21、薬師の弟子と、薬の完成
本日2話目。
20話を読んでいない方は、そちらからご覧ください。
「師匠、これが私が育てているヴァイティスです」
その後何事もなくヴァイティスを薬師室に持ってくる事ができたシーナは、机の上に置いた。改めてラペッサが管理していたものと比べると、ひとまわり大きいのは気のせいだろうか。
ラペッサもその事が気になったらしい。
「シーナさんの植物は、大きいのですね。個体差……育成方法の違いかしら……? シーナさん、どうやってヴァイティスを育てていたか教えてもらえるかしら?」
「まずヴァイティスは山頂付近で育っていたので、窓辺で太陽の光が充分に当たるように調整しました。水やりは朝起きてから一度、手のひらに乗る大きさほどのじょうろの八割ほどの水を入れて満遍なくあげています。薬草畑でよく使用する肥料は使用しておりません」
「うーん、私のお世話とあまり変わりないように見えるのだけど……マシア様はどう思います?」
「そうだねぇ、個体差の可能性もあるから、なんとも言えないね。また先程のように全てを採取して薬を作成してみよう」
そう言って、マシアは葉、実、根、花……先程と同じように、使えそうだと判断したものを全て採取した。葉や根、花は魔道具を利用して乾燥させ、実は果実と種に分けたところで、ふとシーナは尋ねた。
「師匠、この種子って使えませんかね?」
今し方、実から取り出した種を親指と人差し指で持ち上げてから、そう告げる。
「実の中にある種子は薬に使わないのが、鉄則なのでは?」
「やっぱり無理かなぁ……」
マシアが少々考え込んでいる代わりにサントスが返事をした。残念そうに、シーナは手に持っていた種を机に置く。良い案だった気がするんだけどなぁ、と思いながらも実と種子を分けていると、不意に後ろの扉が開いた。
「リベルトからシーロくんを借りてきたわ」
「え、なんで俺は連れてこられたんすかね……?」
目を白黒させるシーロと、ドヤ顔のラペッサ。全員が二人を見ていると、ラペッサが話し始めた。
「ヴァイティスは他の薬草と違って、魔力を溜め込む性質があるのでしょう? つまり、一番溜め込んでいるところを利用する必要があるのよね。シーロくんなら、魔力量を感じ取れるのではないかと思って。それなら総当たりで薬を作成するよりも、簡単じゃない?」
「なるほど、それは助かる」
「ほう、さっき聞いたシーロとはお前さんか。ヴァイティスを見つけてくれて助かったよ」
「……つまり俺は、魔力の多い物を探せば良い、と言う事っすね。お安い御用っす」
シーロはマシアに指示され、葉から順に触れていく。
「……ラペッサ様、勝手にシーロを借りてきて良かったのですか?」
「あら、リベルトは二つ返事で貸してくれたわよ?」
「なら問題なさそうですね。後で私からお礼を伝えておきます」
サントスは頭が痛いと言わんばかりに額に手を振れ、ラペッサはニコニコと満面の笑みで佇んでいる。静かになった部屋には、マシアの指示する声だけが響いていた。
「全部同じくらいっすね。強いて言えば、後半に触れた植物の方が魔力は強かったっすけど……飛び抜けてと言うわけではないっすね」
マシアの指示した物に全て触れた後、シーロは全員に向けてそう告げた。確かにシーナの育成したヴァイティスの方が魔力を多く溜めているらしいが、薬を作るのには到底足りないらしい。
ラペッサもサントスも、シーナも困惑していた。ここまで来てまさかの足止めであった。
「もっと魔力を溜め込む事ができる薬草ってあるんでしょうか?」
「探せば見つかるかもしれませんが……今のところはない、と言わざるを得ないでしょう」
「もしかして、あれがヴァイティスではない可能性もありませんか?」
「ですが、実験では実際魔力を溜め込んでおりますが……」
シーナとサントスが二人で会話をしている中、マシアは顔をあげて申し訳なさそうな表情をしているシーロを見た。
「済まないが、この種子に触れて見て欲しい」
「分かったっす」
それは先程まで他の場所に保管していた種子だ。そしてシーロが茶色い種子に触れた瞬間――。
「あ、これ今までで一番魔力が高いっすね」
「えっ」
「他の箇所よりも魔力を多く含んでるっす」
そう彼が告げたので、シーナはマシアを見る。
「シーナ、ちょっとその種子を割ってみてくれないか? 中身がどうなっているか見ようではないか」
「分かりました!」
嬉々としてシーナが種子を割ると、中から白い物が現れる。どうやら茶色い部分は殻の役割を担っていたらしい。小さいため、吹き飛ばさないようにと恐る恐るシーロが茶色い殻と白い物に触れていく。すると、白い物を触れた時に、シーロは声をあげた。
「こっちっす。これが魔力を溜め込んでいるようっすね」
「なるほど。だから思った以上に魔力が溜め込まれていなかったんだねぇ。サントス、シーナ。これで薬を作ってくれるかい?」
「分かりました!」
「承知しました」
そして二人は種子を利用して薬を作り始めたのだった。
「完成したね」
「完成しました……ね」
マシアとラペッサは目の前の薬を見て息を呑んだ。二人の作った薬に石を入れると、少しづつ赤かった色が白色へと変化し、最後には元の石に戻った。そして他の鑑定を行い、人間の体には毒ではない事も判明する。
飲んでも問題ない状態にはなっているが、本当に人体に影響はないのだろうか、そして症状に効くだろうか、という不安がラペッサの中を渦巻いていた。そんな彼女の不安を破ったのは、シーナだった。
「うん、一口飲んでみましたが問題ないと思います! ですが念のために少量ずつ服用してみてくださいね!」
「……」
ポカンと口を開くラペッサとサントス。そして同様に口を開けていたマシアはシーナの行動を理解したあと、笑った。
「そうだったね。お前は自分で飲んでみないと納得いかない性格だったね!」
「鑑定もしっかり行なって危険はないと判断されてますから、問題ないですよ。もし薬に不安があれば、それを解消するのも私の仕事です!」
「ああ、本当に……お前は……」
笑いすぎたからか、マシアの瞳には一粒の涙が。そんな二人のやり取りに勇気を得たラペッサは、シーナから薬を受け取った。
「そうね。一歩踏み出さなければ、その場にとどまっているだけ。何も変わらないものね」
薬を手に取り、ラペッサは笑った。
「サントス、万が一の時は任せるわよ?」
「……ラペッサ様」
「ふふ、大丈夫だと思うけどね」
そう告げたラペッサは、頷くサントスを見て満足げな表情を浮かべた後、薬に口を付けたのだった。