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幕間 マグノリア

 婦人が案内してくれた場所は、村の少し奥まった方だった。そこは薬草畑が広がっている。初めて見るその光景に、私は目を奪われた。


「これは……」 

「ええ、薬草畑よ。この村の特産品のひとつね。ボーナの助言もあって、質のいい薬草が作れるのよ」


 畑で育つ様子を見た事がなかった私も、ここまで青々と茂っている薬草を見れば質の良さが理解できる。呆然とそこで佇んでいると、後ろから声がかけられた。


「おや、お客様かい?」

「あら、ボーナ。テレンスの連れのお嬢さんよ!」


 婦人が「ボーナ」と呼んだ事で、テレンスの師匠が現れたのだと理解した私は、慌てて振り向いた。

 そこには黒いローブとフードを羽織り、足が悪いのか杖を地面について立っている老婦人がいる。私より背が小さく、フードを被っているからか……よく顔は見えない。

 

「そうかい。あの馬鹿弟子はどこにいる?」


 あの馬鹿弟子とはテレンスの事だろう。言葉遣いに驚いている私を置いて二人は話し続ける。

 

「ごめんなさいね、うちの息子が揶揄ったから、今追いかけっこしているわ」

「ふん、子どもの話を真に受けるあの馬鹿が問題だ。それに連れのお嬢ちゃんを放置するのは問題だろう。後で説教だ。ここまで連れてきてくれて助かったよ」

「いえいえ、テレンスが落ち着いたらボーナのところにいると伝えておくわね」


 そう告げて婦人は私に手を振って帰っていく。遠くからはテレンスがダズを追いかける声が聞こえる。それと同時に隣でため息が聞こえた。勿論、ボーナ様のものである。


「あの馬鹿者がすまなかったね。お嬢ちゃんのお名前を教えてもらえるかい?」

「リアです」


 向き合ってマグノリアは頭を下げる。


「以前テレンスさんと同じ仕事場にいたのですが、この度お暇をもらいまして薬師修行の旅に出る事になりました。その時、一人旅は大変だろうとテレンスさんが同行してくれる事になりました」

「……そうかい。あの馬鹿弟子は役に立っているかい?」

「私は王都から出た事が無かったので……色々と手配してくださって助かってます」

「なら良かった。それじゃあ、私の家に先に行こうか」


 ボーナさんは踵を返す。私もその後について、側に立っている家へと向かうのだった。


 

 結局あの後すぐにテレンスはボーナさんの家に来る。彼女の宣言通り、怒られたテレンスはバツの悪そうな顔をしていた。

 彼の両親に旅に出るという挨拶もしたとの事で、すぐに旅立とうとしたテレンスだったが、「急ぐ旅でもないだろう?」というボーナさんのお言葉に負けたのか、数日間の滞在をする事になった。

 私はボーナさんの家を間借りし、テレンスは少し離れたところにある実家で過ごす事に。ボーナさんの薬作りを見たり、私も薬を作ったり、村の子ども達や奥様方とおしゃべりしたり……楽しい日々を過ごしていた。

 

 そして出立予定日の夜。

 深夜にふと目が覚めてしまい眠れなくなった私は、外の空気を吸おうと家の外に出た。風が吹いてほてった頬を冷ましていく。家の外に付いている灯りだけだと、遠くまで見る事はできないが、少し歩けば薬草畑があるためか、風に吹かれて草の擦れる音がする。

 目を瞑り、その音に心を委ねていると、後ろから聞き慣れた声がした。


「眠れないのかい?」


 振り向くとそこにはボーナさんがいた。この数日間で一番お世話になった人の声だ。忘れるわけがない。

 

「ええ、ちょっと目が覚めてしまって……起こしてしまいましたか?」

「いや、私も喉が渇いて起きただけさ。ほら」


 そう言って手渡されたのは、カップである。

 

「これは私が調合したお茶さ。良かったら飲んでみな」

「ありがとうございます」


 ボーナさんは私に自分用のカップを預けた後、外に置かれている椅子を引っ張り出してくる。そして私に座るよう促した。


「確かに薬草が風に靡く音も綺麗だけどね。上も綺麗だと思うよ」


 ボーナさんは片手で上を指差す。すると空には満点の星空が。しばらく大小様々な星々が光り輝く空を無言で見ていた私だったが、ふと気づけば涙が一筋こぼれ落ちていた。

 涙は次々と零れ落ちる。まるで水を止めていた堰が溢れ出すかのように。


「大丈夫かい?」


 星を眺めていたボーナさんに声をかけられるが、私は答えられない。無意識のうちに首を横に振れば、ボーナさんからハンカチを渡される。やっとこさ、お礼を告げた後、私は渡されたハンカチで涙を拭いた。

 その様子を横目で見ていたボーナさんは、私が涙を拭き終わるとポツリと呟いた。


「リア、あんた無理してるだろう?」

「え?」

「今まで我慢していたんじゃないかい?」

「……我慢?」


 ここに来るまでも盛大にテレンスを振り回していた私は、何かを我慢していた覚えはなかった。だからその言葉に首を傾げたのだが、彼女は「なるほど、気づいていないのか」と言う。そんな彼女の表情は黒いローブのフードで見えない。


