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7、薬師の弟子は、本を預かる

 ニノンの家へ帰宅後、食事や風呂を済ませ、二人は薄暗い店舗で話し合っていた。目の前にはタクライが沢山干されており、先程言われたように品質を確認していたのだ。


 見る限り原料としては非常に質が高い。シーナは彼女からいくつか購入する事を決めた。



「どうだい? シーナから見て問題なさそうかい?」

「とても素晴らしいと思います! むしろ私も幾つか購入させて欲しいのですが」

「本当かい? なら是非購入してもらおうかな」

「えっと、乾燥したものは十束ほど購入できますか?」

「大体ひと束30葉ほど入れてあるようにしているけど、そんなに購入して大丈夫かい? 嵩張ると思う……ああ、成る程ねぇ」

「あ……はい」



 彼女はシーナが魔法袋を持っている事に行き着いたようだ。口に人差し指を当てて片目を瞑った。


 

「なら問題ないさね。明日までに用意しておくさ」

「後、もしできるならで良いのですが、乾燥していない新鮮なタクライも三束ほど頂きたいのですが……売ってもらえますか?」

 


 そうシーナが答えたからか、ニノンは目を丸くする。



「おや、薬っていうのは乾燥した原料を使うって聞いてたんだけど、そうじゃないのかい?」

「普通はそうなんですけど……新鮮なタクライはお茶としても飲めるらしいので、試してみたいと思いまして」

「成程、シーナは研究意欲が高いんだねぇ」

「薬を作る事にしか興味がないだけですよ。幼馴染にも寝食を忘れて研究に没頭した時は『薬馬鹿』と怒られましたから……あはは」



 無意識に口に出た言葉だったが、この言葉を言っていた幼馴染――メレーヌの事をふと思い出した。今頃どうしているのだろうか、なんて少し寂しく感じたが、ニノンさんを困惑させるだろうと思い、笑みを湛える。

 そうすれば、彼女もあははは、と笑ってくれた。



「それだけシーナが努力しているんだろう? 寝食を忘れるのは問題だと思うけど、私は何かに集中できるって素晴らしい事だと思うけどねぇ……」

「……ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」

「目をキラキラさせながらタクライの畑を見ている()が悪い子なわけないさね。……だから心配なんだよ。シーナは隣国にいる師匠の元へ向かうために一人で旅をしている、と言ってたけどさぁ……大丈夫なのかい?」

「えっ?」



 眉間に皺を寄せて話すニノンの言葉に、思わず声が出てしまう。

 いきなりの言葉に目を見開いて口をあんぐり開けていると、彼女は心配そうに話し始めた。

 

 

「いやね、何かに巻き込まれてるんじゃないかと思ってさ」



 核心を付いている言葉に固まる。

 流石にニノンも、シーナが王子様から国外追放させられたとは思わないだろうが……。

 困惑している事に気づいたのか、「なんとなくそう思った理由だけど――」と話してくれた。

 

 

「あの乗り合い馬車に乗る人間は大体同じでね。顔見知りが多いんだよ。そんな時にまだ成人したてくらいの女の子が一人乗っていて、隣国にいる師匠へ会いにいく……そこまでならふーん、で終わる話だったんだ。だけどさ、その女の子をチラチラと何度も見ている顔の知らないフードの男がいたんだよ。それを見ていたから心配で声をかけたんだけどさ……畑でも多分同じ男がシーナの事を見ていたようだし……だから本当に気をつけるんだよ? もしかしたらその男はシーナを狙っている盗賊の一人かもしれないからね」

「狙っている?」

「そうそう。シーナはまだ若いだろう? そういう娘って甘い言葉に騙されやすいんだよ。若い女ってだけで価値が上がるからね。しかもシーナは薬師の弟子だろう? 手に職がある事でもっと価値が上がる可能性が高い。一人になるところを狙っているかもしれないね……だから宿屋ではなくて、うちを勧めたんだ」

 

 

 宿屋だと食事を摂る時に接触する可能性があるから、と考えた彼女は、それなら家に泊まらせれば良いだろうと考えたそうだ。その気遣いにお礼を伝える。


 

「いやいや、こっちこそ少し強引に誘ったからねぇ。申し訳なかったよ」

「ですがニノンさんのお陰で私も畑で育っているタクライを見る事ができましたから……! 本当にありがとうございます!」


 

 むしろフードの男にもこんな機会を作ってもらってお礼を言いたいくらいだ。勿論、言わないが。


 狙われているかもしれない、そう聞いたはずなのに「タクライを見る機会になった」と大喜びしていて危機感があまりないシーナに彼女は呆れたが、彼女はむしろそれくらいの気の持ちようの方が良いのかもしれない、と思い直す。


 

