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5、薬師の弟子は、依頼を受ける

 ダビドとリベルトが小声で話している間も、シーナやロスたちの話は続いていた。


「で、養子の話は受けてくれるかな?」

「薬を作る時間がなくならないのであれば、大丈夫です!」

「ははは〜! シーナちゃんはブレないねぇ!」


 ダビドの言葉に全員が「全くその通り」と言いたげに頷く。


「基本君は今のように城の宿舎で寝泊まりして問題ないからね。ただ養子になる事が決まったら、一度はサントスの実家へと足を運んでもらうけど……それはよろしく頼むよ」

「分かりました」


 きっと彼なら大丈夫だろう、なんとなくシーナはそんな事を思った。

 それよりもサントスの実家……シーナには予想がつかない。チラリと斜め前にいる彼の背を見る。やはり皆、あんな感じで真面目な方が多いのだろうか。でもきっとかの王太子のように理不尽な事は言わないだろうと、彼を見て思う。

 了承したシーナにロスは「ありがとう」と告げ、話を続けた。

 

「まあ養子に取ると言っても、まだ内密でサントスの実家に連絡をとっている段階だから手続きはもう少し先なんだけど……。もうひとつ実績を作っておきたくてさ」

「実績ですか?」

「ああ。今回の新薬を発表した際、マシア殿とサントス、そしてシーナ嬢の名前を載せたのだが、王宮薬師になってすぐだったろう? 『何故彼女の名前が載っているのか』と言い出す貴族も中にはいてね」

「ほんの少し調べれば、シーナさんがマシア殿の弟子だと分かると思うのですが……情弱な方もいるのですよ」


 マルコスが吐き捨てるように告げる。それを見てロスは肩を竦めた。


「そうなんだよ。調べた上で『ただの平民』と判断する者もいるからね。ヴェローロ王国よりは、そう判断する者は少ないと思うけれど、未だに頭の硬い者がいるんだよ。マシア殿とシーナ嬢の薬が我が国の薬事情を支えていたという事を素直に受け取れない者もいるからね……」

「ですから、サントスの実家であるロマディコ侯爵家が後ろ盾になる事で、この国におけるシーナさんの重要性を周知させたい、と我々は考えております」

「元々サントスの実家が薬師室創設の一番の後ろ盾だったしねぇ〜!」


 ダビドが微笑みながら告げる。

 

「まあ、薬師室に対するロマディコ侯爵家の権力が強くなる……という懸念もありますが、ロマディコ侯爵家の者たちは、無闇矢鱈に薬師室に対して干渉する事はないですから」

「今まで彼らが築いてきた信頼があるから、安心してシーナ嬢を任せられるな」

「そう言っていただき、光栄です」


 サントスがロスに頭を下げる。シーナが養子になるのは、ほぼほぼ侯爵家で決定しているようだ。その後ロスとマルコスが話している内容が段々と彼女にとって分からないものとなってきた時に、リベルトが口を開いた。


「殿下、そろそろシーナさんに何をしてもらいたいのかを伝えませんか? 薬に触れる時間が無くなってしまいます」

「そうだったね、シーナ嬢すまない」

「いえ、大丈夫です」


 今も頭の中で薬の事について考えていたのだが……確かにリベルトの言う通り、頭で考えるよりも手を動かす方が好きだ。戻れるのなら、戻って薬を作る方が良い。


「で、依頼したい事なんだけど。シーナ嬢にはまだ紹介していなかったが、私の兄夫妻……この国の王太子妃が懐妊したんだ」

「おめでとうございます!」

「あ、と言ってもまだ公表していない内容だから、他では漏らさないようにしてほしい」


 シーナは首を縦に振った。患者の情報はペラペラ喋ってはいけない。鉄則。


「ただね、ちょっと体調が良くないみたいで……話を聞いたら、吐き気や嘔吐が多いようなんだ」

「懐妊後の吐き気や嘔吐……悪阻(つわり)と呼ばれるものですね」


 ヴェローロでも悪阻で店を訪れる女性は、何人かいた。

 

「さすがだね。私は義姉上が懐妊して知ったのだが、悪阻の場合使ってはいけない薬草があったりするのだろう?」

「はい。そう言われています」

「なので、ここは君の出番かと思ってね。表向きは、ラペッサはまだ薬を作り始めたばかり。サントスは男性だから王太子妃に配慮を、と言う理由で君になった」

「私たちの都合で言えば、シーナさんの実績を作るため、ですね」


 まあ、裏事情については正直シーナの預かり知らぬ領域だ。とにかく全力で目の前の患者に向き合えば問題ないだろう。

 そのためには必要な事がある。

 

