2、薬師の弟子と、お披露目当日
ロスの話の後、シーナは引き続き薬師室と自室への往復だけだったからだろうか。イーディオたちと出会う事もなく当日を迎える。
前日の仕事終わり、ロマディコ侯爵家から馬車で迎えが来た。サントスとシーナはその馬車で侯爵家への屋敷に向かう。シーナが馬車を降りると同時に、エルミラやミレイアに連れ去られ、侍女によるマッサージが始まるのであった。
そのまま侯爵家に泊まったシーナは翌日も侍女の手によって磨かれる。最初は黙っていたシーナだったが、途中から身体をマッサージするためのクリームについての話が出ると、彼女も加わってより良いクリーム談義になっていく。
途中からこの話を記録してもらったシーナは、「落ち着いたらクリームの改良をする」という約束を侍女たちと交わし、 自分が明日、お披露目会に参加するのも忘れるくらい有意義な時間だと感じていた。
そして全てが終わるとコルセットを付けられ、ドレスを着る事になった。
控室へと向かうと、そこには一着の淡い青紫色のドレスが掛かっている。以前着た若草色のドレスはスカートの部分が膨らんでおり華やかであったけれど、今回のドレスはすとん、としたシルエットのドレスである。
着てみると、以前のドレスよりも歩き易く感じる。
ドレスだけでない。靴も踵が高いものではなく、高さがないものになっていた。
最後に侍女からつけられた装飾品も、青色や紫色に近い色の宝石が使われている。鏡に映った自分が、どこぞの貴族令嬢に見えた。
鏡と睨めっこをしていると、彼女を担当した侍女が首を傾げている。自分の思った事を伝えれば、彼女は笑って言った。
「シーナ様はもう既に侯爵家の御令嬢ですよ」
「そうでしたね……」
既に自分は侯爵家の養女だった事を思い出す。色々あったなぁ、と遠い目をしていると、侍女が楽しそうにシーナへと話しかけてきた。
「それよりも、本当にお似合いですね。流石、リベルト様だわ」
「リベルト様……ですか?」
いきなり今日のパートナーの名前を出されて、シーナは挙動不審になる。まさかここで名前が出るとは思わなかった……不意打ちだったのだ。
彼女はシーナに話しかけた。
「ええ。あら、もしかしてご存知ないのですか? 本日シーナ様がお召しになっている物は全てリベルト様からの贈り物ですわ」
「奥様も悔しがっておられましたわ! 『シーナちゃんに似合うドレスは私が一番分かっているかと思っていたのに……』と」
「それに青紫と言えば、リベルト様の目の色ですもの……うふふ」
シーナを置いてきぼりに、侍女たちは楽しそうに話す。ちなみにシーナは知らない。パートナーには自分の目の色のドレスを贈る事を。
そのため、『リベルトの贈り物』というところで彼女は狼狽えているのだが……。
支度が終わった頃。
シーナの部屋の扉を叩く音がした。どうやらリベルトが迎えに来たと言う。
玄関に向かうと、そこには既に他の家族たちもいた。
「あら、シーナちゃん! やっぱり似合うわねぇ!」
「きゃあ! シーナさん、可愛い! 義母様! 今度はAラインのドレスにしましょう!」
盛り上がる女性陣を他所に、侯爵とディマスはニコニコと笑っている。ただ一人、サントスがぽかんと口を開けていた。
彼女たちの元に辿り着くと、シーナは満面の笑みの二人に背中を押し出される。
「今日は楽しんできてね、シーナちゃん」
「何かあったら駆けつけるからね!」
二人のウインクに最初は呆然としていたシーナは、我に返って「はい」と笑顔で告げたのだった。
扉から出ると、現れたのはキラキラと輝いている男性だった。
何を言っているのか、と思うだろう。けれども、本当に光っているのだ。物理的に。正確に言うと、服につけられた勲章が光に当たって輝いているのだが。
少し眩しくて目を細めたシーナに、リベルトは手を差し出す。
「本日はよろしくお願いいたします。シーナ嬢、お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
二人は侯爵家の面々に見送られながら、馬車へと乗ったのだった。