10、薬師の弟子は、話を聞く
イーディオとアコルドが部屋から出てしばらくして。
二人が出ていった扉を唖然と見ていたシーナは、リベルトの声で我に返った。
「怖い思いをさせて、すまなかった」
「本当にごめんね」
目の前でリベルトが頭を下げている。そして隣にいたロスはまるで捨てられた子犬のようにしょんぼりと肩を落としていた。
リベルトだけでなく、ロスにも謝罪されて申し訳ない気持ちになった彼女は慌てて言葉を紡ぐ。
「いえ! 私も油断しましたから……」
そもそも一人で帰宅している最中のこと。王城内だった事もあり、シーナ自身も気を緩めていた。彼らがシーナの前に現れた時点で逃げるなり、大声を出して他人に気づいてもらう事だってできたのだ。
まさか彼らが自分を攫うなどという事をしでかすなど、思っていなかったのだから。
ただひとつ驚いた事がある。
「あ、でも……何故私がこの場所にいると分かったのですか?」
その言葉にロスが気まずそうな表情をしている。聞いてはいけなかったのだろうか、と不安になり始めた頃、リベルトが口を開いた。
「シーナ嬢には、何人か監視役を付けていたからな。居場所に関しては彼らの報告ですぐに分かった」
「そう、つまり君を囮にしたんだよ。それは本当に申し訳ない事をしたと思ってる」
詳しく話を聞くとこうだった。
ヴェローロ国王陛下から、「イーディオがシーナを連れ戻そうと計画を立てている」と話を聞いていたらしい。平民である彼女ならまだしも、現在の彼女の立場はロマディコ侯爵家の令嬢であり、王宮薬師という地位が与えられている。
自分がイーディオを抑えきれなかった事を悔やんだ陛下は、何度も何度もイーディオとアコルドの二人に言い聞かせたらしいのだが、全く聞く耳を持たず。そんな彼らを傀儡として操ろうと考える貴族たちも現れたため、イーディオを廃嫡することも考えたのだ。
けれども、平民一人追い出したところで、王太子の地位ですら剥奪できない。そのため、ナッツィアの国王へと事前に連絡を入れたのだ。
ヴェローロ王国の国王陛下と、ナッツィア王国の国王陛下は同年齢で馬が合った事。そしてナッツィアの国王陛下は面白い事が大好きだった事。
他にも色々な条件が重なって、今回の誘拐劇に繋がったという。
「だから、王宮で捜索されている話も実は嘘なんだよね。シーナ嬢とイーディオには元々監視がついているから、彼らの行動は筒抜けだったわけ。イーディオが持っていた腕輪の入手先も把握していたから、今彼らも捕縛されていると思うよ」
他国の貴族令嬢の誘拐、そして禁忌魔道具の所持。特に後者の罪状が大きいらしい。
「きっとイーディオは廃嫡かな? 確か大公の息子が継承権第二位だったはずだから、彼が王太子になるだろうね」
肩をすくめたロスは一瞬寂しそうな表情をしたが、すぐにシーナへと微笑んだ。
「という事で、シーナ嬢。怖い思いをさせて申し訳なかったよ。大っぴらにはできないけど、この詫びはまた改めて……ちなみに今の所何がいい?」
「そうですね、薬師室にない薬草の購入か……薬草採取の依頼か……それか、薬草調査のどれかになるかと!」
「君はブレないねぇ」
目を輝かせて話すシーナに、ロスは苦笑いだ。
「じゃあ私は先に行く。リベルト、シーナ嬢を部屋まで送ってくれ。何かあれば、コレで誤魔化すように」
ロスから手渡された何かにシーナは首を傾げる。
「ラペッサへの贈り物だよ。王都で作られている特産品に興味があるらしくてね。街で購入したものだ。まあ、何か聞かれたらリベルトが答えてくれるから大丈夫。シーナ嬢は微笑んでいればいいよ」
「分かりました」
「それじゃあ、また今度ね!」
そう告げたロスは、黒いフードを被って部屋を出ていった。