「あの、ひとつよろしいでしょうか?」

「なんだい?」

「私の方針は、『患者に話を聞いて処方する』という形で進めているのですが、王太子妃様に直接お話を聞く事はできるのでしょうか?」

 

 悪阻と言っても人によって様々だ。伝え聞いた話で薬を作っても、それが相手に効くかどうかは分からない。できたら、話を聞いて作りたいものなのだが、相手は王太子妃なのだ。一介の薬師が話を聞けるだろうか。


「ああ、問題ないよ。兄上には伝えてあるからね。義姉上の了承と時間が取れ次第、またシーナ嬢には連絡する予定だ」

「ありがとうございます」

「いや、こちらこそ助かるよ。そうだ、リベルト」


 ロスが佇んでいたリベルトへと声をかける。彼は「なんでしょうか?」と答えた。


「リベルトに連絡係は任せる。あとシーナ嬢が義姉上へと面会に行く時、君も付き添ってくれ」

「承知いたしました」

「リベルト様、よろしくお願いいたします」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 にっこりと嬉しそうに微笑むシーナに、頷くリベルト。そんな二人をサントスが複雑そうな表情で見ているのを、ダビドは見逃さなかった。


 

 ラペッサと、サントス、シーナが薬師室へと戻り、ロスとリベルトが報告のために国王陛下の元へと訪問している頃。執務室で業務をしていたマルコスへと、ダビドが話しかけた。


「ねえ、マルコス。どうなると思う?」

「ダビド……君はちょっと悪趣味じゃありません?」

「えー、マルコス辛辣!」

「……全く」


 マルコスもダビドとは幼い頃からの仲だ。彼がこれくらいの言葉で凹むはずがない。まあ、他人の恋路をニマニマと楽しそうに見ているのは、マルコスとしては悪趣味だと思うのだが……ダビドは基本見ている相手の恋路に手を出す事なく、見るだけなのだ。下手に顔を突っ込まないのは、個人的にマルコスは評価していた。

 だから、今回は少し驚いたのだ。リベルトに恋心を自覚させるような事を告げるなんて。

 

「今回は珍しく手を出しましたね。初めてではありませんか?」

「そうだよ! だって、リベルトさぁ、焦ったいんだもん! 僕は基本手を出さないと決めているけど、リベルトって恋愛の『れ』の字も知らない男じゃん? 流石にそろそろ自覚してほしいなと思って。でも自分で『シーナちゃんが特別だ』って自覚したようだから、良かったのかもね」

「……まあ、確かに焦ったくはありましたね」


 それを言えばサントスも、なのだろうが……。


「サントスは噂だけを信じて……いや、後ラペッサ様が重宝していたっていう嫉妬もあるとは思うけど、シーナちゃんを冷遇していたでしょ? 相手を取り巻く噂話だけで相手を知った気になる人って、僕好きじゃないんだよね。ほら、僕って自分の目で確かめないと気が済まない人でしょう?」

「貴方はそうですね」

「そうでしょ? あの時のサントスは目先の事しか見えてなかっただけだったろうし、それを謝罪して気をつけているところも見ているし……幼馴染である僕としては、サントスは嫌いじゃないけど、シーナちゃんにはリベルトの方が合うかなって。彼女にも幸せになってもらいたいからね」


 マルコスは目を瞬く。ダビドは人の恋愛模様を遠くから見て、楽しんだり面白いと話す事はあるが「幸せになってもらいたい」という言葉を告げたのは初めてだったのだ。

 

「珍しいですね。貴方がそんな言葉を吐くとは」

「それはそうだよ! シーナちゃんはなんか身内みたいに思ってるから」


 こんな短期間でダビドから「身内」と言う言葉が出てくる事に驚いたマルコス。


「貴方がシーナさんを身内判定するなんて……明日は雷かもしれませんね」

「僕も驚いたよ。なんでだろうと思ったけど、シーナさんって薬しか見えてないじゃん? 僕たちを異性と認識しているかさえ分からないでしょ?」

「流石に異性だとは認識しているでしょうけれど……それだけでしょうね」


 彼女の一番は「薬」だ。それが理解できるから、気楽に対応できると言うのは大きいのだろう。

 

「そこそこ〜! シーナちゃんとは絶対恋愛に発展しないじゃん? 発展させたいなら、頑張って動かないといけないじゃん? その事に安心感があるのかも。あとはリベルト隊に受け入れられている事が決め手かな?」

「別名、リベルト崇拝隊ですからね」


 マルコスはあの面々のことを思い出す。


「彼らはリベルトの事が大好きだもんねぇ」

「同時にシーナさんの事も好きそうですね」

「きっとだからだろうねぇ……まあ、これから楽しみだよ〜」


 そんな声を上げたダビドの笑顔は、とても眩しかった。

 

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