17、薬師の弟子は、薬師長に認められる
リベルトはサントスの表情を見て、彼がシーナを認めた事に気づく。そしてその瞳に好意が現れ始めていることも。
何となく胸が痛んだような気がしたリベルトは、自分の胸へと思わず視線を送るが、問題ないと判断して首を捻った。
その間に、シーナとサントスの作成した薬を魔道具にかけていく。最終的にシーナは四つ程の薬を作成した。
違いはふたつ。マキノという薬草の使用部位と、煮込む際の火加減の違いによるものだ。
「シーナ、お前は四種類の薬を作っているが、一番品質が高いものはどれだと思う?」
マシアがそう尋ねると、シーナは顎に手を触れて考え込む。
「そうですね……予想ではマキノの根と弱火、の組み合わせでしょうか。今回ともに使用しているバーデンは、枯れた切り株の根で育つものだとされていますが、マキノ以外の他の薬草は葉や茎を使用しますので……バーデンの効能をより高めるためには同じ根を利用すれば、マキノの根が他の薬草の緩和剤となり、より効果があがりやすいのでは、と思われます」
「弱火を選んだ理由は?」
「ずっと強火で煮込んでしまえば、茎部分を利用している薬草の効能が下がってしまう可能性がありますからね。本当は根があるので強火にはしたいのですが……間をとって、沸騰後数分は強火を維持し、その後弱火を維持しました。これなら弱火のものよりは、効能が高くなっていると思います。後々、強火のみで行った場合も検証させてください」
早口で話すシーナに、「変わらないねぇ」と笑うマシア。そして話を理解しているラペッサとサントスに――。
「ねえ、お兄様? シーナさんの話を聞き取れた?」
「分からん」
「……お兄様に聞いた私が馬鹿だったわ。理解しているかのように頷いていたけれど……お兄様のそれは知ったかぶりってやつじゃない。」
ジト目でセベロを見るカリナ。その表情はバツが悪そうだ。
「お兄様に話をふらないで、トニョ先輩に聞きに行けば良かったわ」
カリナの視線の先には、トニョとリベルトが話をしている。
「……勿論例外はありますが、根は茎よりも硬さがあるので、強火にかけた方が良いとされています」
「ちなみに根をもっと細かく裁断して弱火にする、という選択肢はないのか?」
「その方法もありますね。ですが、今回のマキノはある程度の大きさが必要なのだそうです。粉砕してしまうと効果が下がるという実験結果が出ております。原因は判明していませんが……」
普段であれば、一呼吸置いて喋るトニョが滑らかに話している。その様子にセベロは目を丸くし、カリナに尋ねた。
「いつも思うけどあいつ、性格変わりすぎじゃね?」
「トニョ先輩は研究者気質のところがあるからじゃない? お兄様と違って」
「お前は一言余計じゃ」
周囲でそんなやり取りをしている間にラペッサにより、サントスとシーナの鑑定は続いている。そして全ての薬の鑑定が終わり、ラペッサは満面の笑みで二人に話しかけた。
「素晴らしい! 今回の鑑定結果ですが、若干シーナさんの作成した薬の品質が良かったわ。でも最初からここまで作成できるなんて、二人とも我が薬師室の誇りよ! サントスは薬師長として……シーナさんは歴代最高得点を叩き出した合格者として……これからも励んで頂戴?」
「ありがとうございます。ですが……」
シーナはチラリとサントスを一瞥する。元々これは彼にシーナが認められるための薬作りだった事を今更思い出す。その事が頭から抜け、薬作りを楽しんでしまったことに気がついた。
非常に申し訳なさそうにするシーナに、サントスはふっと笑った後、頭を下げた。
「いや、こちらこそ申し訳ない。聞き齧った話を鵜呑みにして、君自身を見ていなかった私が悪い。シーナ嬢を見ていると、私がまだまだ未熟な身である事を実感したよ」
「え? いやいやいや、そんな事は……」
「私は最適解を出してから作成したが、確かにそれが最上位の品質になるかは分からない。そう考えれば、シーナ嬢のように、幾つも作成し結果を見ると言う行為は、その作成方法が最適解である証明にもなる」
「……えっと、そのう……」
勿論、そんな崇高な考えではない。ただ単に新しい薬を作成できる事が楽しすぎて、あれもこれもやってみたいと思っていただけなのだが……。
サントスの過大な評価にマシアは笑いながら言った。
