7、薬師の弟子は、採取に向かいたい
ソラナの元から帰ってきたシーナは、すぐに薬の材料があるかどうかを確認する。心配だったのはバーデンという薬草の在庫だったが、その在庫は意外と多くこれなら当分の間は問題ないであろうほどの量は残っていた。
ただ、一つ……ラビアータと呼ばれる薬草だけは在庫切れになってしまっていた。現在はまだ薬師室用の薬草畑というのも作られていないため、薬草がなければ購入するしかない。
偶然グエッラ商店へと向かう予定だったトニョに、在庫の様子を聞いてもらったのだが……帰ってきた彼は首を振る。
「……丁度在庫切れているそうです。ラビアータが届くまでに一週間ほどは掛かるかと」
「一週間……」
薬草がなければ薬は作れない。それは仕方のないことではあるが、シーナは薬師として患者を待たせたくない。あの時のソラナは気丈に振舞っていたが、少々青褪めており本調子ではない事が窺える。他に何か手はないかと考えていた時、ふと思い出した。トッレシアの街……以前リベルト隊と探索をした山の中にラビアータが生えていたのを。
シーナは思い立って許可を得ようとサントスがいる部屋に入ると、サントスとラペッサ、カリナの三人で何かを見ているところだった。入ってきたシーナにサントスは話しかける。
「ああ、シーナさん。いいところに。この薬の品質を上げるにはどうしたら良いでしょうか?」
話を聞いたら、カリナの作成した薬のようだ。シーナは薬を観察しカリナに話を聞く。そしてそれが煮込む際に火が強すぎているのではないか、と判断した。
「この薬を作る時に一番やりがちな失敗です。温度が高すぎると効果が半減してしまうので、気をつけてください。私も……温度管理については何度も失敗していますので」
「ええっ?! シーナさんが失敗する事なんてあるんですか?!」
「ヴェローロにいた時は失敗ばかりでしたよ」
カリナは意外だというように口をあんぐりと開いている。何度も失敗した上で、ここまで上達したのだ。今の自分がいるのは、マシアが自由にやらせてくれたからと言っても過言ではない。
そんな話をしていると、サントスが切り出した。
「ちなみにシーナさんがこの部屋へ来たのは、何か用事があったのでは?」
そう言われて彼女は本来の目的を思い出した。ラビアータという薬草が手に入らない事を告げて、以前探索した場所へと採りに向かいたいと相談したのである。その話を聞いてサントスは渋い顔をした。
「優先してほしいのは山々なのですが、そう外に出てばかりでは……」
「あら、サントス。以前は私に『探索するのも重要です』と言っていたじゃない」
笑いながらラペッサに痛いところを突かれ、ばつが悪い表情のサントス。そんな彼にラペッサは微笑んだ後、シーナに告げた。
「今回の依頼はソラナ殿下の依頼ですから、シーナさんにはその依頼を優先してほしいのだけれど、外出となるとねぇ。一旦ロスに確認してからにしましょう」
それからすぐにラペッサはロスの元へ向かい、すぐに戻ってきた。
「ロスは今後このような事があった時に、薬師以外の者が採りに行けるようにしたいと言っていてね。それをこの機会にやってみようと話していたわ」
「それはロス殿下の指名した者が一人で採取に向かうという事でしょうか? もしその者が間違えて採ってきたらどうするのですか? それだと無駄足になる可能性があると思いますけれど」
サントスも少々渋い顔でラペッサの言葉を聞いている。ラペッサは話を続けた。
「ええ、サントスの言う通りよ。今回は試しにという事なので、シーナさんが付いて行ってもらう事になったわ。ただ、シーナさんにはお願いがあってね。今回貴女は最初、ラビアータの採取をしないでほしいの」
「もう一人の方がきちんと採取できるかどうかを確認するためですか?」
「そうなの。採取が問題ないようであれば、シーナさんも採取してくれて構わないわ。最初の採取だけ、監督して欲しくて。採取に向かう人たちはこの本とこの紙……分量を書いてもらうものね。これを見て採取をしてもらう事になると思うの。まずはこれに記入してもらって――」
シーナが手元に渡されたのは、採取する量や注意事項などを記入する紙だ。今回はラビアータの赤い葉がほしいため、枚数と分量を書いておく。書き終えたシーナはラペッサに確認してもらい、彼女もシーナの記載に問題ないと頷いた。
「ラペッサ様、ちなみに今回シーナさんと向かう方は誰なのですか?」
「そう言えば、誰方か聞いていないですね」
シーナは首を傾げる。まあ、ロスが指示しているのなら、リベルト隊の誰かである可能性は高い。アントネッラ辺りだろうか、と考えていたところにラペッサが驚いたように告げた。
「あ、ごめんなさい。言っていなかったわね。シーナさんと行くのは、リベルトよ」
その言葉にシーナとサントスは開いた口が塞がらなかった。
我に返ったのはサントスが早かった。
「ラペッサ様、リベルト殿が直々に行くのですか?」
「ええ。ソラナ殿下からの依頼ですから、早く採りに行けるのが一番良いでしょう? 悠長に馬車で行かずに、馬に二人乗りすれば良いとマルコスが言っていてね。一番力がある馬だし、シーナさんは以前リベルトと二人乗りした事があると聞いたから問題ないでしょう。ロスも『薬師でないリベルトから見て、改善点があれば教えてほしい』と乗り気だったわよ。頻度が高くなければ、これから採りに向かうのはリベルト隊の誰かでしょうから、まずは隊長が……という事ね」
「分かりました」
それであれば納得だ。隊長直々に出てくれるなんてありがたいな、とシーナは思う。うんうんと頷いているシーナをよそに、サントスは眉間に皺を寄せたままラペッサへと話しかける。
「ですが、男女で馬に乗るなんて……シーナさんがあらぬ誤解をされるのではありませんか?」
「あらぬ……誤解?」
仕事で採取に向かうだけだ。何を誤解する事があるのだろうか。そう疑問に思っていたが、次のサントスの言葉で目を見開いた。
「男女二人、というのは貴族内では婚約者同士が行うものだという認識がありますから……」
シーナとリベルトの二人は仕事で共に向かっているだけだ。だが、それを知らない他の貴族からすれば、シーナとリベルトがそういう関係であると見えてしまうのではないか、と理解した。
ただ、今の時点でシーナは平民だ。そんな事を思う人がいるのだろうか、と思う。それに自分なんかでは素敵なリベルトに申し訳ないではないか、とも考えた。
「室長、私は平民ですからそんな勘繰りはされないと思うのですが……」
そう告げると、サントスは「ん……そうですね……」とあっさり引き下がる。そんな彼を見て、ラペッサはふふふと笑った。
「それじゃあ、問題なさそうね。明朝……日の出頃に王宮の東門へと集合だそうよ。シーナさんは今日、午後休んでいいわ。明日の準備をしてもらえるかしら?」
「承知しました!」
「ああ、もし気になる薬草があれば採ってきて良いけれど……ほどほどにね? まあ、リベルトがいるから大丈夫だと思うけれど」
「う……気をつけます……!」
一人だったら時間の許す限り、目につく薬草を全部手に入れているところだったかもしれないが……ソラナの件もあるので、そうも言ってられない。シーナは地図を確認しつつ、どの薬草をついでに採っておくか事前に考えようと決意した