18、薬師の弟子と、魔力滞留症
本日の1話目
*前話のあらすじ
サントスとの薬勝負で、彼を納得させたシーナ。
より一層薬師室の絆が深まったが、ラペッサは自分が薬を作れない事に悲しみを抱いていた。
「その話なんだけどねぇ、ラペッサ様。薬作成の目処が立ったんだよ」
「え……? ですが先ほどは、まだかかるかもしれないと……」
「いや、そうなんだけど。さっき二人が薬を作っている間に、ビビアナ様の本を見せてもらったろう?」
「あ、はい」
以前シーナがタニセッタの街に住むニノンから預かっていた研究日誌である。ラペッサはシーナから譲り受けた、と話した上でマシアにそれを見せていたのだ。
「あの本に私が欲しい薬草が載っていてねぇ……それさえ見つかれば、もしかしたらできるかもしれない」
「本当ですか!?」
思わず叫んだラペッサの声が部屋に響く。部屋にいた全員がラペッサを見た。彼女は目に涙を溜めてマシアの手を取っており、取り乱している姿の彼女に全員が目を丸くした。
「落ち着きなさい、全員が見てるじゃないか」
「あ、すみません……」
止めようとしても流れ続ける涙。マシアはラペッサの頭をポンポンと撫でた。
涙が止まってから。ラペッサは全員に話をした。
「私は魔力滞留症と呼ばれる病気なの」
魔力滞留症、とは魔力量が多い人に起こることが多い病気だ。普通であれば、魔力は澱みなく身体中を循環しているのだが、その魔力の循環が滞ってしまい、滞った部分がしこりのようになってしまうらしい。
赤ん坊の時に魔力が多いと、その魔力を発散する事ができず、魔力の流れがゆっくりになってしまうのだ。そして何かのきっかけで魔力の循環が止まってしまうと、そこにしこりができてしまうのである。
ロス付きであるリベルトと、薬師長であるサントスは元々知っていたのか、表情が暗い。
「魔力滞留症は幼い頃に治さなければ、永遠に治らないとされている厄介な病気さ。あたしはね、以前から大人でもそれを治す事ができるようにって、薬を研究してきたのさ。それこそ十数年前からね」
「……もしかして、時々私が店番していたのは……」
「自分で薬草を取りに行っていたのさ。どうしても商店だと入手できない薬草でねぇ」
肩を竦めるマシアに、なんとなく師匠の今までの行動が線で繋がる。店番ができるようになってから、マシアは薬の研究に特化するようになっていたが、魔力滞留症の薬を作成していたのだろう。
「しかし、何故マシア様が魔力滞留症の薬の研究をされているのですか? ラペッサ様と面識がおありで?」
サントスは首を捻る。一方でマシアはふう、と一息ついた。
「まあ、ここで隠す必要もないだろうから話すけれど……あたしはね、王都で薬師になる前は流浪の薬師として修行していたんだよ。そして数年ほど、ファルティア王国内で修行していたのさ」
「あのファルティアで、ですか!?」
サントスも驚きからか声を上げる。それもそのはず。ファルティア王国内で修行するためには、現在厳しい制約が必要なのである。その中にはファルティア王国からの出国は許可されない、という一文が入っていたはずだが……。
「そうだねぇ。お前さんたちはファルティア王国にあったノヴェッラ侯爵家について知っているかい?」
「はい、ファルティア王国の薬師一家のひとつであったノヴェッラ侯爵家ですよね? 十数年前に強盗が入り、全員殺害。一夜で没落したという……」
「そうさね。あたしはノヴェッラ侯爵家が没落する数年前に、丁度新婚旅行と称して修行の旅に出ていた……当時の次期侯爵と奥方に会っているのさ。彼らは本当に、流れのあたしにも優しくしてくれてねぇ……色々薬学について教えてくれたのさ。そしていつの間にやら意気投合して……あたしは従者という形でファルティア王国の侯爵家で薬師として修行する事になった」
以前であれば、聞いても首を振るだけであったマシアが昔話をしている。シーナは聞き入った。
「あの人たちは素晴らしかった。薬学の知識はファルティア王国だけで終わらせてはならない、囲ってはならないと主張する人たちだったよ。皆で知識を共有し、より多くの患者を助ける。これが彼らの信念さ。だがねぇ、周りはそうとは限らなかったのだよ」
「……ノヴェッラ侯爵家は凄腕の薬師だと叔母様は仰っておりました。そしてファルティア王国の薬師の頭脳だとも……。ですが当時、彼らの崇高な信念に賛同していたのは王族では叔母様だけで、後は薬学の知識を金のなる木だと考えておりました。知識を占有する事で、より儲けようと……まあ、今もですが」
「ラペッサ様の言う通りさね。一旦話を戻すが、あたしは数年ノヴェッラ侯爵家で修行した。あの家は大層喜んで、当時ファルティア王国にあった全ての薬学知識を開示してくれたよ。そのためにあたしは勉強し放題だった。だが、流石に年単位だったからねぇ。居候しすぎたと思ったあたしは一旦キリが良い時期だからと渋る二人を宥めて、ファルティア王国から出国したのさ。関所で何を言われるか分からないから、薬師という身分は隠してノヴェッラ侯爵家の従者という立場を保証してもらってねぇ。実はその間に魔力滞留症の薬の作成方法を知ったのさ。ちなみにその時にビビアナ様とも何度か会っているねぇ」
