14、薬師の弟子は、パートナーについて訊ねる
それからどうやって帰ってきたか覚えていない。
リベルトの返事は「侯爵夫人に確認をしてみます」とかろうじて言ったのは記憶に残っている。気がついたら薬師室内の個室にいて、依頼されていた薬を作っている最中だったのだ。
幸い品質に問題はなかったのだが、自分が集中して薬を作っていなかった事に呆然とした。
「今までこんな上の空で作った事なんてなかったのに……」
シーナは今までと違って、少しだけ心に変化が生まれたような気がした。
その翌日。
シーナが薬をサントスへと渡しに向かう。薬の納品を終えると、彼がシーナに話しかけてくる。
「そう言えば、パーティのパートナーは決まりましたか? いないようでしたら、私が務めますが」
サントスの言葉にシーナは少し考える。
「もう少し考えても良いですか?」
シーナの言葉にサントスは驚いたような表情を見せたが、すぐに「いいですよ」と告げる。
「明日母上がシーナさんに会いに、王宮へと来ると言っておりました。もし尋ねたいことがあれば、その時に聞いてみてください」
「義母様が?」
「ええ。義姉上の持っていたドレスを着てもらいたいそうです」
「ミレイア様の、ですか?」
サントスは首を縦に振る。もしかして、ミレイアが以前着用したドレスを着るのだろうか? それだったら、ありがたい。シーナとしては、新品のドレスを着て汚したらどうしよう、と考えてばかりだったからだ。
だがその幻想を打ち砕いたのはサントスだった。
「なんとなく考えている事はわかりますが……シーナさんのお披露目は、新しく仕立てますよ。義姉上のドレスを着るのは、シーナさんはどのようなドレスが似合いそうか、実際見てみるためだと言っていました。それに王太子殿下の許可も得ていますので、逃れられないと思ってください」
「……分かりました」
ほどほどのドレスで良いです、と頼んでみよう……とシーナは思った。
当日。昼に軽食を食べた後、シーナはサントスから事前に聞いていた応接室へと入っていく。そこには侯爵夫人とミレイアがいた。
「待っていたわよ、シーナちゃん」
「呼び出してごめんね、シーナさん」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
彼女たちの横には何着かのドレスが置かれている。そのドレスを見ると、すらっとした細身のものから、ふっくらとしたもの、レースで作られているドレスなど色々だ。早速待機していた侍女たちに服を剥ぎ取られたシーナは、されるがままになっていた。
「うん、これも可愛いわね」
「義母様! こちらも素敵ですよ〜!」
「あら、本当ね〜」
シーナが口を挟む間もなく、彼女の試着はどんどん終わる。その間に見知らぬ人が紙に何かを描きつけていた。後々聞けば、どうやらデザイナーさんらしい。最後のドレスの試着が終わったところで、シーナは二人に恐る恐る尋ねた。
「あの、社交界のパートナーの件なのですが……」
夫人はシーナの言葉に、目を輝かせて楽しそうな表情で答えた。
「何かしら、シーナちゃん?」
「私はしつちょ……サントス様とパートナーになった方が良いのですか?」
一瞬目を見開いた夫人だったが、首を傾げる。そして何かを思い出したのか、納得した表情でシーナを見つめた。
「あら、もしかして誰かに誘われた?」
シーナは恥ずかしさから俯いて首を縦に振る。その様子をニヤニヤしながら見る夫人とミレイア。二人にはシーナの考えている事が筒抜けなのだが、肝心のシーナはその事に気がついていない。
「もしかして、リベルト様かしら?」
「……は、はい……」
ミレイアに指摘されて、頬が熱くなる。その様子を見る二人は完全に面白そうな表情でシーナを見ているが……彼女は勿論気がついていない。しばらく照れている彼女を二人は見ていたが、話が進まないと思ったのかミレイアが話し始めた。
「あら、私たちの事を気にしてくれていたの? ありがとう、シーナさん。私としてはベルナルド伯爵令息でも良いと思うのですが、義母様としては如何です?」
「ええ。別にサントスでなくても良いわ! ベルナルド伯爵令息だったら、問題ないわよ? ちなみにサントスには声をかけられた?」
シーナは「はい」と肯定した。その後、侯爵夫人からリベルトとサントスがどんな風に声をかけたのかを訊ねられ、ポツポツと二人に告げる。サントスが告げた言葉を聞いて、二人が頭を抱えていたのは言うまでもない。
「そうだったの……教えてくれてありがとう。私たちとしては、ベルナルド伯爵令息でも問題ないから。シーナちゃん、今回が初めてのパーティでしょう? 一緒にいて、安心できる方を選ぶと良いわ。あとは貴女の気持ち次第ね」
「私の……」
「ええ。決まったら教えてね」
そう言って侯爵夫人とミレイアはにっこりと微笑んだ。