「まあ、シーナ。人のいないところには行かないように気をつけな。あとは野宿をやめて街で宿泊したらいいさ」

「はい、そこは気をつけます!」

「シーナはいつも薬のことばかり考えているだろう? 考え事をして歩いていたら、いつの間にか人気のない道に入っていた……なんて事もありそうだ」

「う……気をつけます」

「あはは! 気をつけなよ。そうだ、これを渡しておこうか」



 彼女はタクライの後ろにある本棚へと向かい、本棚の下に置かれていた鍵付きの箱の中から一冊の本を取り出す。シーナの元へ戻ってくると、その本を「はいっ」と手渡した。


 許可を得て中身を見せてもらえば、書かれているのは様々な薬についてだ。研究途中かと思われる記述もある。



「この本は……?」

「それはねぇ、十数年前……あたしの母が生きていた時の事なんだけど、シーナみたいにこの家に女性を泊めた事があって、その時彼女が置いていった本さ――ああ、うちの母は薬師でね。当時はタクライだけではなくて様々な薬や薬草も置いてあったんだ」


 

 薬には煩かったニノンの母。


 当時は彼女の母が多くの種類の薬草を育てていたらしいが、多くの薬草は育成に手間暇がかかりニノンたちには薬草の育成は無理だと判断していた。そのため彼女が亡くなる前から少しずつ薬草を減らし、野菜畑へと移行したらしい。

 ただタクライは様々な薬で使われる事、需要が高い事、育てやすい事も加味されて今も育てているのだそう。

 

 そんな時に現れたのが、熱心に薬草や薬を見ていた女性。彼女の母がその女性に声をかけたのがきっかけだ。薬や薬草談義がその場で始まり、二人はお客に気が付かないほど話に熱中したらしい。



「……店番しながら薬を作っていても、お客には気づく母が、お客に気が付かなかったのを見てびっくり仰天したのを覚えているよ」


 

 とニノンは笑いながら言う。当時はそれが衝撃だったと。


 

「そんな母に彼女が薬を差し出したのがきっかけだ。いつも表情のあまり変わらない母が目をまん丸にして、手渡された薬を見ているときはまた驚いた。あれよあれよと言う間に彼女の旦那さんと話がついて、この家に泊まる事になったのさ。泊まったのは奥さんだけだがね」


 

 旦那もその申し出に恐縮しながらも、感謝していたと言う。丁度路銀が切れそうになっていたため、旦那も日雇いの仕事を受けようとしていたらしい。

 

 旦那は剣の心得があったため一ヶ月ほど警備隊に雇われる事となったのだが、その際ひとつ問題が発生したのである。警備隊の詰め所には寝泊まりする部屋も用意されて、雇われた際はそこで暮らしてくれと言われたのだ。

 普段であれば家族用の部屋も空いていたらしいが、当時は家族連れが多く部屋が満室だったらしい。唯一空いていたその部屋は単身用だったため、二人で泊まる事ができなかった。


 夫人は宿に宿泊しようと考えていたらしいが、ニノンの母が家に泊まる事を提案したらしい。

 最初は遠慮していたそうだが、母の押しの強さに負けたと思うよ、とニノンは笑いながら言った。



「一ヶ月ほど泊まっていったかな……母の薬の質も上がってねぇ、満足していたのを覚えているよ。で、一ヶ月経ってその女性が旦那さんと街を出る事になった時に、これを渡されたのさ。『是非これを活用してください』と言ってね」

「そのような事情であれば、ニノンさんが持っていた方が良いのでは……?」



 そう話せば、彼女は肩を竦めた。



「いや、結局うちの母は一通り読んだみたいだけど、『私にゃ無理だ』と言ってそれっきり。次に本の事を言及したのは、亡くなる前だよ『もし、次に善良そうな薬師が訪れたら、その本を譲るように』って言われていたのさ。あたしも子どもたちも薬師にはならないから、シーナが良ければ受け取って欲しいさね。これでも人を見る目はあるつもりさ」

「……ありがとうございます」

「その本もあたしらの手元より、将来薬師として活躍するシーナの元にあった方が活用されるだろうしねぇ」



 シーナは本を胸に抱え、頭を下げる。

 


「でしたら、お預かりします」

「押し付けた形になって悪いね。ただ、何となくなんだけど……シーナに渡さなくてはって思ったんだ。はは、人間の第六感ってやつかもねぇ……」

「むしろありがとうございます。気になる記述があったので、お願いして写しを取らせていただこうかと思っていましたから」

「なら良かった……もしシーナさんに弟子ができたら、弟子に預けても良い。好きなようにしていいからね」

「分かりました。本当にありがとうございます!」



 二人は顔を見合わせて笑い合った。

 

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