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10、薬師の弟子は、面会準備をする

 侯爵家の養子となって二週間。

 シーナの日常はさほど変わらなかった。ひとつ変わった事があると言えば、マルコスが話していたマナーの講義くらいだろうか。その講義も彼の話していた通り一週間ほどで終了したため、全く変わらないと言っても過言ではないかもしれない。


 サントスより指示があれば薬を作成したり、ソラナの様子を度々聞きながら薬の調整をしたり……そしてドゥルシーの件も少しずつ動いているらしく、話がまとまったら王宮薬師室総出で開発を行うとまで話がきているそうだ。

 

 現在社交界で王宮薬師室の話題が頻繁に上がっているそうだ。現在新薬開発という特報が新設の薬師室から発表された。見定められているのだ。それと同時に、期待されてもいるのだろう。

 と言っても、それは王宮薬師室の外での話。薬師室と宿舎を往復しているシーナの耳には、そんな話は当たり前だが入ってこない。彼女に接近しようとした者も中にはいたのだが、社交界で彼女がロマディコ侯爵家に迎え入れられる話が囁かれると、その手の者もいなくなった。

 

 後ろ盾がロマディコ侯爵家ということもあるのだろうが、やはりペラエス公爵家も同意した事が大きい。

 ナッツィアの二大公爵家のうちの一つであるペラエス公爵家。そしてもう一つの公爵家もシーナを侯爵家に迎え入れる事に前向きだと言われている。

 二大公爵家とロスを敵に回してまで近づくものはいない。いるとしたら、隣国のお花畑くらいだろうか。


 そんな薬まみれの日々を過ごしていたシーナだったが、ある日サントスに呼び出される。彼の部屋に入った瞬間、サントスの眉間に深い皺が刻まれているのを見た。珍しい事である。

 シーナは首を傾げながら、椅子に座って腕を組んでいるサントスの前へと立った。


「時間は大丈夫ですか?」

「いえ、丁度休憩を取ろうと思っていたところでしたので」

「それなら良いのですが」

 

 そう告げたサントスはシーナの顔を一瞥する。すぐにシーナから視線は逸れたのだが、彼はひとつため息をつく。何か困難な薬の作成でも言い渡されたのだろうか、とシーナは首を捻る。

 再度サントスはシーナの表情を窺ってから、意を決したように話し始めた。


「私の家族との顔合わせの件についてですが……」


 言われてシーナは最初、呆然とした。サントスからの話であれば、薬に関しての事だという頭にあったので、まさか薬と関係ない事について話されると思わなかったからだ。

 そもそも侯爵家の養女となった割には……日常が変わらなさすぎたため、シーナ自身も本当に侯爵家の娘になったのか半信半疑……むしろその事を忘れていた。そのため、不意を突かれた形になったのだ。


「あ……申し訳ございません! 侯爵家の皆様にご挨拶に向かわなければ……」


 そうだった、自分は侯爵家の養女となったのだ、と思い直す。そう言えば、ロマディコ侯爵家にまだ挨拶のひとつも告げていない。その事実にシーナは少々顔色が悪くなる。

 そんな彼女の様子を見て、サントスは「大丈夫ですよ」と続きを話し始めた。


「その挨拶の日程がやっと決まりましてね……我が家は父と長兄が外交官で、二人が多忙なのでなかなか時間が取れなかったのですよ。今まで二人は国外に出ておりまして……数日前にこちらへと戻ったばかりでしたから」

「そうだったのですね」


 シーナは胸を撫で下ろす。そんな彼女を見て、サントスは少々申し訳なさそうに告げた。


「色々あると思いますが……よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 

 当日。

 シーナは指示があった通り、少々早めに薬師室へ出勤していた。だがその日、普段見慣れている談話室は、普段と異なる様子を醸し出している。

 まず、テーブルの上に置かれた櫛などの道具。そして奥に置かれているのはドレスが数着掛かっているクローゼット。

 そしてニマニマ楽しそうに笑っているラペッサとカリナ……以外にも何人か女性たちがいる。

 彼女たちは話を聞くに、ラペッサの侍女らしい。何をするのか、と首を傾げているとラペッサが満面の笑みで侍女たちに告げた。


「皆様、やっておしまい!」

「ラペッサ様、それは少々意味が違うのでは……?」

「一度言ってみたかったの〜」


 楽しそうに話す二人を尻目に、シーナは侍女たちに揉みくちゃにされる。

 最初は戸惑うも、これはされるがままでいよう……そう判断した彼女は、鼻息荒い侍女たちに抵抗する事なく、協力した。

 ただ、コルセットだけは変な声が出てしまった事伝えておく。


 

「着替えで疲れたのは初めてです……」


 半刻後。シーナは椅子に座ってグッタリしていた。

 貴族女性はこんな疲れることを毎回やっているのだろうか、と遠い目になる。

 ちなみにラペッサの侍女たちは、シーナの支度を終えると満足気に去っていった。

 

 それを見ていたサントスは苦笑いだ。


「お疲れ様でした……まあ、これからが本番ですが……」

「室長、何か言いましたか?」

「いえ、何でもありませんよ……おや」


 ノックの音が外から聞こえる。シーナは慌てて椅子に座り直す。すると、部屋に入ってきたのはリベルトだった。


「失礼する。ロス殿下より……」


 リベルトの視線はシーナに釘付けだ。彼の視線が注がれている事に気がついたシーナは居た堪れなくなり、軽く手を振った。

 それが功を奏したらしく、リベルトは我に返る。そして頬を赤らめた彼はシーナに告げた。


「よく似合っている。可愛らしいな」

「あ、ありがとうございます……」


 言葉で告げられて、恥ずかしさから俯くシーナ。

 今の彼女は明るめの若草色のドレスを身に纏っている。色はシーナに選ばせてもらえたのだが、この色を選んだのは薬草に近い色だったからだろう。

 少しでも緊張が解れるように、そう思って選んだ色だったが……まさかリベルトに見られるとは思わなかったのだ。

 恥ずかしがっている彼女を見て、サントスは「リベルトのようにドレス姿を褒めるべきだった」と内心考えていた。似合っているとは思っていたが、彼はドレスに触れる事なく、「今日はよろしくお願いします」と告げていたからだ。

 表情に出す事なく、二人の様子を見ていたサントスだったが、すぐにリベルトがサントスへと身体を向けた。

 どうやら用事はサントスにあるらしい。


「取り込み中すまない。こちら、ロス殿下よりお預かりしたものだ。ロマディコ侯爵に渡していただけるだろうか?」

「……お預かりします」


 受け取った手紙を懐へと入れるサントス。二人の視線は交わったままではあったが、すぐにリベルトが頭を下げた。


「では、よろしく頼む」

「承りました」


 その後リベルトはすぐにシーナへ顔を向けた。

 

「シーナさん、頑張ってくれ」

「ありがとうございます」


 シーナは頑張ろうと改めて気合を入れたのだった。

 

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