幕間 サントス
サントス・ロマディコはどんな人か、と言われれば、皆が口を揃えて言うのが「昔から変わっている人、頑固」という言葉だろう。
ロマディコ侯爵家は代々外交官の家系であり、彼はその三男として誕生した。彼は幼い頃から父や兄達と共に、国内視察だけでなく国外の視察に付いていく事も多々あり、様々な物や事に触れる機会が多かった。
だからだろうか。彼が一番興味を引いたのは、国内のあれこれ、ではなくファルティア王国だったのだ。
ファルティア王国の薬草や薬に興味を抱いた彼だったが、かの国は薬や薬草は輸出するが、知識は秘匿する傾向がある。薬師の国、と呼ばれているがために、薬関係については他の国よりも優位に立ちたいと考えているからだろう。
当時ナッツィアでは薬は輸入すれば良い、という風潮だった事もあり、彼が手に入れられたのは薬学の基礎の本くらいであった。その本もその事を理解していた父親……現侯爵がファルティア王国で購入した物。ほぼナッツィアでは薬学の本を見る事は叶わなかったため、侯爵から貰った本を大切に読み込んでいた。
そしてその姿を見た侯爵が、サントスへ薬師が使用する道具を与えたため、何度も彼は練習で薬を作っていた時期もあった。
そんな彼だって調薬を学びたかったのだが、そのためには家族を捨ててファルティア王国へと帰属する必要があった。そのため、サントスは一旦その夢を諦めた。薬師として働きたい、とも勿論思っていたのだが、彼としてはナッツィア王国に尽くしたいという思いが上回っていたからだ。
そんな中、魔力の多かった彼は王宮魔導師団に所属する道を選ぶ。火属性魔法を使用できるサントスは、入団試験を経て魔導師団に入隊する事となった。そして真面目な性格も相まって、数年後にはある隊の副隊長として抜擢されるほどの実力を見せていたのだが……それと同時に彼は薬の必要性を感じ取っていた。
輸入できる薬には限りがある事、時間が経てば劣化してしまう事、薬を輸入するまでに時間がかかり、その間に薬を切らしてしまう事がある事……やはりこんな時に王宮薬師がいれば、と思う事が多々あったのだ。
だからこそ、彼はまず自分の隊の隊長に薬師の必要性を説いた。そして前々から薬師が欲しいと考えていたらしい隊長と共に魔導師団長や騎士団長などの軍部の重鎮たちに声をかける。
重鎮たちもやはり薬師の必要性は理解していたが、そもそもその薬を作れる人がいない、という事でなあなあな状態になっていたらしい。サントスが薬を作成できると聞いて驚いた彼らは、サントスが作成できる薬の中でよく使用されるため、すぐに切らしてしまうものを彼へと作成依頼を出す事にした。
数ヶ月ほどして、サントスの作成した薬でも問題ない事が周知されてきた頃。もしかしたら他にも薬を作成できる者がいるのでは無いかと判断した彼は、魔導師団長の協力を経て、薬師に向いているであろう二人の魔導師が選出される。それがセベロとトニョであった。
彼ら二人は別途手当が付く、という言葉に惹かれサントスから手ほどきを受けて薬を作る事になる。サントスの指導を受けながら彼らが薬の作成練習をしていた頃、追い風になる出来事が起きるのだが、それがラペッサの存在であった。
最初の頃は自己肯定感が低く表情の暗いラペッサだったが、ロスや周囲の人の協力もあり彼女は明るい女性へと変貌する。そして彼女の記憶能力を生かしてファルティアにあった本、論文など彼女が読んだものを写し始めたのだった。
彼女は病気の影響で薬を作成する事ができない。そのためファルティア王国では薬師になれない王族だと蔑まされていた。彼女はその分様々な知識を吸収したのだが、「頭でっかち」「薬を作れないくせに」と言われ続けていたのだ。ナッツィア王国に来たのも、薬師となれない王族など不要、と言わんばかりに追い出されたのもある。
だが、その知識がナッツィア王国を助けたのだ。知られていなかった様々な薬の作成方法をサントスが知ることとなり、作成はできなくとも知識のあるラペッサの指導、そしてロスの尽力とサントスの努力もあり、王宮薬師という立場が新設される事となった。
それを何より喜んだのはサントスである。夢だった薬師として働く事ができる上、それがナッツィア王国の役に立つのだから。
そして一年ほど前。そんな王宮薬師室にふらりと現れたのが、マシアだった。
最初に彼が思ったのは、「口の悪い人」だろうか。だが、その印象はロスの言葉で一変する。ナッツィアとは違いヴェローロ王国では身分が尊重される。その中で唯一平民の薬師として王宮に薬を納めていた人物だと聞いて、素晴らしい薬師なのだと理解した。
またナッツィアの王宮では格式の高いファルティア王国の薬を使用しているが、庶民の間では違う。彼らはグエッラ商店で薬を購入するが、その薬はヴェローロ王国で作られたもので、マシアたちが作っているものだ。一度サントスは商店で購入した薬を使用したが、ファルティアのものと違い安価で、値段の割に効果が高く、サントスはこの薬を作成した者を尊敬していたのを思い出す。
マシアはロスとラペッサから依頼を受けており、顔見せとして薬師室を覗いたらしい。顔を覗かせたついでに、サントスの独学だった薬の作成方法にマシアが助言した事で、更に彼はマシアを師匠として崇めるようになった。一ヶ月ほど手ほどきを受け、彼女は依頼があるから、と薬師室を後にしてから顔を合わせていないが、サントスは彼女を師匠と呼び続けたのだ。
そしてシーナという平民が王宮薬師になる、と聞いて最初は「そうか」くらいの感想しか持っていなかったサントスだったが、その平民が以前王宮薬師室でラペッサと話をしていた……ヴァイティスを発見したリベルト隊に途中から協力した娘だと聞いて顔を顰めた。
しかもシーナが王宮薬師となる事を一番嬉しがっていたのはラペッサである。そんな彼女の姿を見て、サントスは更にシーナを目の敵にするようになった。
だから彼は理由を付けてリベルト隊と共に調査へ行かせたのに、そこでまた彼女は新たな試みを試そうとしている上に、周囲から「素晴らしい」と評価されているとは思わないだろう。
まさかそんな彼女が実はマシアの弟子で、しかもヴェローロから追い出されてナッツィア王国へ来たのだと聞いて、サントスは思った。
――師匠から任された仕事すらできない娘が、王宮薬師として働けるわけがない、と。
そう思ったからこそ、彼はこう告げたのだ。
「ですが、彼女はマシア様から引き継いだ薬屋から追い出されたのですよね? そんな方が王宮薬師にいて良いのですか?」
シーナ本人が、その事を肯定するとは思わなかったが。
勿論、その後の話を聞いて不可抗力であった事実は理解した。だが、一度口から出た言葉は取り消せないし、サントスとしてもシーナの実力を自分の目で見なければ納得できないと思っていた。
そしたらまさかの薬作成対決になるとは……そんな展開に楽しそうなラペッサとマシア、そしてシーナの様子を、彼は唖然と見つめることしかできなかったのだった。
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