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幕間 ネーツィ

 第4話で登場したネーツィ視点での話です。時間軸としてはシーナが挨拶へ行った(が、いなかったので家へ帰宅した)後の話。


 商談から帰宅し商店へ入ってすぐに、私の右腕の一人である我が弟フラテロが慌てた様子で話しかけてきた。



「兄さん! シーナさんが明日王都から出ていく事になったって!」

「なんですって? なぜそんな事に?」



 大声を出してしまったが、ここは店頭だ。慌ててフラテロに奥で話を聞くと伝えてから、店番を他の店員に頼む。

 

 シーナ嬢はこの国、ヴェローロ王国の宰相であるプリスト・トラエッタ閣下と直に契約を結んでいる薬師だ。元々彼女の養母であるマシア様が結んでいた契約だったが、彼女の薬がマシア様と同等であると判断されてからはシーナ嬢がその契約を遂行していた。

 「私なんかより良い薬を作る娘だよ」と彼女はマシア様から高評価を受けているほど素晴らしい薬師なのだ。まあ、きっとマシア様はシーナ嬢の前で褒めた事はないと思うが……。


 そんなマシア様お墨付きのシーナ嬢の薬は私も取引している。我が商店では彼女の薬を隣国のナッツィア王国で販売しているのだが、彼女の薬は安価で効能が高いと評判が良い。

 

 ナッツィア王国は我がヴェローロ王国に比べると薬師の教育が一歩遅れている印象だ。元々ナッツィア王国の隣には、薬研究において最先端を誇り、薬師の国と呼ばれているファルティア王国がある。そのため、隣国は薬師の国より薬を輸入する事が多いからか、薬の研究に力を入れていなかったのだろう。

 だが、最近商会長である父の話によれば、ナッツィアでも薬学の教育を――という声が上がっているそうだ。

 

 ナッツィアの重鎮たちがそう声を上げるのも無理はない。ここ十年でファルティア王国から販売される全ての薬が徐々に値上げしており、現在元の値段の1.5倍まで上がったそうだ。

 

 原因は十数年前、ファルティア王国内での情勢が大きく変化した事だろう。

 それ以前、王国では有名な薬師を輩出する名家が二家あった。そのうちの一家がある日賊によって襲撃され、当時そこに住んでいた家族――確か当主夫妻と子ども一人が亡くなったと伝えられた。その家は「困っている人全てに薬が届くように」という信念を受け継いでいたらしく、薬の価格を上げようと進言されても、薬の価格を上げようとしなかったのだ。

 彼らが亡くなった事で、もうひとつの名家が薬の価格を操作するようになり、現在に至るまで毎年値上げしているようだ。

 

 それもあり、現在我が商会がシーナ嬢から購入した薬が非常によく売れている。そんな時にシーナ嬢が彼の国へと行くのは、ナッツィア王国の転換点にもなるかもしれない。


 

 個人的には優秀な彼女を追い出すなんて無能の極みではあると思うのだが、由緒ある薬師家系に誕生した侯爵様方は己のプライドが一番なのだろう……愚かな事だ。そもそも、宰相閣下は何をお考えか……そう考えていた私の隣で、防音の魔道具を起動させてからフラテロは話し出した。



「先に言っておくと……僕の予想ではあるけれど、この件に関して宰相閣下は関係ないと思うよ。確か閣下は昨日から視察に出ていたはず。きっとエリュアール侯爵家の仕業じゃないかな?」



 フラテロは人の良さそうな雰囲気――いや、元々人が良いのだが、それを利用して、人に話しかけては情報を得てくるのが得意だ。だから王城へと配達に行った場合は、大小様々な情報を得て、私に教えてくれている。

 この情報も以前、閣下から仕入れた情報だと言っていた。成程、完全に王太子殿下の独断らしい。


 ちなみに我が国の薬の質も比較的高い方だ、と言われている。だが、残念なことに歴代の薬師長を排出し、王国で薬学のトップを走り続けているエリュアール侯爵家の侯爵や次期侯爵に関してはそこまでの実力はない。

 我が国の薬学を発展させるため、閣下は滅多に他国から薬師を受け入れないで有名なファルティア王国で薬学を学んだマシア様を引き込み、侯爵家とマシア様が切磋琢磨するよう仕掛けたのだ。

