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幕間 マグノリア

本日2話目です。

こちらは幕間になります。前話からお読みください。

 コンスタンに「まず口座を作った方がいい」と勧められた私たちは商業ギルドで口座を作成してお金を振り込んだ。無駄遣いをしなければ、当分は暮らせるであろう額。これなら薬師の入出国に厳しいファルティア王国以外であれば、どこにでも行けるくらいの金額はある、と思う。

 だが、そこまで考えてふと気づく。そうするとテランスの故郷を離れてしまう事に。私は生家を追い出されているため、帰るところはない。だが、彼には村に両親がいる可能性がある。ならば一旦彼の両親に伝えに行く必要があるのではないか?


「テランス、貴方は確か村出身だったわよね? どこの村かしら?」

「タニセッタの街の近くにある小さな農村ですね」

「じゃあ最初はそこに行きましょう」

「え゛っ?! ちょっと待っていただけませんか?!」


 コンスタンの勧めで先に商業ギルドで金の振り込み口座を作成した帰りの事。次はどこに向かうか、という話をしていた時、私はテランスの村へ行きたいと主張した。

 

「私、ずっと思っていたの。侯爵家に雇われる薬師って、大体が貴族でしょう? テランスは平民出身で侯爵家に雇われたのは凄いと思うの!」

「いや、たまたまだと思いますが……」

「いえ、たまたまではないわ。これでも侯爵家は王宮薬師の立場があるもの。ある程度の腕がなければ、採用はされないはずよ」

「はぁ……」


 実際彼らが作成した薬は王宮で販売されている。侯爵家の名誉を貶めるような薬師を彼らが雇う事はないはずだ。

 

「だから、貴方の師匠を知りたいなと思ったのよ」

「いやいや、ですが……何にもないド田舎ですよ? 来てもお嬢……あ、いえ、リアさんを楽しませる事なんてできないと思いますけど」

「私からしたら、今の状況がもう楽しいわよ。あと、私のこと、呼び捨てで良いわよ?」

「ええっ?! 無理ですって! そもそもおじょ……リアさん、自暴自棄になってませんか?」


 私が良いと言っても頑なに「さん」を付けるテランス。まあ……雇われ先のお嬢様、という立場だった私にいきなり気安い言葉を使え、と言われるのも困るか。そんな事を思った私は、ある程度妥協をする事にした。この先は長いのだから。

 

「私なら大丈夫よ。家を追い出された時に、吹っ切れたわ」


 強がりか、と思うかもしれないけれど、本当にそう思っている。むしろ家族という呪縛から解き放たれ、私は身体も心も自由を得たのだ。解放された今なら分かる。侯爵家のくだらない足の引っ張り合いは、薬学を停滞させるだけだ。私がシーナさんを追い出した事で、侯爵家の地位が安泰になると彼らは思っているのだろうが……先祖の築き上げた地位に胡座をかいている家族が、安泰になるのだろうか。

 まあ、もう家族の縁も切れてしまった。あちらにとっては余計なお世話だろうけれど。心配そうな表情でこちらを見ているテランスに微笑めば、納得はしてくれたらしい。言いたい事はあるのかもしれないけど。

 

「なら良いですけど……」


 それよりもテランスのことだ。

 

「ちなみにテランスのご両親は健在なの?」

「ええ。お……私の師匠に薬草を納品しています」

「言いにくいのなら俺でも良いわよ。なら、テランスを預かるからと挨拶に行かないとね」

「……挨拶ですか?!」

「そうよ。これから一旦この国を離れるもの。テランスは私の護衛でもあるから、長期間両親や師匠に会えなくなる可能性が高いわ。侯爵家に雇われてから、貴方実家に帰った事は?」

「……」


 無言でバツの悪い顔をしているテランス。その様子から見て実家には帰っていないのだろう。


「親や師匠がいるうちに、ちゃんと顔を出すべきだわ。いつ家族がいなくなるか分からないもの」

「……そうですね」


 家族から縁を切られた私が言ったからか、彼の表情が曇る。


「ではお……リアさん、お言葉に甘えます。ここから村までは一週間ほど……辻馬車で行く事になると思いますが、大丈夫でしょうか?」

「ええ。楽しみね」

 

