1、薬師の弟子は、次期商会長と会う
数日後。改めて薬師室付きになったラペッサは大張り切りだ。最初はサントスが薬師室長の交代を申し出たのだが、彼女は「今まで薬を作成した事がないから」とそれを拒否する。
押し問答の末、ラペッサは顧問という立場を引き続き維持するが、薬師室の薬師の一人として皆と同様に仕事をすることになった。
勿論、ナッツィアになく、ファルティアにあった薬学に必要そうな本に関しては、ラペッサが記憶を頼りに製本しているが、その業務も並行して行われる。
業務は大変だが、薬を作れるという願いが叶った事に感動しているのか、彼女は嬉々として薬を作成していた。
そんな時。
「え、ネーツィさんですか?」
「お久しぶりです、シーナさん」
いつものように薬師室へ出勤してきたシーナが見たのは、グエッラ商店次期会長ネーツィ。
元々マシアと取引していたネーツィは、マシアがシーナに店を託した後も、取引を続けてくれた人である。普通の店員かと思っていたら、まさかの次期商会長とは思わなかったが。
「どうしてここへ?」
「現在取引をお願いしておりまして」
なんと、魔力滞留症の薬の取引についてだったらしい。以前シーナへ魔道具を貸す際の契約の中に、その魔力滞留症の薬の完成情報を渡すという項目があったそうなのだ。
「魔力滞留症は意外と貴族内に多いのです。幼少の頃に気づけば問題ありませんが、意外と気づかれずに大人になってしまう方もおられるので……その時に治せるか治せないかは大きいのですよ」
新薬を流通させる事は商店の利益になる。そのための交渉を最初はロスとしていたらしいが、ラペッサに任されたらしい。
そのためにここに来ていたとか。
ネーツィはラペッサへと視線を送る。その意味深な視線を受けた彼女は、にっこりと微笑んだ。
「それとシーナさんに謝罪と報告を」
「私に……ですか?」
「ええ、以前シーナさんに横暴を働いた店員がいたのを覚えておりますでしょうか?」
「えっと、男性の方ですよね」
もはや現在が楽しすぎて顔すら覚えていなかったシーナだが、ネーツィからデニスと言われて思い出す。確か彼からもらったカードを破った人だ。
その後、店員のパメラに色々情報を得て、露店販売をした事を懐かしむ。
「改めて、この度は誠に申し訳ございませんでした」
「いえいえ、パメラさんにはお世話になりましたし……気にしていませんから!」
そう告げると、「ありがとうございます」と彼が頭を下げる。
「ご報告、というよりシーナさんに横暴を働いた者ですが……彼は元々遠縁の縁故採用だったということもあり、首にいたしました」
「首?」
「ああ、強制的に辞めさせた、ということです」
「えっ?!」
自分への対応ひとつで仕事を辞めさせられるなど申し訳ない、と思ったシーナ。それが表情に出ていたのか、彼は「ああ」と合点したかのように続きを話した。
「彼は他にもやらかしていましたから、仕方ありません。シーナさんのような方への横暴な接客、そしてパメラや他の店員に対する暴言……賄賂、虚言……探せば探すほど証拠は出てきましたので」
「そうだったのですね」
「ええ。それに私がシーナさんへと渡したカードは商店に貢献している方に渡すものです。確かに持っている方はほんの一握りではあると思いますが、本店の方にいたのであれば、何度も目にする機会はあります。それを把握していなかったことも、問題なのです」
「え、あのカードにそんな理由が……?」
そんな貢献した記憶は全くないのだが、後ろで聞いていたラペッサが「薬を商店に卸していたのなら、立派な貢献よ」と言っていたので、そう思うことにした。
「ですから、あの男も『あんな女がカードを持っているわけないと思った』『偽物だと思って破った、衛兵に突き出さなかっただけ俺は優しい』と反省の色が全く見えなかったため、副会長権限で辞めさせたのです。それに、彼は虚言を言いふらしすぎたのです」
「ええ……?!」
「現在商会長は私の父なのですが、ほぼ隠居状態なのです。元々がヴェローロの支店に勤めるのは立ち上げの時だけの予定でしたが、マシア様と取引させていただいた事で、非常に重要な拠点となりまして。こちらが落ち着いたら本店へ戻る予定だったのです。ですが、それを知っているにもかかわらず、あの男は『俺が商会長になる!』と豪語して、時たま賄賂を送っていたのですよ。今までは本店の協力者が隠していたようですが、その者たちも路頭に迷うことになるかと」
「色々あるのですね……」
「なので、シーナさんだけの問題ではありませんから、ご安心くださいね」
色々やらかしていたのなら、それが積もり積もっただけだろうと安堵する。自分が原因で辞めさせられたなど、少々申し訳ないと思うからだ。
ほっと胸を撫で下ろすシーナを見て、ネーツィは微笑む。
先程の罪状の中でも追求されたのは、シーナへの態度と賄賂だったが彼女がその事を知る必要もないだろう。彼女の薬は商店の収入の一割強を占めていた。そんな功労者である彼女を粗末に扱うなど、他の者たちが黙っていないのだ。
ネーツィとシーナはなんだかんだ長い付き合いである。彼女が思っている事はなんとなく分かる。
彼女の気が病まないよう、彼は取捨選択ができる男だった。
「あの、最後にひとつ聞いてもいいですか? 薬屋はどうなりましたか?」
ラペッサをチラリと見ると、彼女は微笑んで首を縦に振った。時間をくれるらしい。ネーツィは「ああ」と声を上げて、シーナに教えてくれた。
「現在侯爵家の薬師が店舗に在住していますね。侯爵家内で作られたと思われる薬が中に置かれています」
「街の人に薬は売られているのでしょうか?」
「ええ。販売しているようですよ」
「そうですか……」
シーナは胸を撫で下ろす。あの街から薬屋が無くなる事だけは避けたかったのだが、王子命令であれば、そうも言っていられなかった。代わりの薬師がいると聞いて安心する。
「皆さんもお元気ですよ。ですから、シーナさんは王宮薬師として世に多くの薬を出していただきたい。これからもよろしくお願いいたしますね。全力で支援させていただきます」
「ネーツィさん、ありがとうございます」
よかったと笑みを見せるシーナにネーツィは微笑んだ。