13、薬師の弟子は、師匠に再会する
「おや、元気だったかい? 聞いたよ。王宮薬師試験に合格したんだってね。おめでとう」
「ありがとうございます……えっと、師匠、どうしてここに?」
首を傾げるシーナの耳にロスの声が届く。
「それは私がマシア殿にある薬の作成を依頼をしていてね。その進捗をたまに相談に来るんだ」
「今回ラペッサ様の協力が欲しくてねぇ。顔を見せに来たのさ」
「そうだったのですか。師匠、お会いできて嬉しいです」
そう微笑むシーナにマシアは笑いかける。
「いやいや、私の弟子が世話になってるみたいで、本当に助かるよ……そうそう、依頼にはシーナも加わってもらっても良いかい?」
「勿論。彼女も王宮薬師室の者ですから」
微笑んだマシアは執務室を退室する。シーナとリベルト、ラペッサもそれに続いたのだった。
薬師室に入室すると、カリナが入り口右側にあるテーブルで何かの本を読んでいた。扉が開く音でマシアとシーナの姿を目に入れると、「少々お待ちください!」と言って、サントスのいるであろう部屋へと彼を呼びに行ったようだ。
扉からサントスが現れると、マシアの姿が目に入ったのか普段の仏頂面が一変し目を輝かせている。
「マシア様、王都にいらしていたのですね! 言ってくだされば、お迎えにあがりましたのに……」
「お前も王宮薬師だろう? 筆頭薬師にそんな事はさせられないよ」
「ですが……」
「そもそも仰々しい迎えより、一人でふらーっと歩く方が私の性に合うのさ」
「なら良いですが……」
サントスとしては、色々と薬談義でもしたいのかもしれない。マシアに迎えを拒否された彼は非常に悲しそうな表情をしていたからだ。今まで全く表情を変えてこなかった男の表情の変わりようにシーナは驚いた。
そんな時に、シーナはマシアの前に引っ張り出される。そしてシーナを目に入れたサントスは、また眉間に皺を寄せた。マシアは彼の様子など気にかける事なく、飄々と話す。
「そうそう、シーナは私の弟子さ。この子も王宮薬師としてここで働くことになったようだから、よろしく頼むよ。私よりシーナの方が薬師としての適性は高いからね。研究職にはぴったりだと思うよ」
その言葉にサントスは目を見張る。
「彼女が一番弟子なのですか?」
「あれ? 知らなかったのかい?」
そう言った後、マシアはシーナの顔を見る。
「まあ、詳しい話をする前に出張してたので……」
「おや、そうなのかい?」
「はい。昨日までルアノ村というルバルカバ山脈の麓にある村周辺の生態系……薬草を探索していましたから」
後方にいたリベルトとラペッサへ視線を送ると、二人が縦に首を振る。サントスは二人の存在に今気づいたらしく、慌てて入室を促した。
カリナは左に置かれている一回り小さなテーブルへと移動しているため、右側に置かれているテーブルへと全員が着席した。
「それで、うちの弟子は役に立っているかい?」
「薬草探しには彼女がいないと成り立たないくらい重要人物です。彼女のお陰でそこまで探索に時間が掛からず、調査ができます」
マシアの質問にリベルトが答えてくれる。彼が褒めてくれた事に少々くすぐったさをシーナが感じている間にも、話は続いて行く。
「ほー、良かった良かった。そう言えばシーナは幼い頃からよく薬草図鑑を見ていたねえ。私が王宮図書館から借りてきた本を何度も何度もさ。私だったら野生に生えていても気づかないだろうねぇ……」
「あら、意外ですね。マシア様なら覚えていそうですが……」
「私の場合は、必要部位しか覚えなかったね。薬の作成が生きる手段みたいなものだからねぇ……使用しない箇所を覚えてどうなる、と思っていたたちさ。そう考えると薬草の知識はシーナの方があるかも知れないね。幼い頃からずっと薬草が好きで、薬草図鑑も穴が開きそうなほど見ていたのを思い出すよ」
「し、師匠……」
幼い頃の話を暴露されて、少々気恥ずかしい。別に彼女の話がシーナの失敗話、というわけでもないのに。思わずリベルトを一瞥すると、偶然目の合った彼は温かい視線でシーナを見ていた。
すぐに彼女はリベルトから視線を逸らす。なんとなく照れ臭かったからだ。
「それに道中ではポルニカ病とアルパン病を軽減する薬を作成していただきまして、私の部下がその薬で症状が軽減したと感謝をしておりました」
「ほう、ポルニカ病とアルパン病……ポルニカ病の患者はうちの常連さんにもいたねぇ。けど、アルパン病の症状を軽減する薬なんて作った事あったっけね?」
「いやいや、そもそもナッツィアでは作った事ないですよ! 探索中に材料が集まった事と、ラペッサ様から戴いた本の中に作成方法が書かれていたので、今回初めて作成しました」
シーナの言葉に目を見開くサントス。マシアも「やるじゃないか」と驚いている。
「念の為私の持つ魔道具と、リベルト様にお借りした毒を発見する魔道具に鑑定をかけてから私が使用しました」
「それはちゃんとシーナが試飲したのかい?」
「はい。私が先に試飲した後、アン……症状の出ていた隊員の方に飲んでもらいました。その時注意事項もきちんとお話ししています」
「ならいいさね」
マシアは目の前に出されたお茶を一口飲む。
「まあ、シーナが一介の薬師で終わるとは思っていなかったから、こうなって良かったのかも知れないね。それに今のシーナと私じゃあ知識量はシーナが上かも知れないねぇ……」
ぼそっと呟いたマシアの言葉に、シーナは心から同意した。現在彼女はラペッサ様……ファルティア王国の知識にこの研究室で触れられている。あのまま薬局にいたらこんな事はできなかっただろう。
シーナが追い出された事について否定する事なく、ナッツィアの王宮薬師になる事を歓迎しているらしいマシアの言葉を嬉しく思う。
だが、一人だけそれに不満を持った人がいた。
「ですが、彼女はマシア様から引き継いだ薬屋から追い出されたのですよね? そんな方が王宮薬師にいて良いのですか?」
その言葉を発したのは、表情が読めない男サントスであった。




