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幕間 イーディオ 前編

 イーディオは上機嫌だった。

 最近目障りだった平民の薬師を追放したからである。

 

 元々イーディオは平民の薬を購入する事に反対だった。そもそも王族である自分が何故平民の作成した薬を使う理由が分からない。質が良い、と宰相は言っていたが……ヴェローロには代々王宮薬師長を勤めているエリュアール侯爵家があるのだ。彼らに任せた方が、良い薬を作ってくれるだろうと思っている。


 だからマグノリアから「平民薬師の薬の質が悪くなっている」と言われて証拠を見せられた時、彼は「しめた!」と思ったのだ。これで堂々と平民薬師を追い出すことができる、と。

 

 追い出してから一週間。エリュアール侯爵家の報告によると平民薬師は命令通り国外への道のりを辿っているという。その後侯爵家からは、お礼と称して内密に多くの金品をもらった。それが更に彼の機嫌を押し上げている。

 ただ、ひとつだけ気になる事といえば、あの日からマグノリアに会えていない事だった。あの日まで毎日……とはいかないが、二日に一度は顔を合わせていた彼女が来なくなった事を寂しく感じていたイーディオ。そろそろ彼女も自分の元へと来るはずだ、そう思っていた彼に声をかけてきたのは、国王陛下……父の従者だった。


 父に呼び出され、イーディオはすぐに従者と執務室へと向かう。気分の良い彼は鼻歌交じりに従者の後ろをついていく。前の従者の視線がどのようなものであるかも気づかずに。

 執務室に入ったイーディオは、意気揚々に父へと声をかけた。


「父上、お呼びでしょうか?」

「ここでは陛下と呼べ、と言っただろう。忘れたのか」


 イーディオはおや、と思った。父の声色が普段よりも低く感じたからである。思わず顔を上げると、目に入ってきたのは、こちらを睨んでいる陛下だった。


「どうかなさいましたか? 父――国王陛下」


 再び睨まれて言い直したイーディオ。そしてその時、偶然目に入った宰相の表情も父と同じようなものだった。何故彼らは怒っているのだろうか、とイーディオは首を傾げた。

 そんな彼の様子を見て、陛下ははぁ、と大きなため息をひとつつく。


「お前はここに呼び出された理由さえ分からないのか……」

 

 そう呟いて宰相に目配せをする彼に、イーディオは眉間に皺を寄せた。


「呼び出された理由ですか……? 思い当たるのは平民の薬師の件くらいでしょうか」

「ほう、呼び出された理由は理解しているのか」

 

 目を見開いて驚く陛下にイーディオは胸を張って答えた。


「勿論です! そのために私はあの薬師を追い出したのですから」


 その言葉に一瞬顔を顰めた陛下だったが、イーディオはそんな父の様子に気づかない。


「ほう、追い出した、とは?」

「考えてもみてください。私たち王族が平民の薬を使うなんて……おかしいと思いませんか?!」

「どこがおかしいのだ?」

「我が国にはエリュアール侯爵家、という素晴らしい薬師一家がいるではありませんか! 何故彼らを重宝せずに、そこらから出てきたぽっと出の平民を使うのですか?!」

「なるほどな……」


 更に眉を動かした陛下に気づかないまま、イーディオは話し続ける。


「流行病で受けた恩はもう既に返し終わっているはずです! 現在あの薬屋は弟子が継いでいるというではありませんか! 弟子にまで恩を感じる必要はないと思いませんか?!」


 自慢げに告げるイーディオを見て、陛下はひとつため息をついた。


「お前はそのような考えだったのか……宰相よ、お前の言い分は正しかったのだな……」

「力不足で申し訳ございません……」

「いや、私も甘やかしてきたツケがここに来たのだろう……お前だけのせいではない」

 

 二人がボソリと呟き合った言葉は残念ながらイーディオには聞こえない。首を傾げる息子に陛下は命令する。


「お前は少し自由にし過ぎた。そろそろ王子としての自覚を持って動くべきだな」

「お言葉ですが、私は……」

「ああ、残念ながら私の考えとお前の考えは大分違うようだ。それが分かるまで、お前は外に出るべきではない。謹慎と、家庭教師の手配を」

「畏まりました」

「連れて行け」


 両手を拘束されて初めて、イーディオは父が怒っている事に気が付く。両手を振り払おうとするも、遊び呆けていた王子の力なぞ、近衛兵には通用しない。最後に縋るように顔を上げて父へと声をかける。

 

「何故ですか!父――」

 

 だが、最後まで言葉を述べる事ができずに終わった。父は無表情でこちらを見下ろしていたからだ。むしろその瞳には侮蔑の感情が宿っている。何も言えずに呆然とするイーディオに、陛下は最後に声をかけた。


「何故なのか、理由が分かるまでお前は部屋から出てはならん」


 そう告げて執務へと戻る陛下の姿に、イーディオは言葉を紡ぐ事ができなかった。



 息子が出て行った後、陛下はふう、と大きなため息をついた。その表情には後悔の色が浮かんでいる。


「宰相、お前の言う通りだった……そう悔やんでも、もう遅いかもしれないが」

「私ももう少し早くからお伝えするべきでした」


 イーディオはなかなか子どもが出来なかった国王夫妻の間に生まれた、念願の男――国の後継者であった。だからだろうか、彼らはイーディオを可愛がり、甘やかしてしまったのだ。

 宰相からの報告も何度か上がってはいたが、陛下は軽く注意するだけだったため、イーディオの心には残念ながら響いていなかった。もう少しすれば自覚が……と話すうちに、今回の事件を起こしてしまったのである。

 しかも今回は宰相と結んでいた契約を勝手に破棄したのだ。あの契約は国王陛下と宰相の間で取り決めがされており、陛下でも破棄することのできない契約だった。

 

「一旦、アレから継承権を撤回する……弟に連絡を入れてくれ」

「畏まりました」

「私は国王として精一杯励んできたつもりだったが……次世代を育てるのは、私には難しかったようだ……」

「陛下……」

「まあ、いい。私の力不足だった。国の将来のために私は最良の結果を選択するだけだ。もし謹慎中に問題を起こしたら、あやつは即継承権を取り上げる」

「承知いたしました」


 宰相が部屋を出て行く。陛下は扉が閉まったあと、鼻の上を指で揉んだ。


「だから私は国王に向いていないと何度も言っただろうに……あやつめ」


 飄々(ひょうひょう)と臣下に降った弟を思い出す。彼は大きくため息をついて、仕事へと戻った。


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