15、薬師の弟子と、対決のお題
本日は二話投稿します。
「それでは、今回作成する薬はですね――」
ラペッサが楽しそうに話している中、帰るに帰れなくなった……と言うよりは、彼女の薬を作成する姿を見たいと思ったリベルトは、不自然にならない程度に周囲を見回していた。
マシアは悪巧みを考えているかのような表情をしているし、シーナは目を輝かせて新たな薬作りに興味を持っているようだ。サントスはどうにでもなれ、というような表情を、そして「何事か」と現れた薬師たちは実質薬師室の首位を張るであろう二人の薬作りを見られると言う事で盛り上がっている。
楽しげに話す彼女は、サントスとシーナの前に一枚の紙を差し出す。その紙を受け取ったサントスは眉間に皺を、シーナは首を傾げている。
「ラペッサ様。頭痛薬と書かれていますが……」
サントスが困惑しているのも無理はない。頭痛薬といえば、薬師の中では基本中の基本。何度も作成した事のある薬である。だが、その下の原料の部分を読んでいたシーナは、驚いたようで声を上げた。
「ラペッサ様! これはもしかして、新薬でしょうか?」
「ええ、シーナさん。以前の薬は冷えによる頭痛にはよく効くけれど、それ以外の頭痛に関してはあまり効果がないとされていたの。だけど、半年ほど前にグラスター帝国でそれ以外が原因の頭痛によく効く薬が開発されたのよ。それがこれ」
「ですが、新薬の作成方法は基本公開されないのでは……?」
リベルトが目を見開いて彼女に尋ねる。
それもそのはず。薬師の国であるファルティア王国では新薬が開発されると、効能は公開するが作成方法は秘匿される。そしてファルティアの匙加減ではあるが、数年ほどで作成方法が公開されるのだ。ここ十年ほどは新薬が開発されていないこともあり、全ての薬の作成方法が公開されているが、大抵は国外持ち出し禁止の書籍に記載されているため、他国へ持ち出すことができないのだ。
ただ、これには抜け道があり書籍を持ち出さず、写すのは問題ない。だが、基本そのような書籍はファルティア王国の王族や薬師のみが見られるもの。残念ながら伝手のない他国の薬師が見られるものではない。
リベルトはその事を知っていたため、帝国の新薬と聞いてファルティアに習って数年間情報公開を秘匿するのかと思っていたのだ。
「これは帝国からのお礼、だそうよ。以前から私はファルティアにあった本の内容を書き出しているでしょう? その情報を帝国にも渡しているのよ」
「そうだったのですか」
「帝国は情報秘匿を公開してから半年と定めたようね。流行病の場合は、例外として即時公開されるように取り計らうそうよ」
「でしたら、ファルティア王国やヴェローロ王国にも公開しているのですか?」
「ええ。でも、レシピは知らないんじゃないかしら? 私はお礼という形で新薬の作成方法を郵送してもらっているけれど……他国にわざわざレシピを送るほど優しくはないわ。ほら、ファルティアもヴェローロの薬師も、非常にプライドの高い方達でしょう? そんな方達がわざわざ新薬の作成方法を帝国まで見に行くかしら?」
シーナの記憶にある貴族はマグノリアだが、もしエリュアール侯爵家があのような雰囲気の人たちであれば、きっと聞きにいく事はないのだろうな、と思う。それが表情に出ていたらしく、ラペッサは「そうなのよ」とシーナに同意した後、ひとつため息をついて話し始めた。
「私からみればファルティアは、薬で金儲けに走っているようにしか見えなくてね……勿論、ある程度の儲けは必要よ? 薬の原料だったり、薬師への給金だったり、開発費だったり……お金がなければできない事もあるものね。だけれど、今のファルティアはその限度を超えた値付けをしている気がしてならないの。結局私だけがそれに反対していたのだけれど、薬師として薬を作る事もできなかったから、鼻で笑われるだけだったわ。まあ後は、多くの薬師に知られれば、より改良された薬ができる可能性が高いでしょう。今回のように新薬が作成できるかもしれない。私は広まった上で、より効能の高い薬を、様々な国の薬師が切磋琢磨し合う事がより薬学の発展に繋がると信じているの」
「ラペッサ様……」
彼女の切ない表情を見て、薬師室の者達は息を呑む。本当は一番彼女が薬師として活躍したいはずだろう……だが、彼女は幼い頃からの病によりそれができないのだ。
薬師としての力がなかった事でファルティアでは虐げられた彼女だったが、今は仲間がいる。
「だからみんなには期待しているのよ? 頑張りましょうね!」
「はいっ!」
カリナ達は頭を何度も振る。その様子を満足そうに見たラペッサは、シーナ達の方へ振り向いた。
「さて、そこに原料は準備したわ。サントス、シーナ。薬作り開始よ」
こうしてシーナとサントスの新薬作成が始まったのである。




