幕間 イーディオ 後編
「何故父上はあんなにも怒っているのだろうか?」
現在、イーディオは自室の隣にある応接室でアコルドに話しかけていた。アコルドは彼の側近候補の一人。以前までは彼以外にも何人か側近候補がいたのだが、最近は実家の家業が忙しいと顔を見せていない。
彼だけが毎日登城し、イーディオの側に侍っていた。
「大変申し訳ございませんが、私にも分かりかねます」
「まあ、そうだよな。やっと平民を王城から追い出したにもかかわらず、何故私が怒られなければならないのだ」
彼は不満そうに頬杖をつく。ここにいるのも先触れが届き「応接室で教師から話を聞くように」と言われたからである。
父の言う事は絶対であるため、ソファーに座って待っているが……彼は納得いっていない様子だ。
「そもそも父上だけでなく、他の者はどうした? 最近は何故お前しか来ない?」
「私も文を出して確認したのですが、引き継ぎに時間がかかっていると連絡が来てから音沙汰がありません」
「俺の側近たちは優秀なはずなのだが……お前は大丈夫なのか?」
「ええ、私は家族より『今は殿下に付いているように』と言われておりますので」
「ふむ、お前の家族はよく分かっているじゃないか。俺が国王になった暁には、お前の家族を取り立ててやろう」
「ありがたき幸せ」
そうアコルドが頭を下げるとイーディオはソファーの背もたれに身体を預け、胸を張った。
「そうだ、私が正しいのだ! 父上の目を覚まさなければ……!」
「私も微力ながらお手伝いさせていただきます」
「お前がいれば百人力だ!」
二人で声をあげて笑い合う。その扉の前に教師がいる事も気づかずに。彼らの笑いが落ち着くまで、扉の前にいる教師は物音を立てずに静かに佇んでいた。
「……と話しておられました」
イーディオたちの元に派遣された講師が授業を終え、彼らの執務室で話をしている。
「そうか……理解できていなかったか。講義中の様子はどうだ?」
「話は真剣に聞いている様子でしたが……」
講師は気まずそうに陛下を一瞥する。その様子で、ある程度勘づいた陛下はため息をついた後に述べた。
「いい。正直に話してくれていい」
「ありがとうございます。真剣に聞かれている様子でしたが、右の耳から左の耳へと抜けてしまっているように思いました。不貞腐れているのか……『だが』と反論をされたり……態度が大きくなられたり……私とのやり取りはこちらに書かれておりますので、ご一読いただけると幸いです」
「うむ……読んでおこう」
眉間に皺を寄せながら、受け取る陛下。講師はこれを読んだ陛下の心境を思い、胸を痛めた。
「僭越ながら、最後に一言よろしいでしょうか?」
「うむ、許す」
「あの二人に監視をつけた方が良いかもしれません。自分たちの意見を頑なに変えておりませんし、護衛として侍っている伯爵令息も殿下の考えに迎合しておりますし……私には彼らが何かを起こすような気がして……」
「そうか、ではそのようにしておこう」
頭を下げて出て行く講師を見送り、陛下は本日三度目の大きいため息をつく。
「監視はつけるが……ある程度、泳がせておくぞ」
「仕方がありませんね。どう出るかによって、殿下の行く末が決まると言うことになりますが……よろしいので?」
「ああ。矯正ができるとは思えないからな。念の為、筆を取ろう。貸しになるかもしれないが……まあ、あやつは面白い事大好きだからな。きっと手伝ってくれるだろう」
「あの方ですね……確かに乗ってきそうですね……」
そして彼は盛大に四度目のため息をつく。
「さて、あとは任せても良いか?」
「承知いたしました」
宰相は陛下のしたためた手紙を受け取った後、部屋から出て行く。彼が出てすぐに、陛下は天井に顔を向け「影よ」と呟いた。
「こちらに、陛下」
「イーディオの様子を逐一教えてくれ。何かあれば一番に私へと伝えよ」
「御意」
天井から影がいなくなった気配がした。陛下は物音が鎮まると机の書類へと顔を戻す。
「さて、書類を終わらせてから私が向かうとしよう……あやつは行動力だけはあるからな……厳しく話をしなければ……」
その前にイーディオがこれ以上騒動を起こさないようにと願うしか、今の陛下にはできなかった。
「何故だ! 何故父上は王位を継がせないと……!」
イーディオは頭を抱える。
先程まで彼の元には陛下が訪れており、くどくどと話をされていたのだ。彼はイーディオが「国王陛下であっても破棄できない書類」を勝手に破り、契約を無効にした事。そして平民だからと言って見下してはならない事を息子に告げたが、頓珍漢な答えが返ってくるだけで、話が噛み合わない。
その事実に愕然とした陛下はイーディオの眼の前で大きなため息を吐いた後、こう告げたのだ。
「お前の処分を述べていなかったな。お前に与えている王太子の称号を一旦白紙にする」
そう言い放ち、すぐに背を向けて部屋を退出する陛下。イーディオは慌てて「父上!」と声を上げるも、既に陛下は退出しており彼の声だけが虚しく部屋に響いた。
静かになった室内。隣で侍っていたアコルドは驚きから目を丸くしている。呆然としていた二人だったが、先に我に返ったのはイーディオであった。
「何故だ! 何故俺が王太子の称号を白紙にされなくてはならない!」
イーディオは国王陛下唯一の子どもであり、継承権第一位である。他に継承権を持つものは、国王陛下の弟であり現大公の息子たち。彼らは現在継承権二位だったはずだ。
けれども、彼らの継承権はほぼないに等しいはずだ。継承権第一位である自分がいるのだから。だが、王太子の称号を白紙にされるということは……継承権第二位以下である彼らの台頭を許す事になるのだ。大公の息子たちが国王になりたい、と考えているかどうかは置いておいて……。
イーディオは焦る。今まで自分が唯一の王太子として努力してきたにも関わらず、こんな事で道が閉ざされてしまうのか、と。王太子に戻るには……と考えて、ふと閃いた事があった。
「そうか、追放した娘を呼び戻せばいいのか!」
「あの平民の娘を、ですか?」
アコルドはイーディオの提案に目を見開いた。
「どうして、そのようなお話に?」
「考えてもみろ、アコルド。俺はあの娘を追放したから、王太子の称号が白紙になったのだろう? だったら、あの娘をこの国に戻し、薬を作らせれば王太子に戻る事ができるはずだ!」
「確かに仰る通りかもしれません……あの平民の薬師娘も泣いて喜ぶでしょう! して、どのように呼び戻すのでしょうか?」
ふむ、とイーディオは腕を組む。
「薬師シーナだったか? まずはあの平民娘の居場所を探るのだ。平民娘がどこにいるか分からないが……もしどっかの薬屋で働いているならば、薬屋を与えてやると言って連れてくれば良いだろう。俺は動けない。お前が調査してくれるか?」
「御意」
アコルドはそう答えるとイーディオに背を向けて部屋を退出した。早速シーナの居場所を掴むためだ。
「ふっふっふ、俺こそが王太子に相応しいのだ……!」
イーディオは勝利を確信したかのように声を上げるが、その様子を陛下の影たちが見ていた事には気が付かなかった。
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