 

 だが、閣下の目論見はシーナ嬢の追放により失敗に終わったようだ。侯爵家は薬学に精通しようと努力するのではなく、マシア様を排除する方向へと舵を切ったのだから。

 

 

「成る程。最近侯爵家の末のご令嬢が王太子殿下にご執心だと噂があったようですが……薬販売で邪魔になるシーナ嬢をどうにかして排除しようとした結果ですね」

「でも、シーナさんは閣下と術契約を結んでなかったっけ?」

「あれは変化の指輪を使えば、閣下やシーナ嬢以外でも契約を破棄する事ができますよ。侯爵令嬢に唆された殿下が変化の指輪を持ち出して、契約破棄を行った……まあ、大方そんなところでしょう」

「なんて酷い事を……シーナさんは大丈夫かな? 元気そうには見えたけど、顔色は悪かったから」



 心の底から彼女の事を心配するフラテロ。やはり弟は優しすぎる。優しさは美徳ではあるが、商会長という立場は優しさだけでは務まらない。それも本人は理解しているようだし、今の状況でも満足しているようではあるが。

 フラテロにも幸せな結婚をしてもらいたい、と思いながら話を続ける。

 


「シーナ嬢なら大丈夫だと思いますよ。マシア様と連絡が取れるように通信用の魔具を貸し出しておりますので」

「え、兄さん。そんな物貸し出してたの?」

「ええ。父にも了承を取って、旧型の魔具ではありますが、格安でお貸ししていました。マシア様は数年以内にシーナは王都から追い出される可能性がある……と仰っていましたが、思った以上に手を回すのが早かったようで」

「……知らなかった」



 この件を知っているのは、商会長の父と次期商会長であった私、それと父の秘書であるタリオの三人だけである。我が商会は貸し出し、という形式は基本取っていない。長年商会を利用してくれたマシア様だった事、彼女の提示した話が有益だったこともあり父も私もタリオも了承したのだ。

 きっと彼女はそれを返しにきたはずだ。彼女の性格からすれば、明日また出立前にこちらの店へ訪れる可能性が高い。

 それならば、私が向かった方が色々処理できるだろう。



「だからきっとシーナ嬢は問題ないと思いますよ。隣国へ行っても楽しく薬を作っていると思いますし」

「あぁ……嬉々として薬を作る彼女が思い浮かぶよ……」

「薬草の群生地にも行きたい、と言っておりましたからね。現在ナッツィア王国では薬学の必要性が叫ばれているようですし、むしろ隣国行きは彼女へ良い刺激を与えるのではないでしょうか?」



 薬草に目を輝かせるシーナ嬢を思い出したのか、フラテロは引き攣った笑いで空を仰いでいる。

 彼は一度、他国でしか採れない薬草をシーナ嬢が購入した時に、興味本位で「どんな薬に使うのか?」と軽く尋ねた事があった。

 その時シーナ嬢は弟の顔を見て固まってしまったらしい。

 

 彼女の姿を見てマズい、と思ったフラテロはその言葉を取り消そうと口を開くが、その前に彼女は目を輝かせ、嬉々として話し始めたという。


 その内容は、購入した薬草の扱い方、どの部分を利用するか、必要な薬草と量や作り方など……多岐に渡り、延々と店頭で話すシーナ嬢を止めたのが他の店員だったという話だった。

 その事をきっと思い出したのだろう。

 

 

「うんうん、きっとそうだね。兄さん、シーナ嬢とは向こうでも取引をする予定なんでしょう?」

「ええ、その予定ですが」

「なら彼女が無事にあっちへと着くように、色々と配慮しないとね。兄さん、この鞄とか持っていったらどう? きっとシーナさんは、あの魔法袋に全部入れて持っていくと思うけど……人目があるところであれを開け閉めしていたら、悪人に目をつけられそうじゃない?」

「……あまり周囲の目を気にする性格ではないですからね。良い意味でも悪い意味でも……」

「本当だよねぇ。それと、これは……」


 

 そう言って彼女の旅に必要そうな物を楽しそうに選ぶフラテロを見て、私は微笑んだ。

 

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