「いやいや、シーナはそんな馬鹿真面目に考えるような子ではないよ。多分、『わーい! 新しい薬が作れる!』なんて単純な気持ちしかないさ」
「本当に師匠の言う通りです」
言い当てられたのは癪だが、マシアの言う通りである。何度も頷くシーナにサントスは少々驚き考え込むが、ふと顔を上げて言った。
「それでも、より良い薬を作りたいと言う気持ちはあるのだろう? その気持ちは私も見習わなければ、と思ったのだ」
シーナに対する好感度が上がっているのか、それでも良いようにとろうとするサントスにシーナは困惑した。
そして何を思ったのか、サントスは「そうだ」と呟く。
「シーナ嬢が勝利した暁には、薬師長の座を明け渡そうと――」
「それは結構です!」
更に無茶を言い出したサントスを落ち着かせたいと、助けを求めるようにリベルトへ目配せをすると、ちょうど二人の視線が交わる。何が起きたかは把握しているようで、彼はシーナに助け舟を出した。
「サントス殿、シーナさんは権力などいらないと思うぞ? むしろ薬作りが自由にできる環境の方が喜ぶと思うが」
「本当にその通りです! 私、自由気ままに研究できると思って、薬師試験を受けたので!」
「それに彼女はあちらでは貴族に嵌められて追い出されている。ここで貴族の相手をさせるのは酷だと思わないか?」
「……リベルト殿の言う通りだな」
彼の助けのお陰で、サントスは納得したらしい。冷や汗が落ち着いたような気がした。マシアはひとつため息をつく。
「サントス……あんたは馬鹿真面目に考えすぎなのさ。もう少し気楽に生きれば楽じゃないかねぇ」
「まあ、私はこれが性に合っていますので」
「あんたは本当に振り幅が大きいねぇ、全く。うちの弟子を困らせないでやってくれ?」
「善処します。ですが、私以外にも即戦力になる薬師がいるのは僥倖です。難易度の高い薬は今まで私のみが作成しておりましたが、今後はシーナ嬢にも振ろうと思います。そうすれば私も三人の様子を把握する事ができますからね」
サントスは今までの仏頂面が嘘だったかのように穏やかに微笑んでいる。彼も薬師室長という重圧、そして新設された部署である重圧……心の中で色々と抱えていたのだろう。
部下三人とリベルトは、サントスの表情に目を見張った。そして三人は彼の言葉に青褪める。未だ三人は基礎……トニョは中級と呼ばれる薬を作り始めているが、まだまだ一人前の薬師とは言い辛い状況だ。叱責が飛んでくる事を覚悟した三人だったが、サントスの次の言葉で目を丸くした。
「他の三人も非常に筋がよく勤勉なので、我が薬師室も数年ほどで他国と遜色のない状況へと持っていけるでしょう。発注の多い薬を三人が作成してくれるお陰で、私は難易度の高い薬作成に集中できますからね。ラペッサ様には今後もご負担をかけるとは思いますが……」
「いいのよ、サントス。皆でナッツィアの薬学を発展させていきましょう!」
「御意」
「私も頑張ります!」
「……僕も、が、頑張ります!」
「俺だって!」
サントスに褒められた三人も声を上げる。やる気に満ち溢れた三人は、早速シーナへ先程の話を聞きにいく。そしてリベルトは、本題の薬草図鑑作りの話を持ちかけるのだった。
「ラペッサ様としては、この結果は何点だい?」
少し離れた場所でマシアとラペッサは微笑みながら、彼らの様子を見ていた。
「そうですね、百二十点です」
「それは何点満点で?」
「勿論、百点満点で、ですよ」
マシアはふう、とため息をつく。
「荒治療だと思わなかったかい? 下手したら薬師室が崩壊していたような気がするが」
「ふふ、マシア様。サントスはあそこで駄々を捏ねるような男ではありませんわ。彼の薬学に対する想いは本物ですもの。それに私はサントスを信じていましたから」
「そうなのかい?」
「ええ。薬学に彼が興味を持っていたとは言え、元々魔導師だった彼に薬師長という重圧を課してしまったのは、こちらの都合です。サントスは気を張っていたのでしょう……私と殿下が主導した薬師室が舐められないように、と。それは本当に彼の力のおかげです。願わくば……」
ラペッサは口をきゅっと閉じる。
「私もあの中に入りたかったです。薬師として」
顔には微笑みを浮かべているラペッサではあったが、目には物悲しさを湛えていた。