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5、薬師の弟子は、王都を出立する

 あれからネーツィとは少し隣国の話をした後、最後に通信用の魔具を返した。

 マシアは魔具の貸し出しにあたって、二年分のお金を先払いで支払っていたらしく、実は袋の中に残り大体一年分ほどの貸出料を返却した分も入っているという。

 大慌てでそのお金を「師匠に返してくれ」と言ったが、契約の段階でもし契約より前に返却される事があれば、シーナへとお金を渡すように、という契約になっているらしい。

 そう聞いて渋々ではあるが、お金を受け取った。


 マシアには場所を知らせているし、お金は腐る物でもない。取っておいて次に顔を合わせた時に返せば良い、と彼に金額だけ確認する。


 そして最後にネーツィからカードを渡された。初めて見るカードに首を傾げると、これは懇意にしている顧客に渡すためのものらしい。

 ナッツィア王国にある支店でこれを見せれば、こちらの店舗と同じように作成した薬を買い取ってもらえるだろう、と言われてありがたく受け取った。



 

 彼が店を出ていった後、扉から顔を出して隣のパン屋を見れば、メレーヌ姉弟が忙しそうにお客へとパンを渡している最中だった。

 混み具合からして、朝の通勤時間帯だろうと判断したシーナは魔法袋に入れ忘れがないかの確認や、貸出料分の金額を別の袋へ取り分けと、先程ネーツィから購入した鞄の中に最低限の食事や飲料水と金銭のみを入れておく。


 魔法袋はリュックのような形をしており、持ち運んでも怪しまれないように旅人が持つ鞄と同じような形をしていた。

 最初はこの鞄だけで良いかと思っていたが、「開閉が多いとその分魔法袋だと気づかれやすく、気づかれてしまえば最悪盗賊に狙われる可能性がある」という彼の助言から、魔法袋とは別の肩掛け鞄を持つ事に決めたのだ。


 そしてのんびりと準備をしていたところで、街の喧騒が少なくなった事に気づく。

 きっと落ち着いたのだろうな、と思い入り口の扉から顔を出すと、いち段落したと思われるメレーヌが、ため息をついていたところだった。



「メレーヌお疲れ様」

「ああ、シーナ」

「今だったら大丈夫かな? そろそろ出発しようと思って」


 

 そう告げれば、メレーヌは一瞬悲しそうな表情に変わるが、すぐに腕を組んで鼻を鳴らす。



「ふふん、じゃあその旅立ちに……貴女の幼馴染として良い物をあげるわ。こっちに来て!」



 そのまま手を引かれたシーナは、普段はあまり入らないパン屋の奥へと連れて行かれる。

 そしてメレーヌたち家族の暮らす母屋の居間へとたどり着いた時、驚きから目を見張った。

 

 目の前のテーブルにはこれでもか、というくらいパンの山が積み上がっていたのである。


 慌てて後ろにいたメレーヌへと振り向くと、彼女は眉を寄せている。



「シーナ、旅立つ貴女に贈り物よ! ……身体を壊さないようにちゃんと食べてよ? あ、研究に没頭して徹夜ばかりしちゃ駄目だからね? 私が起こしに……いけないん……だから……」



 メレーヌの目から涙がポロポロとこぼれ落ちる。眉を顰めていたのは、涙を我慢するためだったようだ。

 

 涙を溢すのが恥ずかしいのか、見られたくないのか、メレーヌはすぐに後ろを向いて顔を覆っていた。

 シーナはテーブルに載っているパンとメレーヌを交互に見た後、彼女の背に抱きつく。



「メレーヌ、ありがとう! 私、がんばるね!」

「貴女は薬に関しては頑張っているから良いの。もう少し規則正しい生活をするように頑張りなさいよ」

「うーん、努力します?」

「……もう、シーナらしいんだから」



 このやり取りでメレーヌの涙も止まったらしい。

 目の周りは赤くなっているが、メレーヌは満面の笑みだ。



 二人で笑い合った後、一週間は保つであろう量のパンを魔法袋へと入れようと、一度家に戻って荷物を全て持ってきてから再度居間へとお邪魔した。その間にメレーヌの両親から、「あのパンはメレーヌの小遣いで材料を購入し、朝早く起きてから私たちの仕事の邪魔をしないよう、居間を占領しながら焼いたパンだ」と教えてもらった。

 それを知られたくなかったのか、メレーヌは両親に文句を言っていたのだが……その姿を見ながら、感謝しつつパンを全て魔法袋へ入れた後、改めてメレーヌにお礼を伝えた。


 お礼を言われた彼女は、少し頬を赤くしながらそっぽを向いて呟く。



「だって、出ていっちゃうの寂しいじゃない? 私のパンが恋しくなればまた戻ってくるかと思って」

「いやいや、そもそも王子様から国外追放って言われてるから、戻れるかも分からないよー」



 そう笑って言えば、彼女も釣られて笑っていた。ふとシーナも目尻に涙が溜まっている事に気づくが、きっと笑いすぎて涙が出たのだろう、そういう事にしておこう。


 

「それもそうね。シーナ、向こうでも元気に暮らすのよ?」

「うん、ありがとう。メレーヌもね」

「勿論。 いつか自分でパン屋を開くまでは元気でいるわっ。その時は食べに来てよ!」

「開いた後も頑張ってよ〜。国外追放が取り消されたら、行くからさ。あ、そうそう、これを渡さないとね」

 


 パンのお礼という形になってしまったが、元々メレーヌ用に調合していた保湿用のクリームを手渡す。

 以前買い物中に見つけた可愛らしい入れ物を見つけたので、手荒れを気にしていたメレーヌに調合して渡そうと考えていたのだ。

 本当は彼女の誕生日に渡す予定だったのだが、残念ながらそれは叶わなかった。


 ……そのため、昨日片付けを終えた後に調合して詰めていたのだ。

 


「これは?」

「以前メレーヌが、手荒れを気にしていたでしょう? メレーヌ用に調合したから、使ってよ」

「……ありがとう。シーナが私に気を遣ってくれるなんて……お姉ちゃんは嬉しいわ……」

「もう、メレーヌは私のお姉ちゃんではないでしょ!」

「いやいや、数年も食事のお世話をしてたんだから、妹みたいなものでしょ……シーナ、いつか会いにいくから、住居を構えたら手紙を頂戴ね?」

「うん、忘れないように頑張る」

「……大丈夫かしら……」



 思わず二人で顔を見合わせて笑う二人。それを彼女の両親と弟が微笑ましく見ていた。


 全てを入れ終えたシーナは、お世話になったメレーヌの家族に手を振りながら王都を後にした。

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