20、薬師の弟子と、薬師長
本日1話目です。
*前回のあらすじ
魔力滞留症の治療には、以前見つけた幻の薬草が必要で、実物を持ってくる事になった。
「成程、魔力が含有されているものを薬草という……面白い仮説だね」
「まだ全てのものを試したわけではありませんが、今のところほぼ仮説通りです」
「ふむ、シーナが言うのであれば、そうなんだろうねぇ。それでヴァイティスが見つかったと……協力してくれた、リベルト隊には後でお礼を言いたいねぇ」
「それでしたら後でリベルト隊の場所にご案内しますわ」
そんな話をしているうちに、サントスがヴァイティスを持って戻ってきたようで、扉が開く。
「こちら、お持ちしました」
「ほう、それがねぇ……ちょっとテーブルの上に置いてもらえるかい?」
目の前にはラペッサに預けていたヴァイティスがある。以前採取した時よりも育っており、ひとまわり大きくなっていた。そして以前は少ししか実っていなかった赤い実が、今では赤色が植物の半分ほどを埋め尽くしているほど実っている。
シーナも自分で育成しているヴァイティスを思い出したところで、ラペッサの言葉に引き戻された。
「シーナさんが実験してくださった事で、これがヴァイティスであろうと判断されました。現在何とかここまで育成できたので、我々も自分の目で見てみようと、サンプルを採取していたところです」
「なるほど……サントス、私にもそれを見せてもらってもいいかい?」
「勿論です。後はシーナさんにも助言をいただけると嬉しいのですが……」
「さ、サントス様! 私はあなたの部下ですから、普通に話してくださると助かります……」
「ああ、元々このような口調なのでお構いなく」
「そうでしたか……」
サントスは側にあった実験道具を使い、幾つか採取していたヴァイティスの実を使って薬を作成する。できたところで鑑定をした後、マシアは感嘆の声を上げた。
「成程、確かに魔力含有量が上がっているね。ラペッサ様がそう判断した理由も分かる。さて、これを使用して魔力滞留症の薬を作成してみようか」
そう告げてから、マシアは幾つかの材料を机に並べ始める。そしてヴァイティスから葉や根、花、実を採取する。
「根と葉、花は乾燥させて、実は果実と種に分けるよ」
薬に利用する実は、種と果実に分けるのが基本である。薬の原料の中には種を利用するものもあるのだが、種単体で採取できる場合のみだ。このように実の中にタネが入っている場合は外側の果実を利用するのである。
「じゃあ、シーナは根と葉、サントスは花と果実を使って薬の作成を頼むね。私は組み合わせて作成してみよう」
こうして滞留症の薬を皆で作成し始めたのである。
「うーん、まだまだだねぇ。これじゃあダメだ」
マシアは作成し終えた魔力滞留症の薬の中に、石のようなものをポイっと入れた。今入れた石は魔力を溜め込む性質がある。石の内部にある魔力が満杯になった上でまた魔力を込めると、石の周りに魔力が留まり魔力の膜を形成するそうだ。魔力の膜が形成されると、白色だった石の色が赤く変化するらしい。それが魔力滞留症の症状に似ていると判断され、ノヴェッラ侯爵家ではそれを利用して薬の効果があるかを判断していたのだとか。
現在二人の薬の中に入れた石の色は少々薄くなっているとは言え、まだまだ赤色だ。つまりほんの少しだけしか魔力滞留症に効いていないのだ。これだと治すのは無理だろう。
「どの結果を見ても、少ないとは……。ふむ、ヴァイティスは山頂辺りにあった。だったら、そちらに生えているものを採取してみるか? もしかしたら個体差がある可能性も否めない……全ての実を採取するのは……厳しいか」
マシアがぶつぶつと呟いている言葉が聞こえる。個体差があるのであれば、シーナの持つヴァイティスも使用してみるのが一番かもしれない。
「師匠、あの、私の育てているヴァイティスを持ってきましょうか?」
思わぬ言葉にマシアはラペッサを見た。
「シーナもヴァイティスを育てているのかい? ラペッサ、よく許したね」
「リベルト隊が同行していたとは言え、シーナさんがいなければ発見できませんでしたから、殿下の許可を得てから託したのです。万が一私が枯らしてしまっても、シーナさんのがあれば問題ないかと思いまして。それに、シーナさんはきっと王宮薬師の試験を受けて合格されるだろうと思っておりましたから。最終的には薬師室の管理下になる事も想定済みでした」
「そうかい。まあ、シーナ。持ってきてくれるか?」
「はい!」
「それでは念の為私が同行しましょう」
シーナとサントスは連れ立って彼女の部屋へと向かった。
サントスは一歩前を歩いているシーナを見る。彼女は新薬を作成したからか、非常に楽しそうだ。鼻歌まで歌っている。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、勝負の時や先程の滞留症の薬を作成していた時の彼女の手際を思い出す。マシアが「私の自慢の弟子さ」と言っていたように、早く正確な作業には驚きを隠せない。また、作成途中の疑問や質問は的確だった。彼女が本来あるべき薬師の姿なのだろうと思う。
彼女のことを知りたくて、サントスは思わず声をかけていた。
「シーナさんは、いつから薬を作り始めているのですか?」
シーナがサントスへと振り返る。それで彼は無意識に声を出した事に気づいて、「不躾な質問を……」と謝罪した。
「いえいえ。そうですねぇ……薬を作り始めたのは5歳頃でしょうか?」
「5歳、ですか?」
「ええ。師匠が言うには元々薬草に興味を持っていたらしくて、もっと小さい頃は乾燥した薬草を振り回して遊んでいたらしいですよ。三歳頃には店にあった薬草の名前をほぼ覚えていたらしいです。まあ、タクライを『タクラー』と省略したり、少々言い間違えていたものもあったようですが」
それを聞いてサントスは、幼い頃から英才教育を受けていたのだ、と判断した。
「そこから薬作り真っしぐらでした。他のことに無頓着すぎて、親友に怒られた事もあります」
「それだけ薬作りが好きだったのですね」
「はい。なので、今の環境は本当に楽しいです。ありがとうございます」
そう感謝されてサントスは申し訳なく思った。
「そう思っていただけて嬉しいですが……私も申し訳ございませんでした。貴女を邪険に扱ったり、王宮薬師になった早々に出張へと行かせてしまい……」
彼女は以前のサントスの態度に何も思っていなかったらしい。邪険に扱ったり、という言葉を聞いても首を傾げるだけだった。しかも、「私平民ですし、追い出されたのですから仕方ないですよ!」と笑って話すくらいだ。
むしろ、出張に行けた事すら喜んでいる。
「いえいえ! それも凄い楽しかったですから! また行かせてください!」
「そうですね。今の研究が落ち着いてから考えましょう」
彼女の笑みに釣られてサントスも自然と笑みが溢れる。二人はそのまま楽しそうに、先程作成した滞留症の薬について議論を始めたのだった。