外交官家系として驚きを隠せないサントスは目を見張ってマシアに声をかけた。
「よく無事に出国できましたね」
「ああ。従者という立場が良かったらしい。気にも留められなかったよ。当時は今みたいな法がなされる前だった事もあるが、あたしは基本レシピが公開されているものしか作っていないからねぇ。バレることはないだろうさ」
「あ、でも師匠、私が師匠から教えてもらった知識は大丈夫なの? 結構ヴェローロの薬屋で薬についてお客さんに話してたし、そこからファルティアに伝わったりしたら……」
「ああ、大丈夫さね。あたしが教えた知識は問題ないものばかりさ。それにあの時から十数年経ったけどねぇ……新しい研究すら発表されていないらしいからねぇ……」
そうマシアが発言するのと同時にラペッサに視線を送ると、彼女はマシアに同意するように頷く。
「ええ、仰る通りです。クレメンティ侯爵家が台頭してからは、王族も含め薬で金儲けする事が至上となっておりますし……それに反発する研究者は王宮薬師の資格を剥奪されたり、罰を受けたり……様々です。彼らの家族は王家に睨まれたくないからと忖度し、貴族籍を抹消して追放された者がどうにか国外に出て他国――主に帝国へと拾われている者もいると聞いています。私がこちらへ嫁ぐ前にも薬師室の研究予算が減らされていたので……まともに研究できる土壌はないかもしれません。今やファルティアの薬師は王族やクレメンティ侯爵家へ媚を売る者が多いと思いますわ」
「あのファルティアが……」
「ええ、サントス。これが薬師の国の現状よ。特にノヴェッラ侯爵家の没落後は、ビビアナ叔母様が他国への開示を主張していらしたのだけれど……その頃はまだマシな薬師がいたと思うわ。けれど、その後すぐにクレメンティ派の者が叔母様へ刺客を送っているの。その頻度が高かったがために……ね。叔母様は亡命したの。だからもうあの王国にはまともな薬師はいないでしょうね」
「……ファルティアの薬師たちは過去の栄光を切り売りしている事に気づいていないのですね……技術は日々進化するものだと言うのに」
なんだか複雑である。シーナとしてもファルティア王国は薬師の国として一度は行きたいと夢見ていた場所だったからだ。それを告げるといつもマシアは、色々な感情が入り混じった表情でシーナを見ていたのだが……ラペッサの言葉でその表情の意味がやっと理解できた。
「で、話を戻すと……あたしは魔力滞留症の作成方法を知っているのさ。ただし、それは幼少の頃に飲ませれば効果がある薬だ。作成方法だけ聞いてあたしも作らせてもらった事があってね。本当はそれをラペッサ様が治療のために飲む予定だったのだが――」
「……当時は、ノヴェッラ侯爵家しか魔力滞留症を治療する薬の作成方法を知らなかったのです。しかしかの事件によって、魔力滞留症の薬の作成方法の資料が火事によって燃えてしまったのです。その後……叔母様がノヴェッラ侯爵家で作成されていた、滞留症の薬のレシピを公開したのですが……その薬は完成してから治験が行われていなかったため『王族を実験体にするなど!』と怒った父によって私はそれを飲む事ができなかったのです」
「その事件の後、あたし宛にビビアナ様から手紙が届いたのさ……侯爵家が没落した事が書かれていてね、あたしは泣きそうになったさ。そこから二人の目標を思い出したんだよ。完璧に魔力滞留症を改善する薬を作りたい、とね。それを思い出して、薬屋を切り盛りしている間の時間を見つけて研究していたわけさ。そしてふらっと立ち寄ったこの街で、殿下に声をかけられてね。ラペッサ様が魔力滞留症だった事を知って、あたしは本格的に研究を始めたのさ。この研究もあともう一歩が分かれば、薬が完成するだろうと思っている。あたしを助けてくれるかい?」
そうマシアが告げると、シーナとサントスは首を縦に振る。それを見届けたマシアは、言葉を紡いだ。
「じゃあ、あたしの研究について話すから、部屋を貸してもらえると助かるのだけど」
「承知いたしました。こちらへ」
サントスに案内されたのは以前、幻の植物だと判明したヴァイティスの鑑定をした部屋である。この部屋に入ったのは、マシア、ラペッサ、サントス、シーナの四人。彼らは皆緊張していたが、シーナだけは胸のワクワクが止まらないようで胸の心臓部分に優しく手を置いた。
*本文修正を入れています。
・魔力滞留症のレシピは燃えた → 燃えたけど、叔母であるビビアナが知っていて公開した
・手紙にレシピetcが書かれていた → 書かれていたのは侯爵家没落の知らせのみ




