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9、薬師の弟子は、侯爵家の養子になる

 翌日早朝、シーナとリベルトはトッレシアの街から出立し、昼過ぎに王都へと辿り着く。リベルトはシーナを薬師室へと送り届けた後、ロスの執務室へと向かい報告を行った。シーナは着いて早々、ソラナの薬作成に取り掛かる。

 その後、「昼食を食べていない」とリベルトに聞いたラペッサが薬作成中のシーナの元を訪れ、クッキーやスコーン、マフィンなど軽食と飲み物を置いていく。集中していたため、シーナもラペッサが訪ねてきた事は気づいておらず、一息ついたところでそれを見つけて慌ててお礼を告げに行ったほどだ。ちなみにその軽食はソラナからの贈り物らしい。


 一人で食べるのは勿体無いと思ったシーナは、薬師室の共有部屋……談話室と呼んでいるが、そちらにお菓子を運ぶ。そしてそこで調べ物をしていたカリナ・トニョと休憩がてら食べる事になった。

 ソラナからの贈り物と聞いて恐縮していた二人だったが、一人で食べきれない事、ラペッサにも伝えてある事を告げると、「それなら」と食べてくれる事になったのだ。


 薬の話題で盛り上がりながら、幾つか口に入れて甘味を楽しんでいたシーナだったが、ふと見慣れないお菓子が目に入る。首を傾げてそのお菓子を見ていると、トニョがそれに気づいたのか、声をかけてきた。


「あ……シーナ、さん。どうしたのですか……?」

「あ、いえ。この甘味は初めて見たものだな、と思って」

「あ、本当だ! 私もこれは見た事ないわ」


 焼き菓子ではなさそうだ。透明な何かを固めたもののように見える。トニョもカリナもこの甘味について知らないらしく、首を傾げている。


「ああ、それはドゥルシーという甘味ですね」

「あ、室長!」


 トニョの後ろから甘味をひとつ取ったサントスは、まじまじとそれを見つめた。


「これは我が国にある村で作られている甘味です。その村でしか作られておらず、滅多に出回らない高価な甘味なのですが……ソラナ殿下からであれば納得ですね。彼女の実家である公爵家の領地内にある村の特産品……やはり透き通っていて美しい……」

「おおー、流石室長ですね!」

「砂糖を入れているから甘いらしいですが……作り方は私も分かりませんね。門外不出だと言われておりますが――」


 話を聞きながら、シーナはサントスに勧められたのでドゥルシーを口へと放り込む。噛もうとするが、硬くて噛む事ができない。サントスによれば、口の中で舐めて溶かすのが一般的な食べ方らしい。

 砂糖の甘味がじんわりと口の中に広がる。美味しいな、と思いながらふと思いついた。以前、八百屋のおばさんが「薬を飲まなくて困っているのよ〜」と彼女に相談していた件だ。結局追放になりそのおばさんとの約束は果たせなかったのだが、あの後も考えていた事だった。

 シーナは顔を上げて、サントスを見る。そして目を輝かせながら話した。


「室長! このドゥルシーを薬に利用できないでしょうか?」

「ドゥルシーを……薬に、ですか?」

「そうです! 以前ヴェローロにいた時、『薬が苦くて子どもが飲まない』とお客様に相談された事がありまして。このように甘いものであれば、子どもたちも薬に抵抗なくなるのではないかと思ったのです!」


 そう告げると、最初は目を丸くしていたカリナだったが、「あ」と声を上げた。


「確かに子どもの頃は薬が苦手だった気がするわ。お兄……セベロなんかは、薬を飲まされようというものなら、屋敷内を逃げ回っていたもの!」

「僕も……薬の味は苦手でした……」

「シーナさんは?」


 カリナに訊ねられ、シーナは思い出す。


「私は薬が苦手で飲めない事はなかったです。師匠に『できた薬は自分で味を見る事』と言われて、毎回味見していたので」

「そうですか、ああ、そう言えば君は五歳から薬を作っていたと言っていましたね……」

「さすがシーナさん……」

「ご……五歳から作ってたなんて……」

 

 遠い目をする三人に、シーナは首を傾げる。


「まあそれはいいでしょう。薬にドゥルシーを利用できないかどうか……それはラペッサ様と相談しなければならないので、一旦私が預かりましょう」

「よろしくお願いします!」


 目を輝かせて楽しそうなシーナに微笑むサントス。彼を見た二人は目を見張ったが、すぐにカリナはニヤリと面白そうな表情を見せた。


 

