2、薬師の弟子は、因縁の相手と再会する
ネーツィとはその後和やかに歓談していた。ナッツィアの店舗の店長が暫定でパメラになっている話だったり、いくつか薬草の購入の依頼を出したり、彼が持っていた薬について語ったりした後で、ふと彼がシーナに向かって告げたのだ。
「そうでした。実はシーナさんと会いたいと仰る方がおりまして。もしよろしければ、次薬草の納入の際に連れてきてもよろしいでしょうか? ロス殿下とラペッサ様には許可を得ているのですが……」
「私は構いませんが、その方のお名前は?」
チラリとラペッサを一瞥するネーツィ。そんな彼に微笑むラペッサ。彼女を見て、ふう、と肩の力を抜いたネーツィは、頬を掻きながら話す。
「それは……すみませんが、お楽しみという事で」
珍しいな、と思いながらシーナは了承した。
その日から数日後。
納入に来たネーツィから紹介されたのは、なんとあのマグノリアだったのである。しかもネーツィに紹介された後、開口一番に彼女はシーナへと謝罪したのだった。
「マシア様から受け継いだ薬屋を追い出してしまい、申し訳ございませんでした」
そう告げて頭を下げたのである。まさかの状況に、シーナは狼狽する。相手は侯爵令嬢である。平民であるシーナとは身分が違うはずだ――そう思った彼女は、マグノリアに頭を上げるように告げた。
「いえいえ! 私の実力不足ですし、仕方ありません! むしろ、追い出していただいた事で、 王宮薬師になれましたし、今は楽しく研究していますので……むしろありがとうございました?」
「ありがとうございました、は違うと思うが……」
後ろで聞いているサントスも彼女の狼狽具合に苦笑いである。だが、サントスは彼女が慌てるのも無理はない、と思っていた。何故なら、シーナはあの事を知らないのだから。
彼の想像通り、シーナはマグノリアに対して少々気後れしていた。だって、相手はヴェローロの貴族なのだ。ナッツィアだからこそ許されている事だが、彼女は違う。
そう思ってはいても、目の前のマグノリアは心なしか以前と雰囲気が違うようにシーナには思えた。だから、ふと疑問に思った事を聞いてみたのだ。
「ところで、マグノリア様はどうしてこちらに?」
「ああ、家を追い出されたのよ」
「ええ?!」
あっけらかんと告げる彼女にシーナは目を丸くする。
「追い出されたってどういう事ですか?!」
「私の家族……いえ、元家族ね。実は私は元家族から薬を作れない能無しと言われ続けてきたの。私はそんな家族に認められようと貴女を追い出したのだけれど……結局貴女を追い出した責任を負わされて、侯爵家から籍を抜かれてしまったわ」
肩をすくめて話すマグノリアに、ぽかんと口を開けるシーナ。そんな彼女を見ながら、マグノリアは話を進める。
「だから今の私はリア、と言うの。貴族のマグノリア、ではなく……平民のリア」
そう彼女が告げるとシーナは目を見開いていたが、その後すぐに眉間に皺を寄せて話し始めた。
「マグノリア様は薬作りへと真摯に取り組まれていますよね……何でそんな事に?」
マグノリアは目の前のシーナの言葉に驚きを隠せない。
「ちょっと待って、何故そう思ったの?」
「えっと?」
「真摯に取り組んでる、って言っていたけど……」
小首を傾げるマグノリアに、シーナは「ああ」と手を合わせた。
「それは薬を見れば分かりますよ! ネーツィさんに以前見せていただいた薬、あれはマグノリア様が作られた物ですよね?」
シーナは後方で見ていた彼に視線を送ると、ネーツィは首を縦に振る。以前、ネーツィが薬を持ってきた時に「最近納入してくださる方がいて――」と話に上がったのだが、彼女はその薬を手に取って見せてもらっていたのだ。
「以前見せていただいた時、非常に丁寧に薬を作られているなと思いまして。あれだけの薬を作るのには……何年も研鑽を続けなければ作れませんから」
「貴女……」
