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8、薬師の弟子は、誘拐される

 次に目を覚ますと、シーナは見知らぬ場所にいた。

 身体が思うように動かない。それもそのはず、手を後ろで縛られているからだ。そして叫ばないようにするためか、口にも布を巻かれていた。


 なんとか上半身を起こして周囲を見回す。部屋の中にはシーナが寝ているベッド、机と椅子、そして入り口らしき扉とは別にもうひとつ扉がある。どうやら宿屋らしい。ふたつ目の扉は、きっと手洗いへと続いているのだろうとシーナは思った。

 すると目の前の扉が音を立てて開く。そこから現れたのは手を拭いているアコルドだった。


 彼はシーナが起きている事に気がつくと、鼻を鳴らす。

 

「ふん、起きたのか」


 アコルドは不満げな表情でシーナを睨みつける。彼女が狼狽えながらも首を縦に振ると、更に眉をひそめて言い放った。


「お前が『帰る』と言わないから、こんな手荒な真似をする事になったんだ。殿下の提案を素直に了承していれば良かったものの――」


 その後もくどくどと話は続くが、端的に言えば『帰ると言わないお前が悪い』とアコルドは言いたいらしい。シーナは彼の言い分を聞いて、怪訝そうに首を傾げた。

 いや、追い出したのはそちらじゃない……そう反論したくとも、口を布で縛られているせいでうまく言葉を発する事ができない。うー、うーと唸る彼女を見て、アコルドは眉間に皺を寄せて不快そうな表情でシーナを見る。


「それに殿下の側近である俺が結婚してやるんだ。元々平民だったお前には勿体無いくらいの縁談だろう? ヴェローロではこき使ってやるから、喜ぶんだな! これで薬漬けの日々が送れるんだ。薬を作れれば満足するお前には、うってつけの環境だろう?」


 見下したように笑うアコルド。まるでシーナを道具のようにしか思っていない――いや、実際イーディオとアコルドから見れば、シーナは自分の願いを叶えるための道具にすぎないのだろう。


「そもそも俺は気に入らなかったんだ! 平民のくせに優遇されていたお前がな! 俺は全力で殿下に気に入られるよう、努力していたのにな……」


 そう告げてシーナを睨みつけたアコルド。その視線で思い出す。

 イーディオとマグノリアに追放を言い渡された時……最後にシーナを睨みつけた男は彼だったことを。その時からシーナの事を気に入らなかったのだろう。


「平民は平民らしく、俺らに使われればいいんだよ」

「アコルド、お前の言う通りだ」

 

 鼻で笑ったアコルドに同調した者がいた。イーディオだ。

 いつの間にか入り口の扉から部屋に入ってきたようだ。シーナを見下ろすイーディオの表情は、まるで親の仇敵を見るように険しい。先程シーナと対峙した時は、心を隠していたのだろう。今は感情をむき出しにしているようだ。


「慈悲で、お前を良い条件で帰国させようとした私が馬鹿だった。お前は元平民だ。平民は貴族に使われるんだよ」

「殿下の仰る通りでございます!」


 鼻を高くするイーディオに同調するアコルド。

 そして二人はベッドの上で微動だにしないシーナを鋭く見据えた。


「そのためには、この女に『帰国したい』と言わせなくてはならないからな。アコルド、あれを出せ」

「こちらでございます」


 アコルドの手には、薬と腕輪が。見ただけではなんの薬かは分からない。けれども、あまり良さそうなものではないだろう、とシーナは直感する……彼女としては、どんな薬なのか小一時間ほど問い詰めたいのだけれど。

 シーナがじーっと薬を見つめていたからだろうか、それを恐怖だと受け取ったのかもしれない。イーディオは誇らしげに胸を張る。


「これは魔道具だ。腕輪を嵌めた瞬間、お前は私たちの思い通りに動くようになるのだ」

 

 シーナとしては薬の方を知りたいのだが……いや、そうではない。彼らの命令通りに動く、つまりシーナの口から『ヴェローロへと帰国する』と言わせたいのだろう。

 彼らは下衆な表情で笑っている。彼らの頭の中に浮かぶ未来は、とても輝かしいものなのだ、きっと。


 けれどもシーナはその片棒を担ぐつもりはない。

 だが、現状……彼女がこの場を切り抜ける方法が見つからなかった。

 

「さて、そろそろ我らの未来のために……先に進めようではないか」


 二人の視線がシーナへと向く。

 シーナは思った。切り抜けるためには、足を使えばどうにかなるのではないか、と。

 二人の会話から、シーナを連れ戻そうとするための策は腕輪だけではない。シーナが他の貴族へと嫁げないよう、彼女を穢そうとしているようだ。


 アコルドが少々不機嫌な表情でこちらへと歩いてくる。

 イーディオは気がついていないのだ。彼がシーナと婚約する事を嫌悪している事に。アコルドは背中を向けているため、イーディオから見えないので、そのような表情をとっているのだろう。


 昔、メレーヌ(パン屋の幼馴染)が言っていた事を思い出す。

 

 幸い両足は伸びているので、アコルドが来たらそのまま思い切り上に蹴ればいい。そう思ったシーナは身構える。

 

 そしてアコルドがベッドの上に乗ろうとした――。

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