を通り過ぎる。シーナはいつも入り口のテーブルで話し合っていたため、部屋の奥まで入った事がなかった。興味深く周囲を見回しながら歩く。
そして部屋の最奥に辿り着くと、目の前に階段が現れた。
リベルトはその階段へと足を踏み入れる。階段と壁は石で造られているようで、触れるとひんやりしていた。
無言で二人は階段を登っていく。リベルトもシーナも言葉を交わさないので、二人の足音だけが周囲に響き渡る。
そんな時間が永久に続くかと思われた矢先、視線の先に扉が現れた。リベルトはドアノブに手をかけ、扉を開く。
扉へ入ると、生温かい風が一筋シーナの頬を撫でる。どうやら外へと出たらしい。
「こっちへ」
リベルトに招かれて、シーナは石造りの柵までたどり着く。その時、眼前に広がる景色が目に入った。
「わあ! 綺麗ですね!」
まるで太陽の光に当たった薬のように街がキラキラと輝いている。
以前の彼女であれば、この景色を見せられても、何も感じなかっただろう。食べ物も食べられればいい。眠くなるまで薬を作れればいい。そんな考え方だったシーナ。
だた、最近思うのだ。薬師室のみんなで食べる食事は美味しいと思うし、睡眠を取れば頭が冴えて、色々な事を思いつく。頭の中は薬で一杯な事には変わりないけれど、以前よりももっと楽しく自由に薬学と向き合えているような気がした。
その中でも一番シーナが好きなのは、リベルトたちと向かう実地調査だ。野生の薬草に触れられる、という事も勿論だが、リベルト隊の皆が温かく受け入れてくれたから、ここで王宮薬師として働きたいと思ったのだから。
しばらく無言で景色を見ていたシーナだったが、リベルトを一瞥する。
「シーナ嬢、すまなかった」
「リベルト様、ありがとうございました」
視線が交わった瞬間、二人は同時に言葉を発した。そして顔を上げた二人は目を丸くする。
「お礼を言われる事なんてしていないと思うのだが……」
「何に対しての謝罪でしょうか……?」
またもや声が重なった二人は、顔を見合わせた。その絶妙なタイミングに思わず笑い合う。
「私は先程の件だ。君を危険に晒してしまった事、本当に申し訳ない」
首を垂れるリベルトに、シーナは微笑んだ。
「もしあのまま襲われていたら、急所を蹴り上げて逃げようと考えていたので大丈夫です。それに、なんとなくリベルト様や隊員の皆様が助けてくださるような気がしていました」
実際リベルトに救われたのだから、問題ない。
「それに謝罪は先程いただきましたから。それでも……と思うのであれば、また薬草調査に連れ回しますから、覚悟して下さいね!」
力こぶを見せるシーナにぽかんと口を半開きにしていたリベルトだったが、彼女の言葉に思わず笑みがこぼれた。
「ああ、覚悟しておくよ」
「むしろ私もリベルト様にはお礼を伝えなくてはなりませんから。いつも薬草調査で振り回してしまいますし」
いきなりシーナから感謝を告げられて、目と口を軽く開くリベルト。彼女はにっこりと満面の笑みで笑いかけてから、照れを隠すように街の光を見つめた。
「こんな綺麗な景色を見せてくださった事もそうですけど……素性の知れない私を受け入れてくれて、助けてくれたから今の職場に辿り着けたのだと思います。ありがとうございました」
「……薬師として働けたのは、君の実力だろう?」
頭を下げるシーナに、リベルトは首を傾げる。
「リベルト様や皆さんがいたから、私はこの国に腰を据えようと思ったのです。市場で薬を売る時も助けてくださいましたし、感謝してもしきれません」
シーナは顔を上げてリベルトを見据える。その力強い視線に、リベルトは最初息を呑んだが、口元に笑みを浮かべた。
「そうか、そう思ってくれて良かった」
リベルトの心の篭った言葉に、シーナは嬉しくなる。微笑んだ彼女を見て、リベルトもつられて小さく笑う。
彼女が愛おしい。
彼女の幸せそうな笑顔を守りたい、とリベルトは思った。
だからだろうか、リベルトは無意識に彼女の前に跪き、言葉を紡いだ。
「これからも、俺は君を支えたい。ずっとそばで……一生守らせてほしい」
リベルトの言葉に、シーナは首を縦に振った。
「ありがとうございます! 私も、これからもリベルト様や、皆様と一緒に過ごせたら嬉しいです!」
無邪気に話すシーナ。その様子にリベルトは自分の言葉が届いていないことを悟った。自分も相当鈍感だと思っていたが、更に上がいた事にリベルトは苦笑する。
まあ……いいか、とリベルトは思った。
喜んでくれているのなら、自分が嫌われているわけではないのだから。
これから長期戦になるだろう。満面の笑みのシーナを見て、リベルトは気持ちを新たにした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
イーディオとの因縁にひとまず決着をつけて、シーナも少し落ち着いた……はずですが、彼女の鈍感ぶりは相変わらずで、リベルトはまだまだ苦労するでしょう(笑)
因縁に決着がついたところで、シーナちゃんは完結とさせていただきます。
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