「心が弱っているのに、感情を押し殺しているだろう?」

「……」 

「リアは笑っているが……心の底から楽しそうな笑いではない気がしてね。今涙が出たのも、何か消化できていない想いがあるんじゃないかと思ってねぇ。ただの勘だけどさ。ま、年の功ってやつかねぇ」


 そう言ってボーナは空を見上げる。彼女の頭からローブのフードが取れて、座ってから初めて彼女の顔を見た。少し悲しそうな、表情を。それと同時に持っていた薬草茶の香りがふわっと香ってくる。その香りが鎮静剤になり、私の心も落ち着いてくる。


「ボーナさん、話を聞いてくれますか?」


 そして私は告げたのだ。自分がマグノリアであり、侯爵家を追放された事を。



「なるほど、そうだったのかい。道理で……リアの相棒役がテレンスって事に驚いたが、そういう理由だったとはねぇ」


 私が全て話すまで、ボーナさんは目を瞑り静かに聞いていた。

 言葉が途切れ途切れな上、時々支離滅裂な話し方になっていた気がする。だけど、そんなしどろもどろの私にもボーナさんは寄り添ってくれた。


「私、シーナさんを追い出してしまって……本当に申し訳なくて……」


 最後まで話して心に残っていたのは、ここだった。確かに家族に切り捨てられた、それは辛い事。でも、心の中では愛を求めながらも諦めている自分がいた。だから追放、と言われた時に、悲しみに暮れる自分もいたけれど、「やっぱり」と諦めている自分もいたのだ。

 でも、シーナさんに関しては違う。私の行動が彼女の居場所を奪ったのだ。あの時はそれが正しい事だと思っていたが……今思えばそれは、私以外の侯爵家の人間に都合が良かっただけなのだ。

 

「そうだねぇ。それは謝るしかないだろうねぇ……」

「謝る……そっか、謝ればいいんだ……」

「まあ、謝ってもそのシーナって子は許してくれないかもしれない。そもそも謝らせてくれないかもしれない事を覚えておきな……謝罪は加害者の心を軽くするためにあるわけじゃないって事もね。確かにリアも心に傷を負っているけれど、シーナさんはそれ以上に傷を負っているかもしれない事を頭に入れておきな」

「ありがとうございます……」

 

 私はボーナさんの言葉を心に刻む。次の場所は決まった。シーナさんのところだ。そう意気込んでいると、ボーナさんが遠くを見ている。

 

「それよりも、やっぱり思った通りになったねぇ……」

「思った通り、ですか?」


 どういう事だろうか、と首を傾げていると、ボーナさんは薬草茶を一口飲む。


「私はね、侯爵家で薬師として働いていたんだよ」


 私とボーナさんの間を一陣の風が抜けていった。驚くべき告白に、私は口を開けたままじっと彼女を見つめる。


「驚いたかい?」

「はい……」


 それと同時に納得した。テレンスの薬技術は彼女譲り……つまり侯爵家で必要な薬学知識を教えられていたのだ。だが、テレンスが侯爵家へ勤め始めたのが数年前と言っていた。つまりボーナさんの時代から侯爵家の技術は進歩していないと言っても過言ではないのかもしれない。

 

「リアが生まれた数年後くらいの事だったねぇ。当時薬師統括の地位にいた私はね、上とぶつかったんだ。リアも知っているだろう? シーナって子の師匠、マシアが行った功績を」

「はい。特効薬のなかった薬を作成し、王国を助けたと」

「そうさ。マシアの技量は素晴らしかった。平民とは思えないほどにね。だから私は上に言ったんだ。『彼女の知識を取り入れるべきです』と」


 ボーナは寂しそうに告げる。彼女の表情と今の状況を見るに、その願いは叶わなかったのだろう。


「結局上はプライドが邪魔をしたのだろう。私の意見は取り入れられず、そんな提案をした私は首になってしまった」

「あの人たちでしたら、そうするでしょうね」


 プライドが高いせいか、薬学で勝とうとはせず、相手を自分のところまで引き下ろそうとする姿勢は今も昔も変わらないらしい。


「そう。実際私は退職金を投げつけられて追い出されたのさ。さて、私はその足でどこに行ったと思う?」

「この村ではないのですか?」

「いや、一番最初に足を運んだのはマシアの薬屋さ。そこで私は彼女と数日話したね。会ったのはその数日だけだけれど、気が合ってねぇ。今や文通する仲さ……そういえば、マシアから手紙が来てたねぇ。シーナさんは追放された後、ナッツィアに向かうと言っていたらしいよ」

「ナッツィア……」


 ナッツィアと言えば、ファルティア王国から薬を全て輸入している印象を持っていた私が首を傾げると、ボーナさんは私の意図をなんとなく察してくれたのか、説明をしてくれる。


「マシアの話によれば、ナッツィアは数年前に薬師室を新設したそうだ。薬の輸入依存は問題だ、と多くの貴族が賛同したらしいね。行ってみるといい」

「……ありがとうございます」


 ボーナさんの優しさを受け、私は頭を下げた。

 

「いいさ、悔いのない人生を送るんだよ。これが長生きしている私の餞別さ」

「……はい」


 彼女に話した事で心が軽くなった私は、カップの中に入っている薬草茶を飲み干した。そのお茶は時間が経っていたからか、冷めて冷たくなっていたけれど……今までで一番美味しい薬草茶のように思えた。

 第三章、この幕間で完結となります。

次は第四章。少しずつ執筆しているので、また書き上げたら投稿します!

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