13、薬師の弟子は、誘われる
侯爵家との面会後、それから何日かは楽しく薬を作っていたシーナだが、ロスに呼ばれて一変する。
「え、お披露目ですか?」
面会が終わったと思ったら、今度は自分のお披露目だと言う。確かにロマディコ侯爵夫人は「お披露目は必要なの、ごめんね」と言っていたが……そんな大きなお披露目会だとは聞いていない、とシーナは思う。
ロスも申し訳なさそうに肩を竦めて話し始めた。
「三ヶ月後くらいかな? 『懐妊のお披露目』を行う事となったんだ。普通は懐妊のお披露目はしないんだけど……ほら、シーナ嬢が今回、ソラナ義姉上の調薬を担当しただろう? 他にも新薬も開発しているし、ラペッサもそれによって魔力滞留症が治ったし……我が国の薬師室の素晴らしさをお披露目しない手はない! と言い出してね……」
「諸外国にも既に手紙を送られておりますので、参加拒否は不可能ですね」
「きっと、シーナちゃんが拒否したら、『命令したくないんだけど……』って言って、王太子妃命令が出ちゃうと思うから、諦めた方が良いよ〜!」
「あまり目立ちたくないのですが……」
「ごめんね」とロスに謝罪されて、シーナはガックリと肩を落とす。残念ながら参加を拒否する事はできないらしい。
「まあ、シーナさんのマナーは教師のお墨付きですから、安心してください」
マルコスに言われるけれど、マナーや礼儀の問題ではない。注目される事というのが今までなかったので、落ち着かないというのが正直なところだ。その混乱を見て取ったのか、ダビドが軽い声でシーナに話しかける。
「それが終われば、社交界に出なくても良いと思うよ〜、多分?」
「ダビド様……多分なんですね……」
「そりゃそうだよ〜! シーナちゃんがまた功績を上げたら、勲章を授与される可能性だってあるしぃ」
新薬を生み出すと表彰されることもあるのか……でも、今の環境は以前の薬屋を営んでいた時よりも、良い環境なのは間違いない。今回はサントスとマシアも招待されているという事だから、きっとあまり目立たないはずだ。
それよりも、そこに着ていく服などがない事に思い至る。
「あ、あの衣装などはどうしたら……?」
「ロマディコ侯爵家では、既にシーナさんの衣装準備を行っていると思います。そこはご安心を」
マルコスがなんて事のないように告げる。シーナとしては準備してもらって申し訳ないな……と思うのだけれど、それは養子先である侯爵家の仕事だ、と隣にいたサントスから言われて渋々納得した。
彼が言うには、シーナがロマディコ侯爵家に養子となった事で、侯爵家に少しずつ良い影響がもたらされているらしい。シーナ自身は実感がないけれど。
「そうそう、パーティに出る時は、パートナーが必要だから考えておいてね。急だけど、よろしく〜」
そうロスに笑顔で言われたシーナは、パートナーという言葉に一瞬あんぐりと口を開けたが、慌てて了承の意を伝えた。
その後サントスは新事業についての相談という事で残り、シーナはロスの指示でリベルトと共に薬師室へと向かう。ともに歩いている途中、リベルトがたまに鋭い視線を送っている事に気がついた。
「どうしました? リベルト様。虫でもいたのですか?」
眉間に皺を寄せた彼を見て、そう訊ねるとリベルトは一瞬虚を突かれた表情となったが「ああ」と肯定した。
「悪い虫がちらほらいるようだ」
「でしたら、虫除けスプレーをお作りしましょうか?」
「……ああ、良かったら作って欲しい」
リベルトが孫を見るような目で自分を見ている気がするのだが、気のせいかな? とシーナは思う。そして二人で廊下を歩いていると、曲がり角の先から声が聞こえた。
「今度、私と一緒に――」
男性が女性を何かに誘っているようだ。リベルトと顔を見合わせて、二人は踵を返した。きっとデートの約束でもしているのかもしれない。その言葉でふと、ロスの言葉を思い出す。『パートナーが必要だから……』パーティのパートナー、私も誘われたりするのかな。
「シーナさん」
「ひゃ、ひゃい?!」
考え事をしていたので、驚いて変な声を出してしまった。先程の場所からは離れていたのは幸いだった。自分の声で他人の会話を邪魔してしまうのは忍びないので。
「先程の件だが……」
「あ、スプレーの件ですか?」
早く欲しいのかと思って訊ねるが、「それは後回しでも問題ない」と言われた。首を傾げてリベルトを見ると、彼と視線が交わる。まるでその瞳に吸い込まれそうな……。
「いや、パーティの件だ。もしよければ、俺のパートナーとして出てもらえないだろうか?」