 休憩後作成が終わった薬はソラナの元へと渡る。

 その後一ヶ月ほど薬を服用し続けた事が功を奏したのか、段々とソラナの体調が改善していった。シーナの元にはソラナの侍女であるマルサが訪れ、ソラナからのお礼の手紙と食べ物がまた届く。シーナはマルサの許可を得てリベルトの元に向かい、リベルト隊の皆と共に甘味を楽しんだ。


 ドゥルシーの件も、ロスやラペッサがソラナの実家である公爵家に提案したそうだ。色々と調整が必要ではあるので、時間がかかるかもしれないが実現できる可能性は高いと言われ、シーナも喜ぶ。また薬師室専用の薬草畑も整備され、シーナとカリナ、トニョ、セベロが交代で世話役を担当する事となった。


 そんなある日、シーナはロスに呼ばれる。仕事の依頼かと思ってロスの執務室へ行ったシーナ。そこには満面の笑みのロスがいて、彼はシーナが来た途端に話し始めた。


「やあ、シーナ嬢。忙しいところ呼び出してごめんね」

「いえ、大丈夫です」

「最近は薬草畑の管理もしてくれて助かるよ。ソラナ義姉上の薬も好評でね、ペラエス公爵家……ああ、義姉上の実家なんだけれど、シーナ嬢に感謝を述べていたよ。ドゥルシーに関しても、都合が付きそうだ」

「ありがとうございます」


 ドゥルシーの件で心躍っているシーナ。お礼の言葉が少々上擦っている。嬉しそうな様子の彼女にロスは満足そうに頷いた後、「それで本題なんだけどね」と告げて一枚の紙を差し出した。


「……これは……」

「ロマディコ侯爵家との養子縁組の書類」


 確かに内容を見ると、シーナが侯爵家の養子になるという旨が書かれている。


「養子縁組はまだ先、ではありませんでしたか?」


 不思議そうに首を傾げているシーナにロスは機嫌良く話し始めた。

 

「いやー、ペラエス公爵家も養子縁組に賛同してくれてね! 『こんな有能な人材は今後の我が国に必要だ!』と後押ししてくれたんだよ! これで表向き、シーナ嬢の養子縁組を否定する貴族はいなくなったね! 義姉上の薬のお礼もあるだろうけれど、それよりもドゥルシーの件がきいたみたいだ」

「ドゥルシーの件……ですか?」


 シーナの疑問に答えたのはマルコスだった。

 

「ええ。ペラエス公爵家ではドゥルシーを特産物とするために、力を入れている最中でして。現在の高価な路線だけではなく安価なドゥルシーも生産する事で、領民の収入を増やそうと計画しております。実際周辺地域ではドゥルシーを好んで食べる領民が多くなったようなのですが……やはり他の甘味よりも高価であるのは変わりないため、売上が伸び悩んでいたそうです」

「そこにシーナさんのドゥルシーを薬にできないか、という話が効いてくるんだ。甘い薬なんてこの世にないんだから。そう売り出せば苦みが苦手な子どもたちを持つ親御さんにも手に取ってもらいやすいんじゃないか、って話していたよ。薬自体はそこまで売れないかもしれないけど、子どもが甘い薬を好んでくれれば、もしかしたら甘味のドゥルシーも手に取ってくれるかもしれない、ってさ」

 

 満面の笑みで告げるロスは、上機嫌である。満足げに言い終えたロスの様子を見たマルコスは、シーナの前に紙を差し出した。

 

「こちらの書類へとシーナさんが署名していただければ、養子縁組が成立となります。養子縁組する際の注意事項はこちらに書かれておりますので、ご覧になってから書類へと署名をしていただきたいのですが……そうですね、書類の内容についてはリベルトから説明をお願いしていいでしょうか?」

「ああ」


 了承したリベルトに案内され、シーナは執務室内にあるソファーへと座り、書類の内容について確認する。養子縁組をする際、本来の仕事である薬師に支障がないように生活環境を整える、と書かれている項目があり胸を撫で下ろした。

 問題ないと判断したシーナは書類に自分の名前を書き込んだ後、リベルトへと渡す。


「うん、問題ないね。まぁ、ロマディコ侯爵家だからこの契約内容を破る事はないと思うけれど……この件でもし何かあればラペッサに言って欲しい」

「ありがとうございます」

「あと、一度ロマディコ家と顔合わせをして欲しいんだけど……日程に関してはまたサントスから連絡が行くと思う」

「当主と次期当主が多忙ですから……少々顔合わせの日時決定に時間がかかるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

「ありがとうございます」


 シーナが頭を下げると、ロスは首を振って話す。

 

「いやいや、こちらも養子縁組してくれて助かったよ。改めてこれからもよろしくね」

「この国の薬学の発展に繋がるよう、全力を尽くします」

 

 こうしてシーナは侯爵家の養子となったのである。

*修正

サントスの口調を修正しました。

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