 そんなこんなで私たちの旅の最初の目的地は、テランスの故郷となったのだった。


 そこから一週間以上たった今。私たちは無事村に着いている。

 今思えばあまりにも物珍しすぎて興奮していた私は、あちこち目移りして迷子になったり、いつの間にか購入予定のなかった物を買わされていたりと……トラブルが多かった。常にテランスに宥められていた気がする。最初は萎縮した目で私を見ていた彼も、今では「またか……」と呟きながらため息をひとつつき、砕けた口調になっていた。


「俺の家は村の奥にある。だが、今は薬草畑の手入れに出ているだろうから……留守だろう。師匠なら家にいるだろうから、まずは師匠の家へと向かう」

「分かったわ。テレンスの師匠ってどんな方なの?」

「まあ……変わったババアだ」

「きっと素敵な方なのね!」

「……どこをどう取れば、そんな思考になるのかが分からん……」

 

 目を輝かせてテランスを見ているであろう私に向かって、彼はため息をつく。一度、「ため息は幸せを逃すとファルティア王国で言われているそうよ?」と言えば、「誰のせいだと思っている」と返事されたのは記憶に新しい。

 そんな目立つ私たちが村の人の目に止まらない……わけがなかった。


「あれ、テレにーちゃん?」

「おお、久しぶりだな! ダズ」


 テレンスに視線を送っていたダズという男の子は、隣にいた私を見て固まった。微動だにしないのである。心配になった私は、テレンスに大丈夫か尋ねる。すると――。


「ああ、問題ない」

「でも……」


 再度心配になって私はダズを見る。その瞬間、彼は「ええ〜っ!」と大声を上げてテレンスを見つめた。


「テレにーちゃんが、可愛くて美人な女の人連れている! おばあに伝えてこなきゃ!」

「あ! ダズ待て!」


 彼は私から離れてダズを捕まえようとする。正直少々運動不足の大人と元気いっぱいの子どもでは、勝敗はなんとなく見えていたが……イメージ通りにダズがテレンスよりも一足先に村の中で大声で話はじめた。

 

「ねえねえ〜! テレにーちゃんが帰ってきたー! しかも超美人なお姉さん連れてるー!」

「はぁ? なんだって!」

「テレンスにも春が来たんか?」


 遠くでは私を見てテレンスを冷やかしている人もいる。どうしたら良いか分からず立ち尽くす私は村の老婦人に声をかけられるまで呆然としていた。

 

「あらまあ、本当に別嬪さんじゃない! お嬢さんはテレンスの連れ?」

「え、ええ……テレンスさんとは以前の職場でお世話になっておりまして……私が薬師の修行の旅に出るので、一緒に着いてきてくれる事になったのです」


 一応嘘ではない程度にぼかして話せば、それで納得したらしい。


「そうよねぇ。こんな綺麗なお嬢さんが一人で歩いていたら危険だものね。この村に寄ったのは、もしかしてテレンスの里帰りのため?」

「そうです。聞けば、就職してから里帰りをしていないとお聞きしまして……顔を出すべきだと連れてきたのですが、楽しそうで良かったです」


 今だに子供を追いかけているテランスを見て、私はクスッと笑う。老婦人も彼の様子を一瞥した後、頭を抱えた。


「はぁ、全くテレンスはこんな別嬪さんを放置して……お嬢さんは薬師さんなのね。それじゃあ、もしかしてお嬢さんはボーナに会いにきたの?」

「ボーナ様、ですか?」

「そうそう。テレンスの師匠よ。良かったら連れていきましょうか?」

「あ……よろしいのでしょうか?」

「良いわよ。テレンスには後で言っておくわ」


 そう言われて私は婦人の後ろをついていく。その間もテレンスは、ダズと追いかけっこをしていたのだった。

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