マグノリアは二の句が継げなくなってしまった。彼女が家族から欲しかった言葉……それをシーナが言葉にしたのだ。マグノリアは思わぬ場所で自分の腕が認められて、とても嬉しく思った。
それだけではなく、薬の質を見ただけで分かるシーナは、どれだけ研鑽を続けてきたのだろうかと思う。
ふと目の前にいるシーナが狼狽している姿が目に映る。それと同時に彼女の姿がぼやけてきた。そして頬に流れる冷たいものに気がつく。涙だった。
「マグノリア様! 大丈夫ですか……?!」
慌てているシーナに、彼女は涙を拭って答えた。
「ええ、大丈夫。少し目にゴミが入ってのよ」
「そんな?! それだったら、目を擦っちゃダメですよ!」
二人は最初「大丈夫」、「いやいやいや」という押し問答をしていたが、途中でマグノリアが堪えきれずに笑い出す。
「心配させてごめんなさい。シーナさん、本当に大丈夫なのよ。それよりも……シーナさんもリアと呼んでくれると嬉しいわ……いえ、無理強いをするつもりもないし、私自身も許される事をしたとは思っていないから……」
そう告げて困ったように笑うマグノリアに、シーナは首を横に振る。
「分かりました。それでしたら是非リアさん、と呼ばせてください」
「本当に良いの?」
マグノリアもあっさりそのように話すシーナに、驚きを隠せないようだ。
「確かに王太子殿下? とリアさんが私の元に来て、追放と言われた時は驚きました。でも、こうして謝罪してくれたので良いのですよ! それに、追放された事でできる事が増えたのです。それが新たな刺激になっているので、今もとても楽しいんです! あ、勿論、師匠から受け継いだ薬屋の仕事もとても楽しかったです。でも、それ以上に薬草の調査をしたり、仲間と切磋琢磨し合うこの関係が好きだし楽しいな、って思うのです。だからそこまで思い詰めなくて良いですよ、リアさん」
「シーナさん……ありがとう……」
涙を堪えながらにっこりと微笑んだマグノリア。二人はその後も楽しく話し、有意義な時間を過ごす。その後、マグノリアを迎えにきたのはテランスという男性だった。
テランスはシーナを見て、すぐに頭を下げる。何故かと尋ねたら、ヴェローロ出国まで彼女の後をつけていたのが彼だったという話だった。
上から「見張れ」と命令が下っていたため、旅人を装って付いてきたらしい。だからあの街で追跡を止めたのか、とシーナは理解した。
「上の命令とはいえ、怖かったと思います。本当に申し訳ございませんでした!」
「しょうがないですよ」
思わぬところで真実を知ったシーナはほっと胸を撫で下ろす。これで憂う事は何もない。それと同時にマグノリアにも「元家族がごめんなさい」と謝罪を受ける。
「そんな、謝らないで下さい!」
テランスとマグノリアが謝罪している中、現れたのはラペッサであった。シーナの前で頭を下げている二人に首を傾げていたのだが、マグノリアから説明された事で何故このようになっているのか理解したらしい。
狼狽えているシーナに彼女はあっけらかんと告げた。
「憂いがなくなって良かったじゃない、シーナ。謝罪は受け取っておけばいいわ。貴女は別に二人の事を恨んだりしていないでしょう? 貴方たちも今回の件は次に生かすといいわ。頑張って、応援してるから」
「そうですね。なら……私と薬師友達になっていただけませんか?」
シーナはマグノリアに手を差し出す。そしてテランスには視線を合わせて頷いた。彼は無言で頭を下げる。その後シーナはマグノリアと握手をした。
ラペッサは、シーナの寛大な心に感謝することね……と思いながらも見守っている。そんな時、テランスが彼女の元にやってきた。彼の表情が少しだけ暗いのが気になった。
最初はともに薬師として雑談をしていたテランスだったが、彼女の耳に囁くように小声で告げた。
「ラペッサ様、お気をつけください。ヴェローロの王太子殿下がシーナさんを探しています」
やっと続きを掲載できました!
お待たせいたしましたm(_ _)m
明日、明後日と1話ずつ更新する予定です。よろしくお願いします!